ブレーキとアクセルを同時に踏むような「共用施設・共用部分の再生」(マンション共用施設の用途変更④)
「今の収支構造ではこの組合は破綻寸前です。しかし、修繕や更新が必要な箇所は山ほどあります。新鮮な目で見られるうちに、理事会に臆せずその提案していただきたいのです」
2019年秋。
マンションの管理会社の担当者(以降「フロント」)が変更になり行われた顔合わせは、私のこのような申し入れから始まったのでした。
今回は、財務体質健全化を目指しつつ、共用施設・共用部分の再生に取り組む過程をご紹介します。
(本シリーズの過去記事)
相反する性質の「財務体質健全化」と「共用施設・共用部分の再生」
最初にお伝えしたいのは、この2つは相反する性質があるということです。
まるで「ブレーキ」と「アクセル」
財政面では「ブレーキ」の財務体質健全化
管理組合のキャッシュフロー(管理費)や将来に向けた貯蓄状況(修繕積立金)を改善する財務体質健全化。
基本的なアプローチとしては支出を減らした上で、それでも不足するようなら収入を増やす必要があります(管理費、積立金額の見直し)。
支出調整いう点では「ブレーキ」のイメージです。
財政面では「アクセル」の共用施設の再生
共用施設の収益構造は、ゲストルーム、パーティールーム等の有償の空間提供型であっても、基本的に設備・家具の修繕・更新費用を利用料で賄いきることが困難なものです。
修繕・更新時には管理費から持ち出しであるという点では「アクセル」のイメージと言えます。
この2つのテーマに同時に着手するということは、ブレーキとアクセルを同時に操作するようなもの。
財務体質健全化は不可避ですが、共用施設・共用部分の再生は何かしらのストーリーが用意できなければ議論を前進させるのは難しいというのが事前の見立てでした。
現にその扱いの難しさにより、共用施設・共用部分に関する支出は「見送り」が多くなったわけですしね。
公平性を重視し一律の負担増を求めた「財務体質健全化」
先に財務体質健全化に振れますと、前回の記事にてご紹介した通り、当マンションが直面した様々なイベントによって倹約型理事会だった当マンションにおいて、経費削減の余地は殆ど残されていませんでした。
そのため、区分所有者や共用施設利用者への徴収額見直しは避けようがなかったため、以下の内容で進めました。
(細かい点はいずれnoteに管理費適正化の話題をまとめようと思いますので、ここでは共用部分に関連するところを中心にさらっとしか触れません)
① 管理費口の支出・収入想定額の算出
まとめると、支出想定額も収入想定額も悪い状況が続くことを想定して再設定を行いました。
② 各徴収額の最適化
理事会で何度か議論した結果、「徴収額見直しは公平性を期すべし」という答申が出されました。そのため、以下の順番で徴収額のシミュレーション・適正化を行いました。
理事会の審議に基づき、ほぼ全ての徴収額で適正化を行うことになったので、私の在任期間中には多くの科目で「見直し」とか「適正化」という単語が並ぶことになりました。
共用施設・共用部分の再生に向け、味方を増やせ。
先の項目で「財務体質健全化」が進むと徴収額見直し祭りが開催されるため、成り行きでは区分所有者における支出へのマインドもまた「ブレーキ」がかかるのは目に見えていました。
そのため、次の課題であった「共用施設・共用部分の再生」にあたっては、8割くらいの方が概ね理解できるだけのストーリー作りと、それを支えてくれる味方が必要になりました。
管理会社のフロントを味方につけよう
最初に協力を仰いだのは管理会社のフロント。
ちょうどフロント担当者の変更があったため、冒頭のようなお話を伝えたのですが、正確には以下の内容をお伝えしました。
既に当マンションの管理費側の収支構造は既に破綻。一方で、共用施設・共用部分の維持管理に対しては厳しい意見が寄せられ、ジレンマに陥っている状況であること。
今後1年程度を目途に財務体質健全化を行う。当然、区分所有者からの反発は想定されるが、理事会をサポート頂きたい。
過去に理事会の意思決定として共用施設・共用部分に対する維持管理の提案を見送ってきた経緯があるが、行き過ぎた倹約は居住者の満足度を下げている側面がある。修繕・更新を、するならする、しないなら管理をやめる。見送り文化とは決別する。
一方で、更新・修繕が必要な箇所に関する情報は管理会社の方に集まりやすく、また特に今は新鮮な環境で目につくことも多いだろうから、必要だと感じる内容は臆せず提案を行っていただきたい。決めるのは理事会。理事長として管理会社に期待したいのは提案とそのスピードだ。
要するに、フロントには、管理委託費交渉に臨みたいなら私と心中して頂く覚悟で理事会サポートを行うこと、(理事会側に「本来は修繕・更新が必要な箇所がたくさんある事実」を肌で感じてもらうために)管理会社で必要だと感じたら迅速に提案することを求めました。
なお、管理委託費交渉云々はこの時点ではまだ正式に申し入れされてはいませんでしたが、既に水面下では予告があったため、この時点で組合の財務が逼迫していることを、竣工時から今期までの収支と今後の見通し等をプレゼン資料で説明(※)しています。
これにより、変に管理品質を落とすような提案を避けつつ、猶予を確保することにしたのです。
訴求ポイント検討①(新築時の高揚感、覚えていますか?)
