時限爆弾の後遺症残る「居住者専用サービス」(マンション共用施設の用途変更②)
「理事長の名刺は結構です。理事長なんて毎年変わりますから」
2019年・晩秋に行われた居住者専用ミニコンビニの運営を委託しているA社との顔合わせ。
その打ち合わせは強烈なご挨拶から始まりました。
そして、次に発せられたのは、
「ところで、早朝はバイトが集まりにくいんですよ。営業時間短縮の手続きを教えてください」
思わず絶句する私(当時の理事長)。
目を見開く管理会社の担当(フロントマネージャー)。
過去の理事会議事録よりA社と管理組合との関係が冷え切っていたことは把握していましたが、それに加えて新たな火種が発生したことを認識し、どうすべきか思わず頭を抱えたのでした。
(前回掲載分:①プロローグ)
「居住者専用」の共用施設って?
売るときは販売促進、住んだら福利厚生
ここでマンションの共用施設について少し整理しておきたいと思いますが、まずは、今回お話しするマンションは以下の「普通の大規模マンション」をイメージ頂ければ幸いです。
(下駄ばきマンションは設定が複雑であり、かつ私が購入した経験がないため、論ずべき知見を持ち合わせていないことから割愛します)
さて、このような大規模マンションには販売時には販売促進を目的に、そして居住後は福利厚生として多くの共用施設が設けられています。
私はその性質を「空間提供型」と「サービス提供型」と分類しています。
パターン①「空間提供型」
団地においては集会室が設けられていたり、最近のマンションであればテレワークでの活用を見込んだスタディルームが設けられていたりするケースも多く、目にする機会が多い形態の共用施設です。
ソファやデスク等の設備は売主から無償譲渡を受けて使用できるため、5年近くは恐らく快適に使用できると思いますが、その後徐々に発生する修繕や買い替え等の費用は分譲時に見込まれていませんので、いずれ管理組合の負担で対応を検討することになります。
パターン②「サービス提供型」
有人でサービスを提供することから、大規模マンションを中心に設定されている共用施設です。また、基本的には運営に必要な備品は運営業者負担になる点が「空間提供型」と異なります。
こちらは、業務委託契約が竣工後に売主から管理組合に引き継がれることになりますが、その契約内容はマンション毎に大きく異なります。
例えばミニショップの場合:
他にも条件はあると思いますが、このような条件の組み合わせにより、採算が取れる店舗であれば無償でサービス提供となっているか、場合によっては賃料が得られる契約の可能性すらあり得ます。
とはいえ、多くの大規模マンションにおける「居住者専用」共用施設では、これらの参考例条件からは大きく見劣りがするため、店舗の採算が合わないケースが多いことから、むしろ管理組合から運営業者に補助金を補填しているケースの方が多いと考えられます。
シンボリックな存在に昇華された事例
とはいえ、私は「居住者専用」の共用施設が「お荷物」とは思っておりません。
むしろ、活用によってはマンションのシンボリックな存在まで昇華できるものと考えております。
事例:ブリリアマーレ有明「THE 33」
こちらのマンションの最上階には、バー、ジム、プール、スパ、セラピールーム等を有した「THE 33」と呼ばれる共用施設があります。
私もお招き頂いたことがありますが、素晴らしい眺望に加えて飲食・スポーツ・リラクゼーションを楽しめるという商業施設でもなかなかお目にかかれない非日常の空間とサービスが提供されています。
ちなみに、維持費とか大変じゃないかとお思いかもしれませんが、確かに共用施設がないマンションよりは戸当たりの負担はあると思います。
しかし、こちらの管理組合では目指すべきビジョンとコンセプトを「クレド」として作成・共有することで、マンション共通の価値にまで昇華させており、その価値観に基づいてソファ等の高額な備品のメンテナンスや更新も考慮された運営をされていらっしゃるとのことで、合意形成に取り組まれている点は特筆すべきものと考えます。
(加えて言えば、そもそも戸数も多いですから、言うほどのものでも…)
また、私の知り合いでもこの共用施設があるからこそ購入したという方もいるので、この共用施設はただのコストセンターではないことは容易に想像がつくものと考えます。
これらの取り組みは、スムログにて東京湾岸ライフさんがまとめられていますので、そちらをご覧下さい。
「時限爆弾」が埋め込まれる共用施設
とはいえ、多くのマンションにおいては共用施設の殆どが「あると便利よね」程度の存在であり、先のようなシンボリックな存在にまで至っているケースは稀です。
一般的な管理組合・理事会において、共用施設は否が応でもある時に問題が湧いてきて、合意形成の難しさを浮き彫りにする性質があるものと考えます。
具体的には、以下の2点です。
議論が生じるトリガーがある
空間提供型:修繕・更新時
サービス提供型:契約更新時・撤退時利用者が偏る共用施設は合意形成のハードルが高い
このトリガーってあたり、時限爆弾みを感じません??
