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『狼の口』英仏伊比較 日本語独特の言い回しについて1 優男編

こんにちは。いつもは仏語版の再翻訳を行なっていますが、今回は西洋にはないいわゆる「日本語独特の言い回し」を各国どのように訳しているか?という比較をしてみようと思います。

1巻2話から。 

まずは変装したヨハンナが関所で代官様と対面するシーン。にこやかに挨拶する代官様を見て「こんな優男だったの?」と内心思います。この「優男」という単語、各国語でちょうどぴったりはまる単語というのがないのですね。我々が「優男」と聞くとなんとなく線が細くてすらっとした感じの男性を思い浮かべます。デジタル大辞泉では「1 姿かたちが上品ですらりとしている男。また、性質のやさしい男。」とのこと。これが各国語でどう訳されているか見てみましょう。

まずは英語版。

"This delicate-looking man is wolfsmund’s infamous keeper?"

訳すと「この上品な見てくれの男が狼の口の悪名高い番人なの?」とのこと。delicateは基本「繊細な」という意味の形容詞で、容姿を修飾する場合「上品な、優美な」という意味になります。敵ながら外見をなかなか高評価(?)してくれてますね。

次に仏語版。

"C’est donc lui...le fameux bourreau du col du loup? Il n’a pas l’air si terrible que ça..."

訳すと「まさか彼が狼の口の例の冷血漢なの?それ程恐ろしいようには見えないけど…」かな?bourreauは虐待者、加虐者といった意味合いで、虐殺者、極悪非道な人間を指す際使われます。それくらい代官様がド外道として見られてるわけですね。でも実際見てみたらそんな極悪非道な腐れ外道には見えないな…という感じの台詞ですね。「優男」という単語を使わずうまいこと原作のニュアンスが出てると思います。

そして伊語版。

"...È quest’uomo? Che pare così mite? Il famigerato custode dei cancelli delle ”fauci del lupo”?"

イタリア語は自信ないのですが、「…この男が?とても柔和に見えるけど?『狼の口』の門の悪名高い番人なの?」という感じ?così miteで「非常に柔和な」という意味になるので、こんな柔和そうな男があの悪名高い代官には見えないよ、という感じでしょうね。ここでは主にニコニコして優しげな代官様の雰囲気をもとに訳されていますね。

ざっくりまとめると、日本語の「優男」というニュアンスについて英→「上品な、優美な」仏→「そんな極悪人には見えないなあ」伊→「柔和な」というふうに訳してくれてますね。こうしてみると訳者さんの解釈やキャラクターへの印象が見えて面白いですね。この4カ国語比較、日本語をいかに他国語に訳すかの参考にもなってなかなか面白いです。イタリア語なんかは全然自信がないですが、ぼちぼちこういうのもやっていこうと思います。

6/22 追記

この「優男」という単語、そういえば2巻登場のハンスにも使われとるやんけ!ということで訳してみます。村の男達に「さすがは村相撲で勝ったことがねぇやさ男っぷりだ」と陰口を叩かれているシーンです。同じ言葉で形容されても代官様とは全く印象が違う彼ですが、どう訳されているのでしょう。

まずは英語。

"What do you expect from a wimp who’s never won a village wrestling match?"

「村相撲で一度も勝ったことのない意気地なしに何をしろってんだ」ですかね。ここではwimp(弱虫、意気地なし)とかなりストレートに罵倒されてます。妻のエヴァに振り回されるハンスを見て「あんな弱虫に何求めたって無駄さ」と嘲笑してる感じですね。辛辣辛辣ゥ!

次にフランス語。

"L’âge n’a rien à voir là-dedans... Ce type a toujours été faible!"

「歳はそれとは何の関係もねえよ… ああいう奴はいつだって弱虫なんだ!」

例によってだいぶ意訳されてますね。なぜ歳の話が出てるのかというと、前のコマで「その歳で情けねえな」的な罵倒があるのでそれを受ける形にされてるのですね。で、歳は関係ない、ああいう性質のやつはいくつになっても弱虫なんだよと言われてる感じです。ここでも「やさ男」にかかる部分にはfaible(弱い、臆病な)が使われており、ハンスの気弱さがより辛辣に罵倒されてます。特に仏語版はエグさが増してますな。

そしてイタリア語。

"Degno di uno smidollato che non ha mai vinto un incontro di lotta del villaggio!"

「村相撲で一度も勝ったことのない骨無しにはふさわしいぜ!」というとこでしょうか。smidollatoは弱々しい、惰弱な、隋を抜かれたという意味があり、こちらもストレートにハンスの弱さを罵倒してます。皆辛辣だね!

こうしてみると、こちらの「やさ男」は各国わりと統一して「弱虫」という意味の単語で訳されてます。日本語で優男というと線が細くてすらっとした、というイメージの他なよなよして弱々しい、というニュアンスも含まれてしまいます。多分原作の代官様がヨハンナに優男と評されたのも、上品ですらりとした印象のほかどこか弱そう、チョロそうといった侮蔑の意味合いも含まれていたと思います。ですがそういう日本語のニュアンスを限られた文字数で表すのも難しいし、代官様の印象としてわかりやすく上品な、とか柔和な、といった単語で置き換えられたのでしょうね。そしてハンスの場合は容赦なくマイナスの印象の意味合いを適用され、弱虫という単語に置き換えられている。とても面白いと思います。「優男」という単語が持つプラスのイメージとマイナスのイメージが見事に2人に別々に振り分けられて全く違う単語に置き換えられている。2人の第一印象の大きな違いのせいでしょうね。同時にそんな2人を包含して形容する「優男」という日本語の意味の広さを改めて実感します。こういう発見があるので言語比較は面白いですね!


間違い等ありましたらどんどんご指摘お願いします!また、「このシーンどう訳されてるのか気になる」みたいなのあったらコメ欄などで教えていただければチャレンジしますのでお気軽にお声掛けください。

ここまで読んでくださりありがとうございました。





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