銃剣士

地下都市

戦いの最前線で戦わされ、道具同然のように扱わされて捨てられて新しく追加される。
配属されたときから分かっていたことだがここまで酷い扱いだとは思わなかった。

かつてはそうだった。少なくともアスベルが隊長を勤めていたときは今よりも現状は酷かった。

増援を呼んでもまず来てくれない。そんなものに浪費してたまるものか。そんな時代だった。
死んでもその場を守れ。それが突撃部隊(お前らの)役割だろ。

そして数年前、なんの前触れもなくシンが隊長としてやってきた。
最初は若僧に『隊長』という役を取られ、嫌気しかなかった。なんだ、あいつ。たった十数年しか生きてないくせに隊長になりやがって。そんなことを思っていた。

それを知っていたからかわからないが、シンは基本的に主権をアスベルに任せている。
部隊の指揮、訓練、書類まとめ。一見すると仕事の多いアスベルだが、長年やっていた仕事だ。今までとなんら変化はない。

一度シンに、「何故貴方は私に主権を握らせるのですか?」と質問を投げたときがある。その時のシンの返事は、

「俺は人生経験が薄いし一人で戦っているほうが楽だ。勝手に隊長にした国王さんの命令には従うが俺には何百人という部隊なんかの指揮はとれない。あんたの方がよほどそのへんの仕事は上手いんじゃないか?俺はあんたからの提案にうなずくだけだ。・・・・・・答えになったか?」

なんともシンらしい答えだ。いや、答えになってないかもしれないがアスベルは気持ちが楽になった。
シンは後にこう言った。

「俺が仕事遅かったり忘れていたりしたら遠慮なく言ってくれ。俺はあんたを信用している」

自分より一回り、年齢も体も若い彼がそんな言葉を言った。
その日からアスベルはあだ名が『お母さん』と呼ばれるほどシンに物事を言うようになった。

それでもアスベルはよかった。『お母さん』という言い方には腑に落ちないが、「俺は何もやらない。俺にやることがあれば言ってくれ」と、逆に全部投げてくれれば手を出しやすい。たしかに仕事は莫大な量になるが、自分なら出来るのに仕事の遅い人物にやらせるよりはるかに効率がいい。

思考が現実に戻る。

雨は先ほどより弱くなっていた。

「くそぉ!全員撤退しろぉー!」

一瞬自分自身が言ったのかと思ったが、どうやら相手国のセリフだったようだ。
死者が多すぎたのと後ろにいたはずの隊がいない。

これに気づいた相手国大将が考えた結論が『撤退』。

死体の山をそのままにして引いて敵は逃げて行く。

雨が顔についた返り血を洗い流してくれる。軍服もいろんな臭いがついて臭い。

-着替えの軍服はあったっけかな

歓喜の声があがる中、シンが馬にまたがって姿を現した。


††††

一難が去ると束の間の平和が訪れる。

替えの服を購入し城の自室で着替える。
冷え切った体にこの部屋が快適に思えた。いや、快適なのはいつものことではあるが、今は今までより快適に思える。

生き残った者。戦争で生き残った者だけがもらえる称号。
この称号をいったいいくら背負っただろうか。

己の目標を得るために人を殺していく。刃を向けられればこちらも刃を向ける。あちら側が宣戦布告すればそれに応じる。

濡れたタオルがベッドに無造作に置かれている。
基本的に人の出入りを禁止しているシンの部屋には侍女は来ない。

普通の兵士の部屋であれば帰って来た時には部屋は綺麗に整頓されている。侍女がやっているのだろう。

潔癖症とかそういうものではない。たんに信用のない人物を部屋に呼びたくないだけだ。

ふと、クローゼットを開ける。軍服は未だに袋から出されていない。貰ったときのままだ。
軍服は未だに袋から出されていない。貰ったときのままだ。

廊下に出るとやはり快適な温度だった。

この国。とくにこの城は平民にくらべると、かなり快適な生活を満喫することが出来る。
廊下は季節に応じて暖かくなったり、涼しくなったり、貴族棟にいけばお風呂までそれぞれの個室にある。

シンはそれが気に入らなかった。
国民から巻き上げたお金で自分たちが悠々と暮らし、少しでも気にいらないことがあれば国民から巻き上げたお金でより自分が贅沢できるようにする。

裕福な者は働かなくてもお金が、それも大金が手にはいるのに対し平民は働いて貴族の連中にもお金を稼ぎ、お金をあげている貴族から叩かれる毎日を送っている。

こんな世の中でいいのか。しかし今の自分にはこの事実をねじ曲げられるような力はもっていない。
もっと決定的な、国を一気にどん底に落とせるような事実を。

何故この城は蜘蛛の巣のような形状をしているのか。
いや、これについては本人が一番よく知っているだろう。

今からギルドに行き、その後捕虜の尋問も・・・・・・いや、捕虜の尋問が先に行ったほうが効率がいいだろ。報酬の受け取りは、早いことにこしたことはないが、いつでも受け取れる。

シンは地下の牢獄へと足を進めた。

地下に着くと捕虜たちの叫びや唸り声が耳に嫌でも入る。そして悪臭。悪臭といっても汚物のような臭いではなく、どちらかというと汗の臭いに近い。

奥へと足を進めると二人の警備員が・・・・・・自分の部下が先ほどの捕虜を監視していた。アスベルが命じたのだろう。
シンをみるとぎこちない敬礼をしてきた。

「お疲れ。こいつらが捕虜か?」

シンが尋ねると二十歳になったばかりのニュオラの一人が元気よく答えた。

「はい。どうやらトラロニアの兵士に大形間違いないかと」

トラノニア国。トラノニア国には海があり漁業が盛ん、最近たたら場が多くできていて工業製品も増えてきている、という情報がシンの耳にも入っていた。
ルシーアにも鉄はある(牢屋の柵は鉄でできている)が、複雑な工作、設計、組み立てなどの技術がまだいない。そんな中でのこの銃はとても貴重なものなであろう。今になって国宝(だいじなもの)なのだと思い知った。

