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今敏監督のアニメ映画「パーフェクトブルー」推理及び考察

タイトルをご覧の通り、こちらの記事は竹内義和氏の小説『パーフェクト・ブルー 完全変態』 を原案とする今敏監督のアニメ映画『パーフェクトブルー』(PERFECT BLUE)のネタバレを含みます。

あらすじは放り投げて早速本題に入りますので未視聴の方はくれぐれもお気をつけ下さい。


※本稿は物語の解説・考察に類するものではありますが、作品に散りばめられたホラー要素とミステリー要素の2点に着目した筆者「あーるぐれい」による独自解釈を書き記しております。



真犯人は誰?


実はこの作品、犯人が3人いたのではないでしょうか。

正確には実行犯が内田守、霧越未麻、日高ルミ3名で、真犯人は「アイドル未麻の幻影(ヴァーチャル・未麻)」だった_________

そう考えると、犯行の一部始終をルミ1人に押し付けるよりも自然に受け取れる描写がいくつかあるのです。

本作では虚構と現実を綯い交ぜにした表現が多用されておりますが、アイドルの幻影が一種の表現としてでなく、実際に意思を持って一人歩きしていたのだと私は仮定しました。

これより真犯人である「アイドル未麻の幻影」が、未麻とルミという2つの依代を軽やかに渡り歩いて犯行を重ねていたという仮説を軸に推理を展開していきます。


犯人と被害者一覧


・内田守(ME-MANIA)・・・土居正(冒頭のライブで暴れていた不良)、渋谷貴雄(脚本家)?

・日高ルミ(ヴァーチャル・未麻状態)・・・田所(事務所の社長)、渋谷貴雄?、内田守?

・霧越未麻(ヴァーチャル・未麻状態)・・・村野馨(カメラマン)、内田守?


犯人と被害者をそれぞれ整理すると、関係性は上記のように纏まりました。こうなった経緯につきましては、まずヴァーチャル・未麻の起源から順を追って説明しますので最後までお付き合いくださいませ。


ヴァーチャル・未麻は
如何にして顕現したのか?


アイドル未麻という幻影の発生源は、物語開始以前から未麻のマネージャーである日高ルミが陰で運営していたHP「未麻の部屋」でしょう。

序盤でルミが未麻との会話中にあくびをしていたのは、通常の業務に加えて未麻の監視と、そして「未麻の部屋」の日記を更新していて寝不足気味である事を仄めかしています。


ヴァーチャル・未麻は霧越未麻自身から分離した存在であり、日高ルミの理想のアイドル像から生み出された個別の人格。本来ならば鏡の向こう側、あるいはインターネットの中にだけ生息していた存在。


しかし、このヴァーチャル・未麻が物語中盤から1人歩きを始めます。



事務所の方針に従い、アイドルを引退して女優業へと切り替えた未麻を待ち受けるのは過酷なレイプシーンの撮影。

悪趣味な脚本家の筋書き通りに与えられた役をきっちりと演じる未麻ですが、これまでのイメージとは程遠い自分に成っていくことへの戸惑いや日常的に何者かに監視されている事へのストレスが重なり、それらが次第に大きな棘となって彼女の精神を蝕んでいきます。

ルミもまた、清純なアイドルで居続けてほしかった大切な未麻が徐々に汚されていく現実を真正面から受け止められなくなっていきました。



その弱った心の隙間に忍び込み、強い殺人衝動に同調して肉体と意識を支配したのがヴァーチャル・未麻なのだと私は考えます。



劇中劇「ダブルバインド」における刑事の「幻影で人は殺せないですよ」という言葉通り、いくら幻影に意思が宿ろうと実体を持たない限りはその域を出ません。つまり、幻影が現実世界に干渉するには依代となる生身の肉体が必須条件なのです。

そこで選ばれたのが、アイドルの未麻に自身の理想を重ね合わせていたルミ。インターネットから抜け出して現の実体を得るにあたって、彼女ほど依代として最適な人物は他に居ません。