管理会社のフロントは管理委託費交渉もありきっと味方に付いてくれることでしょう。
問題はここからです。
-さて、区分所有者に理解してもらうために、どこから着手したものか。
思案している時間は結構長かったのですが、進めるヒントは、理事役員との敷地内巡回の際に得られました。
新築時のあのワクワク感、私にも分かりますよ。
私も1件目のマンションは新築で購入しましたからね。
(このマンションは築10年経過くらいで購入)
モデルルームやパンフレットで見た時の高揚感。
日に日に出来ていく躯体、植栽帯。
そして引き渡しから始まった新生活。
わくわくしますよね!
けれどもそこに住んでいるのは人。壊すのも概ね人。
また、自然環境だって一筋縄ではいかない。
植栽は禿げるし、強風が吹けば木の枝は折れるのですから。
なかなかモデルルームのイメージ通りにはいかないものです。
そして、ふと。
「声に出さないだけで、竣工時から住んでいる方であれば、昔の記憶を辿り新築の高揚感を思い出してもらうことで、復旧くらいまでは理解してもらえるのではないか?」
と考えに至ったのでした。
そこで、副理事長から分譲時のパンフレットやイメージ写真集を借りて、分譲時のキャッチコピーや思想をいそいそと確認したのでした。
新築時購入者に訴えかけること(この時点での仮説):
新築時の高揚感、覚えていますか?
訴求ポイント検討②(中古市場で選ばれ続けるために利用価値の維持を!)
一方で、中古として購入された方からみれば、分譲時のイメージなど知ったことではない話で、今あるこの状況が全てです。
そのため、新築で購入された方とは異なるアプローチが必要でした。
-自分が中古で買った時、ねぇ。
そして、考えを巡らせたあたりで思い浮かんだワードは、
「資産価値」
「QOL向上」
「利用価値」
あたりでした。
このうち、(私自身が管理に時間を注いだので、自ら言うのも残念ではありますが)「資産価値」は地価や市況に左右されるため、管理は直接的にあまり関係なさそうです。
そうなると、「QOL向上」とか「利用価値」とかが管理組合としては言えるポイントだと思いますので、そこを訴えかけるか…などと思ったのでした。
中古購入者に訴えかけること(この時点での仮説):
中古市場で選ばれ続けるために利用価値の維持を!
理事役員を味方につけよう
何度かのやり取りを踏まえてフロントさんとは意識合わせが出来たと判断したため、先の訴求ポイントを意識しながら、次は理事会内での味方を増やすことにしました。
各部会や委員会に顔を出したり、懇親会をしたり、いろいろと取り組んではみたものの、最終的には「皆で進めた取り組みが目で見える形で成果になり、それが居住者から喜ばれた」というストーリーが理事会への協力度合いを高めてもらいやすいように思えました。
(個人的には飲みにケーションが好きなのですが、コロナ禍で飲みの機会は大幅に減っちゃいましたから、なかなか話を設ける機会がなかったのも影響しています)
例えば、こんなイメージ。
ほら。なんだか、身近な人が発案して、便利になった実感がわきますよね。
また、喜ばれている話って気持ちいいですよね。
また、自分たちでも他にも何か「あったらいいな」が出来るような気がしますよね。
この積み重ねです。
積み重ねたものが増える度に、前向きに話してくれる方が理事会役員や、そのご家族(家族の後押しが理事役員に与える影響って結構大きい印象です)からも増えてきましたので、これはこれで良いなぁと思ったのでした。
「共用部分の再生」は「壊れたものを何とかする」ところから
さて、ようやく前向きな話が出来るようになったので、いよいよ共用施設の改善に乗り出す…なんて威勢の良いことは言えません。
なぜなら、私が理事長の時点ではお金に余裕がなかった事実だけは変えられなかったのですから。
(上の方の「財務体質健全化」の効果が発揮されたのは私が理事長を降りた翌年度の会計期間からですから、私が理事長を担った2年間は全て巨額の赤字決算で終了しています。第三者が見たら無能な理事長だったと評価されそうです、残念ながら)
そのため、最初に取り組んだのは、「壊れたものは何とかする」という当たり前の意思決定を迅速に回すことでした。
書くのも恥ずかしいくらいの話ですが、とにかく壊れたものは直すか管理をやめることを徹底的に早回しすることで、この手の話は理事会で意思決定が必要であることを認識させました。
また、その意思決定を行えば当然のことながら支出は増えてしまいます。
一方で、正当な理由や臨時総会を行うことなく予算超過をするわけにはいきません。
そのため、私の在任期間中は「単年度黒字決算」へのこだわりは捨て、管理費口の「修繕費」科目の上限ギリギリを睨みながら意思決定していました。
「改善=グレードアップ」には更なる財源が必要
ここまでの話は、「空間提供型」の共用施設・共用部分をあくまで「本来の姿に戻す」だけ…つまり「維持」するだけ話です。
進めていた財源確保のための「財務体質健全化」は、「共用施設の改善=グレードアップ」の財源まで手当てするような踏み込んだものではありませんし、この施策により支出ブレーキの圧力が強まったのは言うまでもありません。
改善・グレードアップには、何か別の財源が必要な状況でした。
フロント「理事長。とある業者が飛び込み営業に来たのですが…こちらの内容、興味ありますか?」
共用施設の用途変更という話題は、この報告から始まったのです。
その⑤を公開しました!
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