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これは、キミがくれた夢

「お元気ですか?最近キミが遠い人になったって、みんな心配してるよ」
 
 一眼レフカメラとロケ台本の間に置きざりのスマホが、大袈裟な文面を映し出した。
 
「へぇ。オマエって、遠い人になったの?」
 
 先輩にスマホを覗かれ地獄のいじりを受けながらボクはAD(アシスタント・ディレクター)二年目を迎えた。

 父親から金を借り就職留年を経て入社したテレビ局。その制作フロアで、コンテンツ制作と呼ぶには程遠い仕事に明け暮れていた。プロデューサーが使う会議室の予約、演出家が好むタバコの購入、ディレクターが書いた台本の印刷、コピー機用紙の取り替え、芸能プロダクションから届く郵便物の受け取り、ロケ弁当の発注。よく考えれば小中学生でもできるような作業ばかりだ。

 大学で友人に大口を叩いて早くも1年が経つ。社会の歯車として人生を終えたくはないくせに、白黒ハッキリする数字での競争には自信がない。だから評価基準が曖昧な「おもしろい」にしがみ付いて生きていた。

 先輩の「指導」は日々エスカレートした。移動中に街で綺麗な女性を見かけると「声をかけてここに連れてこい」と命令が下った。その声かけを渋ろうものなら、ナンパもできない奴に街頭インタビューは一生任せられないと脅された。飲み会が盛り上がらない時は、今居る空間すら演出できない奴に番組の演出はできないだろうと詰められた。

 朝6時、先輩とギャルが一緒にタクシーに乗ったのを見届けたら朝の繁華街に座り込む。3時間後に迫る会議の資料をグルグル回る頭で作成する。誤字が見つかりスタッフ全員の前で叱責されるところまでがセットだ。コンパを仕込めと言い出したディレクターも助けてはくれない。どこからどこまでが「業務」なのか境界線は分からなくなっていた。ただ、今日も一日殴られずに過ごせるよう意識を研ぎ澄ませていた。

「仕事は順調? 有名人には会えた?」
「たまには飲み会に顔だせよ!」
「ゼミのメンツでカラオケオールしようよ」

 かつての友人たちとは疎遠になっていた。生活リズムは合わないし、そもそもボクには休日がない。平日の夜中3時、仕事終わりで「今から一杯どう?」と誘ったところで当然返信などない。誰にも返事を出さないまま半年が過ぎた。十月ともなると、もう肌寒い。

「おい!明日のロケなんだけどさぁ!」
 
 夜中3時、喫煙所から大きな声がする。まさかこれがデスクにいるボクへの指示だとは誰も思わない。副流煙の中へ大急ぎへ向かう。
 
「はい」
「ギター、持ってきて」

 何かの間違いかと思い時間を確認するが、やはり時計は夜中の3時を指していた。ディレクターの目は大マジだった。

「こんな時間に言われましても…」
「知らねぇよ。絶対に間に合わせろよ。使うかどうかは現場で判断するから」
 
 圧に負けて「なんとかします」と返事した。美術会社にも楽器店にも電話は繋がらなかった。こうなったら小道具さんの倉庫に直接乗り込むか?奥の手を考えながらスマホを開くと、最近カラオケに行こうとLINEをくれた友人のアイコン画像がギターを持っていることに気付いた。しばらく既読スルーをキメてしまった千葉に暮らす友人だった。

 申し訳なさに押し潰されそうになりながら夜中3時半に着信を鳴らす。20コール以上鳴らしてやっと電話に出た彼と手短に一年半ぶりの挨拶をかわして、今自分が置かれている絶望的な状況を打ち明けた。

「お前なぁ、久しぶりに連絡をよこしたと思ったら…」

 ため息をつきながらもギター貸出しを承諾してくれた彼のもとへタクシーを飛ばす。後部座席に横たわり、彼とのLINEの履歴を見返すと、かつては頻繁に送られてきた飲みの誘いはここ4ヵ月途絶えていた。

