金もなく壊れた備品も捨てられない。機能不全に陥る「空間提供型」共用施設(マンション共用施設の用途変更③)
2019年の梅雨の日のこと。
私は理事長になってから初めて受け取った「ご意見書」(※)を眺めていました。
この書き出しから始まったご意見書には、当マンションの共用部分・共用施設がいかに清掃・修繕・メンテナンスがされておらず、近隣のマンションと比較して見劣りがするかということが複数ページにわたり指摘されていました。
7名の区分所有者の連名で。
私「複数名でのご意見書って、よくあることなんですか?」
管理会社担当「私が知る限り初めてですので、取り急ぎ報告しました」
私「そりゃよくない…うぉっ!?」
担「大丈夫ですか?!」
打ち合わせをしていたのはパーティールーム。
竣工から10年以上使われていた椅子・テーブルは、どちらも少し力を加えたら揺れてぐらつくような有様。
私は思わず天井を仰ごうとして椅子の背もたれに体重を乗せてコケそうになり、何とか踏みとどまるべくテーブルに手を付いたら今度はテーブルもぐらついて態勢を崩していたのでした。
私「このご意見書じゃないんですけど、壊れた椅子やテーブルくらい買い替えましょうよ…」
担「提案したのですが…過去の理事会で『様子見』になってしまいまして…」
私「…」
軋む椅子。揺れるテーブル。固まる私。
私「ちなみに、今管理側で把握している修繕・更新箇所を手当てしようとしたら、今期予算案の管理費側の修繕科目で足りますか?」
担「…」
あらら。ようやくテーブルの揺れが収まったと思ったら、今度は管理会社の担当者が固まってしまいました。
そう。当マンションには長期修繕計画以外の項目を直したり買い替えるお金など、ほとんどなかったのです。
今振り返ってみると、私が「空間提供型」の共用施設の課題を明確に認識したのはこの時だったのかもしれません。
(過去記事はこちらです)
壊れた備品の修繕・更新ができない「空間提供型」の共用施設
2つの共用施設「空間提供型」と「サービス提供型」
ここで共用施設について分類を整理します。
先日の記事では、前回ご紹介した共用施設の2つのパターンのうち、「サービス提供型」の課題を記載しました。
一方で、「空間提供型」の共用施設とは、竣工後にデベロッパー(売主)から管理組合に設備・家具等が譲渡され、それを無償もしくは有償で居住者が利用できる設備のことと定義します。
上図のような大規模マンションあるあるの施設でなくても、エントランスにあるソファーセットや団地にある「集会室」といったものも「空間提供型」の共用施設に位置付けられると考えており、多くのマンションに存在するのではないかと思っております。
「空間提供型」の共用施設が管理不全に陥る状況とは?
さて、この設備・家具は、10年、15年と使っていると、当然ヘタってきたり、壊れたりします。問題になるのはこのタイミングです。
この時に、しっかりと修繕や更新をしてあげられれば良いのですが、当マンションでは冒頭のようにそれが出来ていませんでした。
その理由は恐らくマンション毎の文化に起因するのではないかと考えておりますが、私のマンションでは以下の経緯があり、共用施設の管理不全に至っていたものと推察しております。
理由①:一部(節約マン)の大きな声
マンション管理組合において、自らの意見を通すやり方としては
1.総会等の集会で意見を言う
2.ご意見書を出す
3.自ら理事役員として活動する
の3つが挙げられますが、多くの方は自ら活動されることなく意見を伝える(1/2)ことが殆どではないでしょうか。
もちろん、意見を伝えることは自体は正しいのですが、それが満たされるかというと、管理組合全体にかかることであれば満たされない可能性の方が高いのも事実です。
さて、そんな現実がありながらも、マンション管理組合総会に出席すると、上図のような主張を行う元気なおじさん達を見ることが出来るのではないかと思います。
このおじさんたちを、(ここは個人のnoteですので失礼を承知で)「節約マン」と命名しましょう。
節約マンは、固定支出を削減し、新たな物品の購入や修繕には慎重な立場を取ることを是とします。
最も、一般論として「お金は無駄なく賢く使う」という内容は賛同できるものではないかと思いますが、節約マンは管理組合(理事会)役員に削減のための調査や交渉といった「汗を流す」ことを求めてきますし、それを怠る理事会に対しては総会で厳しい意見を出す傾向があります。
すなわち、「他人に経費削減の努力を行うよう汗をかくことを求める」ことがポイントではないかと私は考えております。
(また、仮に削減を頑張ったとしても、素直にほめることはなく、「もっとできたはずだが、理事会役員の知見がない」とか演説を始めることもしばしば…)
さて、うちのマンションでは、結果としてかなりの支出項目見直し経てスリム化されてました。
これ自体は素晴らしいことでもあるのですが…このことは、理由②に繋がるわけで…。
理由②:倹約型理事会による様子見
【理事会は「自ら使っていない共用施設」に対してはドライな傾向】
そもそも理事会は、「自らが使っていない共用施設」に対して、お金をかける意思決定が困難であるという側面があります。
これは、理事役員の属性に起因する部分があります。