2つの時限爆弾。「託児所」、「ミニコンビニ」
例えば「空間提供型」において、ソファやテーブル等の高額備品の更新提案を行えば、「高すぎる」とか「使っている人は限られている」という批判は必ず発生することになります。
(これは次回少し話題にしますね)
「サービス提供型」はその扱いが本当に難しいと感じています。
私の住むマンション(規模:500~1,000戸、形状:タワー型)でも「サービス提供型」に分類される共用施設がありました。
それが、「託児所」と「ミニコンビニ」です。
ここでは、この二つの居住者専用サービスを提供する共用施設が、どのような経緯で時限爆弾が爆発し、その後遺症がどのようなものであったのかを簡単にご紹介したいと思います。
マンション居住者を分断した「託児所」
竣工時に子育て世帯取り込みを目的に居住者専用の託児所が流行した時代がありました。
しかし、公的な補助がないことから利用料は高い傾向にあり、結果として利用者が少なく、契約満了時に撤退されるなんてことが相次ぎました。
(現在は、マンション居住者には優遇措置がないごく一般的な保育園としている設定が多いようですね)
さて、当マンションの居住者専用の託児所も利用状況がよくないため、5年契約満了前に撤退の申し出がありました。
当時の理事会は、託児所継続の可否の検討、委託業者の調査・交渉、行政への認可・認証化の確認、居住者アンケートと多岐にわたって奔走。
しかし、様々な点で代替事業者の模索のハードルは高く、最終的には以下の条件で契約が可能となる運営業者が見つかり、総会で承認を得られることとなりました。
条件付き運営(1年目は無認可で良いが、2年目以降は公的補助を受ける小規模保育園等での運営が前提)
規定人数以下とならないよう広報等の協力、マンション外部からの受け入れも行うこと
万が一、規定人数以下となった場合は、収入不足分を管理組合から補助金を支出すること
さて、このケースでは以下の点で問題が可視化され、存続賛成派・反対派いずれも後味が悪い結果だけが残ることになります。
A:採算が取れない居住者専用。反発の下地になる外部利用者
居住者専用では採算が取れないから本問題に繋がっています。
そのため、サービス提供条件にはマンション外部からの受け入れも条件となっていましたが、セキュリティをウリに分譲したマンションが故に反発を覚える居住者も存在します。
なお、この時にはマンション内部との出入りを塞ぐ構想を示されていましたが、それでも反発があったところを見ると、問題となるのはセキュリティの有無だけではなく、マンション共用部分に外部の人が来るという心情的な拒否反応もあると考えられます。
B:一部居住者に便益が限定される構造
区分所有の多くのマンションでは管理費・修繕積立金を毎月管理組合に支払っていると思いますが、この管理費の使途としては公平性が重要なのは言うまでもありません。
共用施設においては、利用者層の偏りがサービスの維持や修繕・更新における合意形成の難しさに影響しますが、乳幼児・子供を対象にした施設は利用対象者が制限されるため、合意形成の難易度が極めて高いと言えます。
今回のケースでは、利用者不足(保育料不足)時には管理組合からの補助金を求められており、もし実現すると一部の利用者に対して間接的に管理費を支払う構造となるため、乳幼児・子供がいない世帯を中心に反発が生まれます。また、管理費の使途としても妥当性があるのかも不透明な部分があります。
加えて、既に現行施設での利用者としては当然のことながら存続を要請するわけですから、スムーズな合意形成を望むことは困難であると考えられます。
この事例では、この利用者層の偏りがマンション内を賛成派・反対派で分断する要因となったわけです。
C:公共性やニーズがある割には、援助の手が少ないこと
当然のことながら、引き渡しから数年も経過していることからデベロッパーが面倒を見る義理はありません。
一方で、保育園の待機児童問題は話題になっていたように、保育ニーズの増加とその確保という話題は、ある一定の公共性をもって論じられる傾向があります。
そのため、行政側に救いの手を求めていくことになりますが、認可化は早々に不可との判断が示されます。
さらに状況を悪化させてしまうのは、利用者確保の要である認証化も下りなかったため、公的補助の可能性が潰えて、総会承認後に新たな運営業者が手を引くという状況に至ってしまいました。
最終的には、数年経過してからキッズルームとして開放することになるわけですが、特段改修工事も出来ず古い遊具だけがあるキッズルームは、子供や保護者にとって魅力的な場所かと言われると…。
デベ系関連企業ですら逃げ出す「ミニコンビニ」
このマンションには居住者専用ミニコンビニが竣工時から入っていました。
しかし、竣工から2年目に、デベロッパーの関連企業が売上不振を理由にフランチャイズ契約期間が残っている状態で解約を申し出。