「大事な代物だから。よろしくな」
 
 彼は玄関先で眠い目をこすりながらそう釘を刺し、長年愛用するギターをボクに預けた。
 
「がんばってんだろ?がんばれよ」
 
 寝言みたいなエールをその場に残し、彼は部屋の奥へと戻っていった。そういえば丸3日ほぼ眠っていない。今回担当するロケは確定したはずの台本が何度も覆され、その度に対応に追われたから。労働基準法を完全に無視しているここ数日。テレビ画面に映り込むギターを入手するミッションは、先輩のタバコをコンビニで買うよりも番組内容に貢献している気がして嬉しかった。

 しかしその翌日、ボクの記憶から一生離れないであろう小さな事件が起きた。

        ※※※

 レギュラー化を賭けた特番の収録は、群馬県の紅葉が彩るキャンプ場で行われた。破天荒さを売りにするお笑いタレントがアコースティックギターを掻き鳴らして歌っている。いつにない緊張感が張り詰めていた。
  
 撮れ高の怪しさを察知したお笑いタレントは「こんなチマチマしたピックで弾いてられねぇよ」と叫ぶと、足元にある石を拾った。土だらけのそれでギターを激しく掻き鳴らすと弦が2本ほど千切れた。突然メロディが野太くなったことで現場に笑いが起きた。総合演出は「台本を超えてくるの流石です!」などと言いながら両手を叩く。普段無愛想なカメラマンも、会議で下世話な話ばかりしているディレクターも、楽屋では一言も喋らない破天荒タレントも「撮れ高を生みだす」という共犯関係で結ばれていた。シンバルを叩くサルのおもちゃすら連想させる先輩の姿に、モノづくりの実体を見失いそうになる。
 
 頼むからそれ以上、汚い石ころでそのギターを傷つけないでくれ。そんなことを言えるわけがないから、共犯者たちが1秒も早く「石ギター」に飽きるのをただ願った。

 ボヤける視界の中、昼休憩で配るロケ弁当をかろうじて受け取った。段ボールをロケバスへ運ぶ時、タレントをケアする女性AP(アシスタント・プロデューサー)数名が、バスの中で深刻な声色で話し合うのが聞こえた。

 ボクはバスに乗り込んで最前席で唐揚げ弁当と白身魚弁当の数を確認する。朦朧とする頭では何度数えても弁当の数が合わなかった。APたちは女優が着替えるホテルの予約を忘れていたらしく、ブチギレるマネージャーに誰がどう弁明するかで揉めていた。ボクはなんとか弁当とお茶をまとめて現場へ戻ろうとする。バスの扉を開けると、お局のAPがボクの肩を掴んだ。

「ねぇ」
「はい?」
「なんでホテル取れてないの?なめてるの?納得いくように事務所に説明してください」

 まるで最悪の惨事を避けるように、まるで無理やり自分をシャットダウンするように、ここでボクの記憶は途絶え、視界は真っ暗になった。反論の代わりに口から出た言葉は、きっと情けない言葉だったに違いない。
 
         ※※※

 意識が戻ると、薄いクリーム色のカーテンの中で無機質な白い天井を見上げていた。白いベッドに横たわるボクの左腕には4箇所ず太い点滴が繋がれている。点滴パックの奥で、真っ赤な東京タワーが夜闇に浮かび上がっていた。

 いや、ちょっと待て!!