ルミ自身とヴァーチャル・未麻に乗っ取られたルミの境目が何処にあるのか、明確に「ここだ」と答えるのは至難の業ですが、少なくとも序盤のルミ(手紙に爆弾を仕込んでいた頃まで)はまだストーカー行為に自覚的だったと思います。

正気を保っていた序盤のルミは、嫌がらせに耐えかねた未麻が女優を辞めてアイドルに戻りたいと自分の口で言い出すことを微かに期待していた節があります。爆弾と共に封入されていた警告文からも、ルミの中に残る理性を垣間見ることができますしね。


ただ、ヴァーチャル・未麻が画面から飛び出してきた中盤からルミは意識ごと掌握されていた印象です(掌握というより、ドラマ「ダブルバインド」の脚本家への強い殺意が芽生えたと同時にヴァーチャル・未麻と意識が共鳴したと言いますか……)。

ある時はマネージャーの「ルミちゃん」で、ある時は「アイドルの未麻」といった風に交代制で(無自覚に)人格が入れ替わる仕様に変化したと考えられます。

何故ならヴァーチャル・未麻が現実世界に顕現している時だけ、彼女は憑依先のルミをにしている自覚を持っておらず、あくまで「ルミちゃん」は自分とは別個の存在だと思い込んでいるセリフが終盤にありますので。


かくして本来のルミは肉体と精神の主導権を奪われ、ヴァーチャル・未麻の傀儡に成り果てました。

生き残った2匹の熱帯魚


過酷な撮影現場を何とか乗り切った未麻が帰宅すると、飼っていたネオンテトラが亡くなっていました。


この熱帯魚の大量死はアイドル時代の霧越未麻を応援していたファンの心が離れていく様を暗に表していたのでしょう。


アイドル引退から間もない時期に事務所の入口に屯していたオタクたちが愛想の無い未麻に対して文句を垂れていましたが、女優になった彼女から離れていった彼らのような人間を効果的に示しているのです。

実際のところ未麻はファンをぞんざいに扱ったわけではなく、ストーカーに怯えていたせいで彼らに愛想を振り撒いている余裕など無かったのですが……


あれだけ応援してくれた人たちも離れていき、居心地の良かった場所には二度と引き返すことができない事実を突きつけられ、未麻の絶望はより濃さを増していきます。
これは間違いなくヴァーチャル・未麻に憑依されたルミの仕業でしょう。


さて、この後のシーンで2匹だけ水槽の中で生き残っている魚がいる事が確認できますね。

亡くなってしまった多くの熱帯魚たちがアイドル時代のファンを示しているなら、生き残った魚には今もなおアイドルだった頃の未麻に執着している人物が当て嵌まります。


そう、この2匹は警備員の内田守(ME-MANIA)とマネージャーの日高ルミ。


犯行の手口とセリフから浮かび上がる人物像


犯行には「アイスピックで両目、あるいは片目を潰す」といった特徴があり、彼女はその凶暴さとは裏腹になるべく自身の手を汚さず他者を利用する狡猾さを持ち合わせています。

「あなたなら信じてくれるでしょ?あれは私じゃないの!ニセ者なの!」

「私は何一つ変わらない。いつまでもアナタと一緒よ…でも、ニセ者が私の邪魔ばっかりするの!どうすればいいの?」

「ありがとうME-MANIAさん。アナタだけが頼りなの……」

「パーフェクトブルー」


このように、脚本家殺害(疑惑)後のヴァーチャル・未麻は甘い言葉で内田守を唆して未麻の始末を命じています。

ルミが最初から無計画な狂人であったのなら、早い段階から自ら実行に移していてもおかしくないですし、未麻と接触する機会に恵まれている彼女なら暗殺の難易度は低かったはず。
にもかかわらず、その大詰めを内田に譲っている……


この事から、彼女は衝動的に犯行を重ねてきたように見えて本質は自制的であったと言えるのではないでしょうか?