ある一定の年代以上においては、「区分所有者=一家の大黒柱(平日日中は外に働きに出ている日勤者)」といったケースが見受けられます。
また、理事会の出席資格は(緩和している組合も増えていますが)区分所有者に限定している管理組合もまだまだ存在しているのが実情です。
この結果、平日は殆どマンション内にいない区分所有者が、マンション内の共用施設の議論をしている構造になってしまうわけです。
そのため、よほど家庭内でのインプットがなければ、「良く分からないから」という理由で、修繕・更新案件は棚上げ・否決になります。
【節約マンが生み出す倹約型理事会】
また、節約マンが総会で元気な管理組合においては、「総会で被弾するし面倒だから、支出に繋がることはなるべく避けたい」という意思決定が理事会内に働くようになります。
これが長期修繕計画の項目にあるようなマンションの機能や構造の維持に必要な項目であれば、多少総会で何か指摘を受けても進める意思決定に至るケースが多いのですが、共用施設という「使える権利はあっても、必ずしも皆が使っているわけでもない」設備への投資は、それは慎重な方に意思決定が偏るようになります。
その結果として、「様子見」、「経過観察」等の単語が並ぶようになります。
私はこの状態を「倹約型理事会」と表現することにしましたが、一旦倹約型理事会に至ると、それが文化として脈々と受け継がれていくことになります(理由③へ)。
ここでがりべん先生の名言をご紹介します。
理由③:提案辞退する業者
さて、理事会が「様子見」、「経過観察」を続けていくと、次第に管理会社も「提案しても無駄」という意識が働くようになります。
また、管理会社ではない業者に至っては、管理会社との付き合いもあり管理組合への提案(現地調査等)に付き合ってくれていますが、管理会社ですら匙を投げ始めたら、それに付き合う必要性も薄れていきます。
まぁ、管理会社も各業者も営利活動として各管理組合に対して提案・サポートしているわけですから、数字が取れない仕事をしても仕方がないわけです。
そのため、ある段階から管理会社や業者からの提案が減っていくことになるのですが、さらに悪化すれば見積・提案辞退といったことにもなるわけです。
この分野では玄人の黒ひつじ先生も以下のように仰っております。
実は私がこの状況を理解したのは、管理員さんとのコミュニケーションがキッカケでした。
この「提案」→「見送り」のループによって、壊れた事実だけは報告が上がれど、業者からの提案は受けられない状況に至るわけなんですね。
また、当時の私がそうでしたが、この時点では共用施設にある什器備品の損傷が至る所であり、感覚がマヒしていた時期でもありました。
まるで割れ窓理論のようですね。
不満溜める居住者。対応する財源が確保できない危機的な管理組合財政
倹約型理事会≠居住者の幸せ
さて、当マンションでは、一部(節約マン)の大きな声が、倹約型理事会による様子見を生み出し、業者の提案辞退に至ったことに触れました。
これに加えて、総会での一部の大きな声で進めてきた経費削減策が他にもあります。
例えば清掃の人数を減らせば、清掃箇所や頻度が落ちて、場合によっては美観に影響するかもしれません。
共用部分・共用施設の電球更新費用削減のために、60W相当から40W相当に切り替えたら、当然暗くなることでしょう。
または、タイルは定期的に洗浄しなければどんどん黒ずんでいきますし、ソファーだってメンテナンスしなければ汚れが目立つに決まっています。
壊れたテーブルや椅子は買い替えや修理を見送れば、元の状態に戻ることはありません。
冒頭のご意見書に戻りますと、記載内容を拝見する限り、当時の理事会メンバーがマンションで過ごす以上の時間軸を、マンション内や近隣マンションで過ごされているように見受けられます。
ストレートに書くと、マンションに滞在する時間が少ない理事会役員が行ってきた経費削減施策の結果に対する改善要求を、近隣のマンションと比較した上で、マンションに滞在する時間が多い居住者が出していたのです。
また、7名連名ということは、総会で数名いらっしゃる節約マンよりも単一案件では人数が多いことを示唆しています。
(この一件だけを全てとして取り上げるのは危険だとは自覚していますが)当時理事長になりたての私は、この時から早々に理事会が行った施策の総括を行う必要が生じたわけです。
うちと近隣のマンションの違い
さて、先の経緯もあり、私の「意見」としては、倹約型理事会からの転換を図ることが、共用施設の利用価値や居住快適性向上に繋がるのではないかと考えるようになっていたのですが、ふと疑問が湧いてきました。
私「そもそも、うちだけなんでこんなにボロいんだ…?」
さて、そんなことを考えていたタイミングで、お隣のYマンションの自治会主催のイベントにお招きいただいたので、少しお話を伺うことにしました。
Yマンションでは、私をご招待いただいた年にパーティールームの改装を行っており、シックで上品な雰囲気と、備え付けのプロジェクターと大型TVでラグビーの試合を映して、子供も大人も楽しんでいました。
途中から申し訳ないやら何やらで、何も言えなかったです。。。
さて、その後もいろいろとヒアリングを行い、最終的にまとめると、以下の4つの理由があると結論付けました。