 ヒュンッと浮く心臓に引き起こされて体がベッドから跳ね上がる。ヤバいと小声で連呼しながらスマホを手にとる。指が震えてロックを上手く解除できない。誰にどれくらいどんな風に怒られる?これから我が身に起こるあらゆる災いが頭をよぎる。スマホを見ると、新着LINEが1件届いている。ゾッとしながらも内容を確認すると、送り主は意外な人物だった。

「ところで、キミが企画する番組は、海外でも映るかな?よかったら教えて!」

 半年前にボクを「遠い人」と呼んだ人だった。「キミが企画する番組」だなんて無邪気にボディブローを入れてくれる。受信箱に彼女のメッセージしか届いていない事実が、ボクがロケ現場から欠けても撮影は滞りなく進んだと知らせる。ボクに番組を作れる日なんて来るのだろうか。

 窓から見える真っ赤な東京タワーが、記憶の片隅に押し込んだ約束を思い出させた。

        ※※※

 こう言っちゃ悪いが、どこにでも居る平均的なスペックの女性だった。他の人よりも少しだけ、伝え方がストレートだったかもしれない。
 
「就職が決まらなくて、親に借金するかも」
「キミ、所謂普通の会社員は向かなそう」
「え」
「マスコミとか向いてそうだよね」
 
 テレビの向こう側の世界は特別な人たちの居場所だと思っていた。完全に虚をつかれた。
 
「なんでそう思うの?」
「なんとなく。でも試験が難しいんだって」
「自分みたいな平凡な人間はマスコミ業界に用無しだろうよ」
「いやでも、そこそこ名の通った大学にいるのに通算100社も落ちてる時点で…」
「おい」
「決して平凡ではないと思いますけど」
「言ったな」

 看護大学に通う彼女は一つ年下で、友人が開催する飲み会で知り合った。就職活動する友人らが内定を取り始めると、永遠に就職試験に落ち続けるボクと、一年以上先に国家試験を控えた彼女が会話から浮くようになった。

「国家試験の勉強って大変なの?」
「白衣の天使に憧れて看護大学に入ったんですけど」
「けど?」
「実習を経験したら、看護師って地味でしんどい業務の連続だと分かって、このまま看護師を目指して私は幸せになれるのかなって悩み始めているんです」
「え、じゃあ一般就職するってこと?」
「流石に親の手前、国家試験は受けますよ」
「え?そういう気持ちで試験受ける人もいるの?いや、気持ちは分かるけど」
「慌てすぎです。笑わせないで」

 とうとう内定ゼロを叩き出したボクは就職留年を決意し、一つ年下の彼女と肩を並べて社会に出る準備を進めることになった。

 彼女が暮らす乃木坂のおんぼろアパートで一緒に缶チューハイを飲んでは管を巻いた。「お祈りメール」が届く度に、大御所芸能人の息子でもなく、上場企業の社長の御曹司でもなく、体育会ラグビー部の主将でもない平凡な自分に落胆した。試験会場で、特別な星に生まれたスーパーマンみたいな人間を度々見かけた。自分の平凡さを思い知りながらも決して平凡でありたくない矛盾を抱いて夜な夜な彼女に愚痴をこぼす。彼女は新しい缶をプシュリと開けながら「うんうん」と頷く。

「私は、特別な星に生まれた人のことはよく分からないけどさ」
「うん」
「キミみたいに、同じ痛みの分かる地球人が作るものが見てみたいよ」

 エントリーシートの締切に追われるボクと、国家試験の勉強に追われる彼女。会話が殆ど無い日もあったけど、人生の分岐点ギリギリの人間同士が肩を寄せ合う暮らしは不思議と居心地が良かった。

 ボクは将来への不安からか、ひどく肌が荒れ、頻繁に高熱を出すようになった。その度に彼女は自分の手では届かない背中に薬を塗ってくれたり、温かい豚汁を作って食べさせたりしてくれた。とあるテレビ局の最終面接前日に39度を超えた時は、自分の試験勉強をそっちのけにしてスーパーへ走り、異様にゴボウのドッサリ入った豚汁を作ってくれた。

「ゴボウ、普通の3倍くらい入ってない?口の中が繊維だらけなんだけど」
「いいから食べて。いちいちツッコまないで。笑わせないで」
「普通に思ったこと言ってるだけだけど…」
「そういうのが一番笑えるんだよ」
「風邪を移しちゃ悪いし、実家帰ろうか?」
「いいのよ、居てくれればそれで」
「どうして?」
「うーん」
 