彼女の性質についての詳細は後述しますが「なるべく依代(ルミ)を汚さずに未麻と周辺の人間を始末したい」という思惑が窺えます。

被害者の最期から犯人を推理する


それでは次に、被害者の状況から犯人を絞り出していまきしょう。

土居正(「CHAM」のライブで暴れていた不良)


事務所内のエレベーターに貼られていた新聞記事にはトラックに轢かれて重傷を負った土居正について書かれていました。それを確認した未麻が事務所の入口に目を向けると、そこにはニヤリと笑う内田の姿が。

確かに土居は未麻のラストライブに泥を塗った事でルミの怒りを買ったとも取れますが、まだルミが本格的に壊れる前ですので、特に捻りもなく内田が土居に制裁を下したと見てもよいでしょう。


渋谷貴雄(脚本家)


さて、ここから肝の推理パートに突入します。

脚本家が殺害された状況から動機とタイミングが成立するのはルミぐらいですし、彼女が犯人でほぼ間違いありません。


が、別の可能性を匂わせるピースも発見したので、一旦ここで未麻が内田に襲われるシーンを振り返りましょう。

内田「この口であのライターやらカメラマンをたらし込んだのか…!」
未麻「…!あなたが殺したの!?」
内田「もうすぐ”お前も”な!」

パーフェクトブルー

このセリフをストレートに受け取るなら、彼は脚本家かカメラマンのどちらか(あるいは両方)を手にかけた事を自白しているとも取れるのです。

カメラマンは刺されるシーンが丁寧に描いているので、少なくとも内田の仕業でない事は明白です。だとすると脚本家の事件はミスリードで、こちらの犯人はルミではなく内田だったのではないか?と。

ただし、この未麻を追い詰めるシーンにおける内田は「ダメじゃないか……台本通りにやらなくちゃ。さぁ、テイク2だ!」と、やけに芝居がかっているので信頼に足る描写とは言えないのが難点ですね。

未麻が襲われたのは事実で、それを除いた部分(内田のセリフ)は未麻の妄想混じりだったと捉える方が納得できるかもしれません。未麻は内田を気絶させた後に再び夢の世界へ旅立っていますし……


それに内田が未麻を襲う前に渋谷を殺害していたとしたら、ルミ(ヴァーチャル・未麻)が未麻を仕留める役を内田に任せようとした時に「どうすればいいの?」というセリフはどうも相応しくない気がします。内田を利用するのが今回で二度目だとしたら「”あの時”みたいにお願いね」といった内容になるのが自然ですので。

手口から見ても9割はルミ(ヴァーチャル・未麻)の衝動的な犯行と思われますが、内田守が犯人の可能性も完全には否定はできないと判断しました。
彼が事件にどの程度関わっていたのか、それは最後まで曖昧なままです。


村野馨(カメラマン)


脱がせ専門カメラマンこと村野に関しては最期が直接的に描かれている他、未麻に殺害した時の記憶が鮮明に残っているという点で異質さが際立ちます。

犯人はピザ屋の配達員に変装してカメラマンを奇襲しており、大量の返り血を浴びた服を未麻の自宅に忍ばせました。こんな事が可能なのは、未麻本人を除けばルミ一人。


しかし、ここでとある疑問が浮かび上がります。

実はこの血塗れの服が入れられていた袋は未麻の部屋に載っていた「原宿で買い物をした未麻の写真」に写り込んでいる袋と同一のものなのです。
例のHPはルミ扮する未麻が更新し続けていましたが、果たしてあの写真はいつ撮られたものなのか?と。

ルミはこれまで隠し撮りしてきた未麻本人の写真や録音データを「未麻の部屋」で取り扱ってきましたが、この時期は肝心の未麻が衰弱しており、とても笑顔で原宿に買い物へ行ける精神状態ではありません。
よって、ルミがこの素材を入手する機会がないのです。

