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薄手の羽織、夏を連れてくる

クーラーの風が部屋の中のいろいろを揺らす。
ちらちらと動くそれらがとても目障りで違う場所へ移動しようとして止めた。
結局どこに移動しても大して変わらないから。
また画面に目を戻して、作業を続ける。
特に変哲のないデータ入力。誰がやっても同じ。
大して頭を使っていないからか、どうしても周りの音が気になる。
ビニールがクーラーで揺れてジジジと羽虫が飛ぶように震える。
ちらちらした動きには目をつむったけれど、音は無視できない。
夏の夜に寝ている耳元で蚊が飛んでいるような不快感をずっと味わい続けたくない。
クーラーを消して耐えられるほどもう涼しくはない季節にうんざりする。
サーキュレーターの稼働も考えたけれど、余計にうるさいから止めた。
ひとまず先ほどからジジジとうるさいビニールを風に当たらないところへ移動させることにした。

ビニールはクリーニングから返ってきた服をカバーしているものだった。
そういえば最近衣替えの時にクローゼットから出したんだっけ。
夏用の薄手の羽織。
決して高いわけではないけれど羽織を家で洗濯するのが嫌で、クリーニングに出していた。
夏中ことあるごとに連れていく私の夏の相棒が、自分にかかったビニールを外してくれと泣いていた。
気付くのが遅くなってごめんねと、ビニールを外した。

その瞬間、部屋が夏になった。
比喩でもなんでもなく、夏が来たのだ。
夏の終わりにクリーニングに出して、秋の始めに受け取って以来ビニールに閉じ込めていた相棒が夏を連れてきた。
季節の変わり目をあまり敏感に感じ取れない私にも、はっきりとわかるくらい夏がやってきた。
できるだけ太陽が出ている時間には外に行きたくない感じとか、部屋は涼しいのになんとなく飲み物には氷を入れたくなる感じとか、なんとなく湿気で空気が重い感じとか。
明らかに夏が突如この部屋に到来した。
先ほどまでよりやけに太陽がギラギラ輝いて見えた。

今年は予想外に早く夏が来たけれど、まあ世間でもさして変わらず夏が来るだろうから、世間に追いつかれる前に少し先取りして夏を楽しもうと思う。
図書館は、お気に入りの喫茶店は、もうちゃんとクーラーがかかりすぎていて寒いのだろうか。
できれば外には出たくないけれど、せっかくだからギラギラ光る太陽に飛び込もうと思う。
夏を連れてきた、相棒を連れて。


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