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冬の日に

耳まで凍えそうな灰色の朝
パジャマのままコートにくるまり
冷たい靴をひっかけ 外へ出る

用もないくせに わざわざ
ポケットに手を突っ込んで
歩いては走り 走っては歩き

どこへ行くでもなく 公園を
ぐるりと回る 池の水面で
水鳥が眠っている

こんな寒い朝に どうしてわざわざ
言いかけて気づく そうだね 
他人のことなんて言えた身分じゃない

どうしてわざわざ
こんな寒い朝に
走ったり歩いたり そんで

どうにもならない 古いことを
いちいち思い出しては
泣いたり 笑ったり

冷たい冬の朝の空気は どこか
ずっと遠くになってしまった
ここにない時間へ 続いてるようで

ふいに目を覚ました水鳥が
息をするみたいに翼をふくらませ
ぴしゃりと水面を打って 空へ逃げた

行き場所のない 凍りついた朝
どこにも行きようのない僕は
枯れた芝生を踏んで 家路につく


 〇  〇  〇  〇  〇

 今日は、僕は手紙を書いた。そして、僕がここへ来てまだやっと三週間にしかならぬのに気がついた。ほかの土地の三週間、たとえばどこか田舎で暮す三週間などは、ほとんどありふれた一日と違わないのである。しかし、この都会の三週間はまるで数年のようだった。僕はもう手紙を書かぬことにしよう。僕はまるで別人になったと、誰かに告げる必要があるだろうか。別の人間になってしまえば、僕はもう昔の僕ではないのだ。以前の僕と違うのだ。僕はもはや一人の知人もない。未知の人々、僕を知らぬ人々に、どうして手紙が書けるだろう。

 (リルケ『マルテの手記』大山定一 訳 新潮文庫 P.10-11)


 〇  〇  〇  〇  〇