では、ヴァーチャル・未麻に取り憑かれたルミが自分で撮影した写真?
もちろん有り得なくはない話です。終盤のように未麻がルミ自分自身の姿と認識してしまっている可能性もありますから。


ただ、もう一つの可能性として写真に映っている未麻はヴァーチャル・未麻に憑依された霧越未麻本人であるという線は捨てきれないと判断しました。

この一定期間はヴァーチャル・未麻が本物の未麻を乗っ取って活動していたとすれば、他の事件とは違って未麻に殺害した記憶がハッキリと残っているのも辻褄が合います。


幻影が一度ルミから離れてまで未麻を操った理由は、恐らく未麻に穢れを引き受けさせるためでしょう。

ヴァーチャル・未麻が本格的に登場した時、彼女は執拗に「汚れちゃった」と未麻が汚れた女であると強調しています。
未麻の肉体で殺人を犯す事でニセ者は汚れの象徴で、対比としてホンモノである私は清純の象徴だと証明したかったのではないでしょうか?

幻影が最初に脚本家の渋谷を殺害していたとしたら、怒りに任せた前回の暴走を反省して未麻と内田に罪を擦り付ける方向へと計画を変更したのだと考えられます。


内田守(ME-MANIA)


内田はアイドルの未麻に執着していましたが、仕留める直前に霧越未麻本人に欲情してしまったのが致命的でしたね。現実に蓋をしていた彼も、本物に触れてしまった事により内部から幻想が剝がされていきます。

狂人の在り方を保てなくなった内田は、結局ヴァーチャル・未麻にとって処分の対象となってしまいました。

因みに処分の実行は未麻、ルミ、どちらにも可能だったと考えます。
彼が左目だけ刺されているのは、田所の始末に労力を割いたルミが手間を省いた証なのかもしれませんが、仮にそうでないなら未麻が実行した目印とも受け取れますので。

内田を気絶させた直後に虚構の世界へと突入し、意識を失っている間の未麻は非常に怪しいです。

田所(芸能事務所の社長)


田所については動機とタイミングが完全に一致する人物がルミ以外には居ないので、確実に彼女が犯人と言えます。

そして、計画になかった田所と内田の殺害が重なり台本の変更を余儀なくされたルミは、ここで最後の舞台に彼女を招待することを決意しました。アイドルの未麻として女優の未麻を打倒し、自ら”本物”であることを証明するために……

スタジオで気を失っている未麻を田所たちと共に始末せず、マネージャーの「ルミちゃん」としての役割を演じ切ってから彼女を自分の部屋へ招いた点からも自分の思い描く筋書きに拘る偏執的な面が読み取れます。


幻影の実体化を証明する描写


物語のクライマックスでルミがアイドル衣装を身に纏い、未麻の前で披露するシーンに注目してみましょう。
鏡に映るルミはアイドル未麻の踊りを再現していますがマイクを持つ仕草は左手で行っています。


つまり、現実のルミは右手にマイクを持って踊っている事になるのです。


冒頭のライブシーンで本物の未麻は左手にマイクを握っており、レイや雪子とも揃っているのでマイクの正しい持ち手が左手なのは間違いありません。
未麻に執着し続けてきた人間が、このような明らかな振り付けのミスに気付かずに「どう?バッチリでしょ?」などと本人の前で言い張る筈がありません。


ここで一旦、未麻が抜けて2人体制になったCHAMの新曲お披露目ステージの場面まで巻き戻すと、レイと雪子の間に割って入った未麻は左手にマイクを持つ2人とは反対の右手にマイクを握っている事が確認できます。

よく見ると振り付けも新曲「一人でも平気」とは全く合っていません。


それもそのはず、過去の情報しか持たない幻影の未麻が依代のルミに貼り付いて表に出てきているのですから。

鏡の向こう側に生息する存在、反転した存在が強引に現実世界へ表出している為に、実体化の過程で左手に握っていたはずのマイクが右手側になってしまっているという仕組みです。
本物の未麻そっくり、けれど贋物である事を示す目印としても機能していますね。

