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いにしえの名文に宿る力

先日『1日1分で自律神経が整う おとなの音読』という本が発売されたんですが、たまたまご縁があって、私も「編集協力」としてこの本の制作をお手伝いさせていただきました。

著者は自律神経の研究の第一人者である、順天堂大学医学部教授・小林弘幸先生です。

自律神経と言うと、私は引きこもりニートだった24歳の時の、闇の1年間を思い出します。

当時は実家で母親と二人で暮らしていましたが、昼夜逆転した生活を繰り返しながら起きてから寝るまで一言も発さず、ただひたすらネットとゲームに明け暮れる日々でした。

さすがに寂しくなってくるので1~2か月に1回くらい友達と電話をするのですが、その間は本当に一言もしゃべっていないので、声帯が弱っていて声が全然出ません。

おまけに、言語や発話を司る脳の部分も使わないせいで機能が衰えているのか、会話していて話す内容が上手くまとまらず、途切れ途切れになりながら何とか言葉を紡ぎ出す始末です。

自分でも「これはヤバい」と感じていましたが、かといって何かするという気力も湧かない、どん底の日々でした。思い返すとゾッとするほど、完全に自律神経のバランスが崩れていましたね。

別にこのエピソードを小林先生や出版社の方がご存じだったわけではないのですが、編集協力のお話をいただいた時は不思議なご縁を感じたものです。

この本の最初には、小林先生が音読をテーマにして執筆するに至った経緯が書いてあります。曰く、コロナ禍やリモートワークの普及による影響で声を出さない生活を送る人が増え、自律神経の乱れが生じてうつ病になる人が増えたんだとか。

話さないことで口周りの筋肉や声帯が衰え、食事中に口の中のものをこぼしたり嚥下に問題が生じたりしている患者の方も多いそうです。自分の経験もあるのでとても他人事とは思えず、本の製作に社会的意義とやりがいをとても感じていました。

この本には1日1分程度で読める、音読に適した文章がたくさん収められています。私は掲載する作品の選定や解説の部分を一部お手伝いさせていただいたのですが、本当に声に出して読みたくなる名文が満載です。

有島武郎の『生まれ出づる悩み』や中原中也の『頑是ない歌』は私のお気に入りで、やるせなさや心の苦しみと向き合いながら自分なりの折り合いをつけて前を向いていこうとするところに共感を覚えます。

音読本としては珍しく、キング牧師やスティーブ・ジョブズの英語のスピーチ(本編では日本語訳のもの)も掲載されています。改めて読んでみると、一つ一つの言葉がとても力強く、心が奮い立たされます。

古典もいくつか収録されていて、中でも白居易の『燕の詩』が入っているのが個人的にとても嬉しかったですね。この作品については元々私のお気に入りで、以前このnoteで記事にしたくらいです。

こういった時代を超えて読み継がれている名文というのは、何か独特のパワーを秘めている感じがします。

私は音読の習慣はなかったのですが、この本の制作をきっかけに実際に声に出して読んでみたところ、それぞれの文に独自の、心に響く味わいがありました。上手く表現するのが難しいのですが、黙読とはまた違う感覚で、体に言葉が沁み込んでくる感じです。

また、言葉の響きそのものやリズムが心地いいものもたくさんあります。

山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

夏目漱石『草枕』

これなんか正にその代表です。短い言葉で真理を突き、なおかつリズムとテンポがいい。名文中の名文ですよね。見事しか言いようがありません。

アナウンサーや俳優の人が発声練習に活用する『外郎売』も読んでいて楽しい作品ですね。声に出してスラスラ読めた時は何ともいえず爽快な気持ちになります。

他にも「こんないい作品があるんだ」と思うものがたくさんあって、本当は一つ一つの作品に感想を言いたいくらいですが、キリがないのでこの辺にしておきます。

もし興味のある方は、ぜひお手に取ってみてください。音読、楽しいですよ。

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