その証に彼らの鎧はほぼ鉄でできていて頑丈に作られている。とても重そうだが。
捕虜5人のうち一番屈強な男が牢屋の柵を揺らした。

「おい、兄ちゃんや」

低くて少しガラガラ声の男はほぼ完ぺきなルシーア語をしゃべった。
ニュオラの二人は驚いたがシンは驚かなかった。
男はしゃべり続けた。

「あんた、ここの国の者ンじゃんねぇだろ。なんで国王の味方をしてル」
「答える義理はない。俺の質問に素直に答えろ。性別を変えられたいのなら話は別だが」

そういうとシンはバスターソードの柄を下向かって叩き、ゆっくりと抜いて男の喉につきあてた。

「兄ちゃんは情報が欲しいわけダナ?悪いが何も知らねぇゼ」
「何故この国を襲った?」
「さぁな。それこそ知らん話。命令に従っただけダ」

男の手をみる。手に豆はいくつかあるが、爪は黒くなって指先が荒れている。

ただの傭兵か。

傭兵というよりただの人数合わせの寄せ集めの一人だということがわかった。
手の爪が黒くなっているのは漆だ。漆が爪まで染めてしまったのだろう。

声がガラガラなのは酒やけ。掌の豆はくわを扱ってできたもの。
どこからどうみてもガタイのいい村人だ。

が、度胸はどの寄せ集めの人よりもある。
この国を襲う他国のメリット。それはまず領土と国民の確保。この国は周りの国に比べると広くてその分人も多い。後は経済力。沢山の国の人が行き来するこの国では経済力もまた、欲するところもあるだろう。

だがそんなもの今更奪ったところで何になる?
例えばこの国にスパイを送り込んで研究者や技術者を拉致し、強制的に働かせ、他国よりもより大きな"力"を得る方が国を奪うよりずっと簡単だ。シンならそっちの道を選ぶだろう。

地下都市。例えばあったとして自分になんの利益がある?財宝?売ればお金にはなるかもな。
いや。もしかすると先ほどの村人だと思っていた男は盗賊?勝手に漆職人だと決めつけていたがもしかするとそうじゃないかもしれない。もし先ほどの男が盗賊だったら雇われたのも話がつく。
それに他国の噂まで知っていた。

あの様子では自分の言いなりになるとは思っている。が、言ったとおり明日、また男から話を聞く必要がある。

階段を上がり切り廊下に出ると今朝の貴族にばったりあった。
二人とも嫌な顔をすると何もなかったかのようにすれ違った。すれ違いざまに貴族が嫌な・・・・・・豚の臭いを嗅いだような顔をしていたが、きっと気のせいではないだろう。

おっと。そういえば報告してねぇーな。ま、いっか。アスベルが報告しているだろう。

翌朝シンは地下の牢獄へ向かった。例のあの男から地下都市について話を聞くため。
珍しく朝から活動できているので朝の牢獄は静かである。そのせいか眠気は強い。
例の男の前に着くとまず警備員役の二人が敬礼した。
トラロニアの兵士のルシーア語を話せる男に一言挨拶を交わした。

「俺の質問にだけ答えろ。これは昨日と変わらん」

「一つ思い出したことがアルガ」
「何だ」
「この国、つまりルシーアには地下都市が存在するって誰カが噂してかゼ」
「地下都市」

シンは繰り返した。
今までの戦争なんかの規模ではない。国を二つ滅ぼすつもりでここにきたのだと、初めて実感した。もし、その話が本当なのであれば。
ただでさえ広い国だ。今までいくつの国を自分の国としてきたのだろう。そんな大きな国に地下都市が存在しているなら

「いつかその地下都市はぶっ壊れるな」

シンはつぶやいた。
これだけ頑丈で大きな国を支えられているほうがおかしい。いつかは絶対崩壊する。それがいつなのか誰にも不明だが、いつかは崩壊する。
その地下都市への『伝説』を信じるわけではないが、調査をする価値はある。

「おい二人とも」

シンはニュオラの二人に声をかけた。

「今の話を洩らすなよ。性別が変わりたかったら別だが」

そう言い残すとシンは珍しくそのまま、訓練所に向かった。何ヶ月ぶりだろうか。半年ほど行ってないのではないか。

突撃部隊の訓練所は山を少し上ったところにある。その近くには寮があり、ほとんどの兵士はそこで寝泊りしている。
食事は侍女が行い、風呂の掃除は力仕事なので交代男性らで行う。シンは一応"隊長"の肩書があるので寝泊りは基本的に城で済ます。
入口には看板が立っている。『ようこそ、突撃部隊へ』と書いてある。
前回訪れたときには立ってなかった看板だ。字体から読み取るにおそらく、いや十中八九アスベルであろう。その看板をみるなりシンは拳で粉砕した。
何がようこそだ。ふさけやがって。

訓練所に行くと隊員が整列して敬礼した。
軍隊。まぎれないもないものだ。それがシンにとって嫌いだった。
どちらかというと自由なシンは自分の思った通りに動きたい。そんな願望が人より強い。

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