幻影と入れ替わり、鏡の世界に閉じ込められているルミからしてみれば、きちんと左手に握っているつもりでいるのでしょう。


そもそもこのライブシーン自体が未麻による夢の出来事だったのではないか?と片付ける事もできますが、私はこのライブが実際に行われており、ルミ(ヴァーチャル・未麻)が未麻を装って登場したのだと結論付けました。

その結論に至ったのは、終盤でルミと対峙した未麻が「お願い!ルミちゃんなんでしょ!?目を覚まして!」と、目の前にいる彼女をルミと認識できずにいる様子がハッキリと描かれていたからです。

未麻自身が私は本当に霧越未麻なのだろうか?と散々自問してきたので、その「アイドルの私こそが本物の私なのかもしれない」という思い込みが幻影の実体化をより強固にしているのだと解釈しました。


その思い込みは観客たちも同様であり、女優ではなくアイドルの未麻に焦がれている人間にはルミが未麻の姿に映っていた。そういうカラクリだと思われます。
およそ現実的な描写とは思えませんが、アニメーションならではの演出と表現としては大いにアリではないかと。

熱狂的なオタクとは対照的に未麻を冷笑していたオタク3人組ですら、愚痴を溢しつつも「未麻の部屋」をチェックしてステージ出演の予告まで嗅ぎつけていたのですから、結局多くの人がアイドルの未麻に囚われて目が離せずにいるのです。
心の奥底でアイドルの未麻を熱望するファンの叫びが、幻影の顕現を補強していたのでしょうね。



そして、未麻の登場によって大騒ぎする観客とは打って変わって白けた様子のレイと雪子には乱入した人物がルミ本人に見えていたワケです。
2人は何でこの人(ルミ)が出てきてるの?と言わんばかりの表情ですから……


「私は本物だよ」について


ラストシーンでバックミラーに向けて「私は本物だよ」と呟く未麻。

この結末は、世間ではよく未麻本人がアイドル未麻の人格に乗っ取られているバッドエンドなのではないか?と安直に受け取られているシーンですが、一ファンながらそれだけは”有り得ない”と明言しておきたい。


何故なら、アイドル未麻の人格が「汚れた」と定義し、始末さえしようとした霧越未麻に宿り続けてまで女優を演じる理由が一切見出せないからです。


ダブルバインドのストーリー通り、霧越未麻の代わりに女優という第三の人格が芽生えたと考える方がまだ自然ですが、この線も物語に余分な広がりを与えるだけで締め括りに適合するとは思えません。


では、このセリフには一体どのような意味が込められていたのか?

今敏監督はインタビューで次のように述べています。

一言でいえば、本作は主人公・未麻の成長過程の、ある一部分を描いています。成長に伴う迷いと混沌が主なテーマです。

 成長のプロセスは、随分乱暴ないい方ですが次のようにいえると思います。

 破壊〜混沌〜建設。

 未麻は本作においてこの3段階の変化をしていると思います。最初の未麻は自分の意志で物事を決めることが出来ない、いわゆる子供のような存在です。他人 に褒められた部分にしか自信も責任も持つことが出来ないわけです。しかしこれはその時期なりに安定した気持ちでいられるわけです。それがアイドルから女優 という転身によって「破壊」されることになります。「破壊される」と書きましたが、転身には未麻の意志も含まれています。

 第2段階は、本作の一番重要な部分である「混沌」の部分です。かつての安定していた場所から、未知の場所に分け入っていくときには、多かれ少なかれ不安 がつきまといます。学生から社会人になるのと同じです。未麻の迷いはファンの反応などによって助長され、また身の回りで起こる犯罪によって大きく捻れ、混 沌の度合いが深まっていきます。その混沌の底で出会うのは、かつての自分です。これは居心地が良かった場所への回帰願望です。彼女はそれと対峙しなくては なりません。それと対決することが、先に述べた「建設」の入り口に当たる部分でしょうか。