その後、デベ関係企業における営業継続を断念したコンビニエンスストアチェーンが巻き取る形で直営形式での運営を行っていましたが、このチェーンもすぐに撤退。
完全に理事会も居住者も翻弄されています…。
さて、この時は一般的な「ミニショップ」と、メジャーブランドの「ミニコンビニ」のどちらかでの存続を検討されていたようで、居住者アンケートでは回答者の多くが「ミニコンビニ」の存続を希望したことを受け、竣工4年目の時点で別のチェーンへの変更を行う内容にてフランチャイズ契約先・A社との業務委託契約を行うこととなりました。
拗れきったA社(ミニコンビニ運営業者)との関係
さて、そのような経緯で当マンションのミニコンビニ運営をA社に担っていただくことが決まったのですが、この時に業務委託費用が3割以上上がっています。
多額の業務委託費を支出している反面、「売り上げがどれだけ上がったら、委託費が下がるのか」という改善へのステップが見えなかったことが総会で指摘され、コスト削減に向けた取り組みが課題となりました。
そして、翌年度以降の理事会では、委託費削減交渉や業務内容の精査等が始まりました…が、これは結果として削減には至れずに終わります。
理由は以下の内容が示されていました。
採算分岐点の売上には届かなかった
売上を伸ばそうにも、利用人口はマンション内に限られ、売り場面積も一般的なコンビニの1/3程度であるため、店舗の努力には限界があった
他のコンビニチェーンからは出店提案を受けられず、交渉カードもなかった
一方で、A社からして見れば「引き受け手がいない福利厚生施設を面倒見ている」というホワイトナイト的な感覚を抱いていても不思議ではありません。
そのため、管理組合・理事会側から強く交渉を受けることは想定外だったのでしょう。
また、複数期にわたり同じような交渉が続いていることから、一般的な企業なら存在しないであろう「マンション管理組合・理事会の継続性のなさ」に基づく軋轢(例:それは過去の理事役員が言ったことで俺は知らん)があったと後に当時を知る関係者から聞くこととなります。
要するに、理事役員は変わったものの、A社の担当者はそのままであったため、A社における当マンションへの印象は悪い状況のまま…ということだったわけですね。
居住者「理事会は余計なことをしないで欲しい」
さて、そんな当時の理事会とA社とのやり取りをヒヤヒヤしてみていたのは、ミニコンビニの継続を希望する居住者です。
先の通り、A社と契約するまでは「ミニコンビニがなくなるかもしれない」という不安定な状況であったことに加え、過去に運営業者が変更となった際に一時的に販売商品が制限されて「不便だな」と感じた事を思い出し、複数の居住者から「もしA社が手を引いたらどうしよう…」と交渉当時に不安になったと伺いました。
また、託児所のようにこのマンションでは居住者を文字通り分断する歴史もありました。
「理事会は余計なことをしないで欲しい」
これは、私が冒頭のA社との協議前に居住者から実際にかけられた言葉です。
冒頭の話は「顔合わせ」と災害発生時の運用確認でしたので…余計な交渉をしようとしたわけではありません。
(一方で、結果として交渉開始のトリガーになった点は否定しません)
しかし、「サービス提供型」の共用施設で翻弄されたマンションの住民にとって、これ以上の揉め事は避けてほしいという考えに至ることは想像に難くありません。
絶対に切れないA社。だから、「絶対にキレない」
さて、この当マンションにおけるミニコンビニの状況をまとめると以下のような内容になります。
多くの居住者はミニコンビニは継続して欲しいし、むしろ理事会には余計なことをしないで欲しいとすら思っている方もいます。
ただでさえ旧託児所の一件もあり補助金支出への批判の根強い声がある中、今後管理費等の見直しといった直接の徴収額を増やす施策以降において、不利な契約更改は新たな火種になるものと想定されます。
とはいえ、過去の調査で当マンションに出店検討可能な業者は他に存在しないことが分かっており、交渉時の手持ちのカードがないことから、限りなく不利な状況での交渉を強いられることでしょう。
そして、それは(私が再任しない限りは)私の任期以降の理事長が担うことになることでしょう。
結局、この時点では「契約があと2年ちょい残ってますから、それまではよろしくお願いします」と回答し、棚上げ。
当時は引き継いでいた諸問題の対応を行っていた時期でもありました。
そこに、旧託児所の後遺症が残ったままの複雑な居住者感情と、拗れまくったA社との関係。さらには「負け戦」が見えている交渉案件。
どう考えても、私が片手間で処理すべき案件ではありません。
とはいえ、先の経緯を鑑みると、私がこれ以上状況を悪化させることでA社との関係が切れないように「何を言われても絶対にキレない」、そして「負け戦」には時間を割かない、そう心に決めたのでした。
・・・この時点では。
(その③を公開しました)
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