共用施設を支える戸数の違い(分譲設定起因)
当マンションは上記4マンションの中で最も戸数が少なく、これは共用施設を支える母数の違いに直結します。
また、ミニショップのようなサービス提供型においては、当マンションは補助金を維持のために拠出しているのに対し、Xマンション(約1,500戸)では独立採算が出来ることから、その点でも負担感が異なるようでした。支えなければならない共用施設の数(分譲設定起因)
当マンションはXマンションよりも共用施設は少なく、YマンションとZマンションよりも共用施設は多いです。
また、YマンションとZマンションは分譲時から共用施設の相互利用を可能としています。実質、共用施設を支える母数が2マンション分であることを加味すると、当マンションとの差は極めて大きいものと推察されます。長期修繕計画の活用(組合起因)
(どこかの言及は避けますが)ソファー等の高級家具を予め長期修繕計画での積立対象としており、確実に更新ができるような工夫を行っているマンションもありました。
これなら、ソファー等の高級家具の更新で揉めるリスクは減りやすいものと推察します。管理費からの繰り入れ余力(組合起因)
当マンションが最も苦しんだのはこの部分です。
多くの場合、共用施設は共用施設利用料だけでは修繕費やサービス提供型の運営費を賄えない収支構造であり、管理費からの繰り入れが必要となります。
当マンションは、管理費を竣工後早い段階(売主からアフターで修理代がかからないタイミング)で値下げしており、その余力が小さくなっていたことも大きな影響としてありました。
つまるところ、分譲時設定が近隣マンションで最も不利な状況に加えて、管理費の値下げという余力削減を行ったことで、このような流れに至ってしまったのだと考えられます。
改善を議論する以前の、管理組合財政・破綻前夜。
さて、他のマンションとの比較や状況振り返りは完了し、先のご意見書に対する改善アクションが実行できるか…というと、全く別の理由で出来ませんでした。
当マンション管理組合の財政は破綻寸前だったのです。
「コイツ何言っているんだ?」と思われたのかもしれませんが、以下の図を基に補足します。
多くのマンション管理組合では、管理費だけでは一般会計(管理費口)の支出に対して不足しており、駐車場使用料を繰り入れることによって賄っているケースが多い状況です。
当マンションでは、
・駐車場解約に伴う駐車場使用料の減少(A)
・保守/修繕費用の上昇(D)
が大きくなり、2019年度から「支出>収入」となり、単年度では赤字経営に転落していました。
そして、2020年度は、
・コロナ禍での共用施設利用料の収入低下
・駐車場使用料の更なる減少
が重なり、2020年度は単年度収支で4桁万円という巨額の赤字予算を編成せざるを得ず、成り行きでは2021年度途中では管理費口の繰越予算を使い切る見込みとなり、予算編成が出来ない水準まで追い込まれます。
(先の通りケチが過ぎるくらいで無駄使いしたわけでもなく、むしろ管理費が余ったらせっせと修繕積立金に移した結果、手元資金がなくなったことも影響しています)
(管理費会計の話は別記事にまとめたいと思いますのでここで終えますが)控えめに言って財政破綻寸前という状態でした。
当然ですが、住み心地を改善するための前向きな議論ができるような状況ではなかったわけです。
売り逃げするか、財務構造見直しに取り組むか
(この項は自分語りですので読み飛ばして頂いて結構かなと思います)
2019年度で当マンションで理事長を務めた私は、2020年度の予算策定前には財政破綻状態であること、また各委託先からも悲鳴のような交渉申し入れがあったことを把握していたことから、2020年度はかつてない苦労に直面することは目に見えていました。
当マンションでは理事役員の留任を何名か行わなければならないことから、残るかどうかを結構悩んだことは今でも記憶しております。
さんざん悩んだ結果、やるだけやってみようとはなりましたが、この時点で以下のことを心に決めました。
目標は管理費口の財務構造の見直し
次の話に繋がりますが、その財務構造の見直しで共用施設の扱いは検討材料として避けようもなかったこともあり、共用施設変更に繋がる流れです。期間は1年間
この時点ではどの程度までやれるかは未知数でしたが、相当大きな変化になることを覚悟していました。一方で「住まいで大きな変化はずっとは出来ない」とも思い、集中的に活動する期間を1年間で設定することにしました。「様子見」はしない
倹約型理事会の手法である支出削減では限界を迎えていたのは先の内容から明らかであったため、都合の良い「様子見」とは決別することを決めました。
やるかやらないかの論点整理を行い、理事会決議・総会決議を行うことが議長の務めであると位置付けたのもこの時でした。目標に関する議案否決時は即辞任・即区分売却
ダメな時はスッパリ諦め。
この時点では共用施設のことよりも明日のお金の工面をどうするかということばかり考えていましたが、後にそれが共用施設の用途変更に繋がることになります。
(その④を公開しました!)
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