 映画の一番最後に登場する未麻は、再びなにがしかの安定を得た未麻です。しかしその彼女にもこの先幾多の試練が訪れるであろうと思います。未麻が最後に 口にするセリフ「私は本物だよ」を、ルームミラーに映った姿で言わせたのは、彼女にとっての終着点がこの物語の終わりではないことを暗示したかったわけです。

「本物の私」というのは、一生見つかるかどうかも分からないものです。いや、そんなものはあるわけないんです。それは他者との関係性においてのみ語られるべきものであると思っています。

Interview 09
1999年12月 アメリカから「パーフェクトブルー」に関するインタビュー (オマケ付き)

結局のところ本物の自分なんてものは何処にも在りはしない。自分の正体を映し出すものがあるとすれば、それは鏡だけだと。

そして、物語の終わりと未麻の終着点がイコールでないように、彼女の人生は続いていきます。
最後のセリフは私は霧越未麻であるという自己同一性の獲得と、それが揺るぎないものになった事を示唆しているのでしょう。


顧みれば最初の未麻は幼く、どこか中途半端な状態でした。

このままアイドルを続けていれば売れていくと思えるほど楽観視しているわけでもなければ、女優を夢見るほど芝居の世界に元々憧れていたわけでもない。
けれど、事務所の売り出し方に反対する理由も特に持たない。


その曖昧な姿勢が「アイドルの自分」という過去の仮面(ペルソナ)を暴走させる一因であったと言えるのではないでしょうか。

もちろん、ルミや内田の行動に伴う責任を未麻に押し付けるべきではありませんが、やはり物語としては未麻の手で決着を付ける事に必然性があるのです。


序盤の未麻は自室で「アイドルの未麻とはさよならだ」と独り言を漏らしていましたが、実のところ応援してくれたファンの前で彼女自身の口から卒業宣言をしていません。

冒頭のライブでは観客同士のトラブルに心を痛めていたとはいえ、結果的に他のメンバーに「未麻ちゃんは今日でCHAMを卒業します」と言わせる形になっているのです。


ここに、未麻の意思薄弱な部分や"僅かな"未練を感じ取りました(今監督が触れている「居心地の良かった場所への回帰願望」に纏わる第一の仕掛け)。



未練と言えど、それは微々たるものであって本気でアイドルに戻りたかったわけではないというのも重要なポイントになります。

未麻はそれほど女優に乗り気ではなかったものの、決心した以上は歩みを止めない強さを持っていますし、そこが魅力の一つです。アイドルの道へ引き返すつもりがなかったからこそ幻影との乖離が進行していたわけですからね。



しかし、彼女は終盤になるまでアイドルの仮面(ペルソナ)と向き合う覚悟を充分に持っていませんでした。

形はどうあれ、未麻はどれほどの代償を払う事になるかを熟考せぬまま、これまで大切に育んできた「霧越未麻のイメージ」が無に帰す内容の仕事を自らの意思で引き受けた。

それは自身の内に仕舞い込んだ昔の夢を成仏させるどころか、過去の自分への破壊行為に繋がる選択に他なりません。



未麻が過去の自分を真の意味で受け止めたのは、おそらくトラックに轢かれそうになったルミを助けた時でしょう。


トラックのライトを照明に見立てたルミ(独立した偶像の化身=かつての未麻)を庇った時に、眩い光の中に囚われていた自分自身をも救った。そして、それが彼女の同一性・連続性を保証する得難い経験になったのです。


だからこそ、未麻は大成した現在も精神的・肉体的苦痛を与えた張本人である筈のルミに対して「あの人のお陰で今の私があるんですから」と、心からの感謝を言葉に出来たのでしょう。
たとえエゴが混ざっていたとしても、ルミは未麻の夢を守ろうとしてくれた唯一の大人であり、アイドルだったかつての自分の象徴でした。


「パーフェクトブルー」の意味


タイトルの意味について監督はインタビューで以下のように回答しております。

FAQ(Frequently Asked Question)であり、また聞かれる度に困る質問でもあります。ありのままを申せば、原作小説のタイトルが「パーフェクトブルー」だったから、ということになります。

 原作段階ではこのタイトルが何らかの意味を有していたのかもしれませんが、ストーリーや、おそらくはテーマすら、かなり変えてしまったのでタイトルの意 味も失われているはずです。推測でしか言えないのは私は原作小説を読んでいないからです。私のところに届けられた企画書に書いてあった、「原作に近いらしい」ラフプロットに目を通しただけです。

 タイトルに関しては、制作途中でも「内容的にそぐわない」という理由で、別なタイトルに変更するという話もあったくらいで、私自身「おかしなタイトル」 だと思っていますが、現在では意味ありげで、なおかつミステリアスなムードで気に入っています。

Interview 06

1998年3月 フランスから「パーフェクトブルー」に関するインタビュー

何やら深い意味の含まれていそうなタイトルですが、原作小説の題名をそのまま使用した以上の理由はないみたいですね。

原作は「アイドルのイメージチェンジを許せない変態ファン」に焦点を当てているので、副題の「完全変態」がそのまま当て嵌まると思います。「ブルー」には下品な、猥褻なといったニュアンスもありますし。



では、あえてこの映画にタイトルの意味を求めるとしたら、アイドルから女優へと脱皮する様を指して”生態の変化”という意味での”変態”が相応しいのではないかと考えました。


更に踏み込むなら「青さ」とは若く未熟な状態を指す時にも使われるので、永遠に熟す事のない存在……完全な青さを保ち続ける存在という意味で「アイドル」を示していたのではないかと私は解釈します。


最後に


これは訂正と言いますか、実は上記で述べたヴァーチャル・未麻が霧越未麻本人に宿りカメラマンの村野を殺害していたという話は拡大解釈であると私自身気付いておりました。

理由は今監督のインタビューに記されている通りです。

アイスピックでの殺害については、未麻の精神状態と密接な関わりがあります。このシーンはカメラマンの村野がテレビドラマ「ダブルバインド」を見てい る、という客観的なシーンから始まって、未麻の主観的な夢であった、という風な繋がりで観客を騙しています。トリックといえばそれまでですが、未麻の無意識にはカメラマンに対する憎悪もあったはずです。もちろん未麻にとっては知名度においてステップアップのチャンスになったのですし、カメラマンに対する感謝の気持ちも大きいのでしょうが、やはり相矛盾した暗い感情の澱みもあるわけですね。文字通り「殺してやりたい」気持ちも少しはある。それが夢という形を 取って現れた、ということでしょうか。

Interview 09
1999年12月 アメリカから「パーフェクトブルー」に関するインタビュー (オマケ付き)

つまり未麻が実際に犯行に及んでいたのではなく、酷似した状況でルミが実行していたのです。

未麻が内に秘めていたカメラマンへの悪感情は、帰宅後に服を乱暴に脱ぎ散らかしたまま浴槽に飛び込んいる場面から窺えます。
ここでの「バカ野郎!」発言は村野に向けたものだったという話ですね。


とはいえ、これほど虚実が入り組んだ作品ですので何処までを虚構、あるいは現実と捉えるかによって多様な解釈が発生し得るものと思われます。私の仮説は今監督の意図するところではなかったかもしれませんが、捨てたものではないはずだという多少の自負もありますよ。


もし、この記事がパーフェクトブルーを再考するキッカケになれたのなら幸いです。最後までご覧頂きありがとうございました。

そしてパーフェクトブルー、25周年おめでとうございます!


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