 最終面接前夜に39度の熱を出すなんて、ツキにも見放された自分にひどく落胆した。そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、彼女は続けた。
 
「キミの前ではカッコつけなくていいから」
「なんだよ、それ」
「それが幸せってもんだ」

 彼女はイシシと笑いながらボクの布団に潜り込んで汗だくの体を抱きしめた。すると、ずっと前からの秘め事を打ち明けるような神妙な表情でボクの上に覆い被さった。

「受かったらすごいな。全国に届くもんね」
「え?」

 彼女が背負う窓の奥に、真っ赤な東京タワーが覗いた。

「いつかキミが作る番組、見たいなぁ」

 ボクはこの日、39度の熱を帯びたまま、取り返しのつかない約束をかわした。身を寄せないと震えるほど寒い、やけに冷えこむ秋の日のことだった。

         ※※※

 看護師がワゴンを押して巡回する音を除いて、院内は無音だった。カナダで日本のテレビ番組なんて見られたっけ。無意識のうちに届いていたLINEの答えをはぐらかして「どうしたの」と五文字だけ送る。「いや特に…」と短い返信がきて、その3秒後に「あるっちゃある」と続いた。彼女と会話するのは社会人になってから初めてだった。「遠い人」呼ばわりされても無理はない。そういえばギターは無事なのだろうか。

「看護師の仕事は順調?」
 
 送信ボタンを押そうとしたタイミングで、身を囲むカーテンが勢いよくジャッと開いた。そこには、23歳も年上の番組プロデューサーが立っていた。末端のADが番組のトップと直接会話をする機会など滅多に無い。額から変な汗が噴き出す。心臓が飛び出そうなのを悟らないように顔を伏せた。

「大丈夫か?」
「何ともありません。申し訳ございません」

 ボクが目も合わせずに答えると、彼は椅子に腰掛けながら続けた。

「もう、周りには連絡したか?」
「まだです。すみません」
「そうか。それなら良かった」
「え?」
「取り急ぎ、オマエにこれを伝えにきたんだが…」
「はい」
「オマエが倒れたことは、会社には内密にしておかないか?」

 二人きりの病室にしばらく静寂が響いた。その時ボクがどんな顔をしていたのか分からない。何かを察知した彼は「まぁ難しい線引きだけどな」と前置きをして続ける。

「この程度の業務量で倒れたと社内に知れ渡ったら、この先、オマエが企画を通せるチャンスは遠ざかるだろう。それはオマエが望む未来か?」

 ぼんやりとした頭で彼の言葉に相槌を打つ。結果、ボクが救急搬送された事実は誰にも口外しないことで話はまとまった。この瞬間から、ボクはボク自身を守るべく一切の繊細さと訣別した。

「ただし、APに言われていたホテルの予約くらいはしっかりやるようにな」

 そう言うと彼は、財布から一万円札をテーブルに置いて、帰る支度を始める。

「あの、すみません」

 気付けば話しかけていた。

「どうした?」
「あの…」
「何でも言ってみなさい」
 
 病室に二度目の沈黙が流れた。きっと二度目の方が長かった。
 
「どこまで行けば、楽しくなりますかね?」

 丸く収まりそうなところに余計な一言だったかもしれない。でも目標地点が分からないまま走り続けるのはもう限界だった。

「とにかく、愛される人間になりなさい」

 数々の出世争いを勝ち抜いたであろう彼は、そんな言葉を置いて病室を去った。靴音が遠ざかる。しゃんと伸びたボクの背筋はゆるみ、体ごと引力任せに布団へ倒れ込む。

 誰かが頑張りを見てくれているはずだと期待した。だけど「やりたい人」が供給過多な映像業界では、皆が自分の立場と未来を守ることに精一杯だ。実はボクも特別な星の血を引いていたりして。そんな願いにも似たファンタジーは精神安定剤としてずっとボクを支えてきた。しかし、どんな妄想も現実を動かすことはできない。

 枕の下に隠したスマホから着信音がする。病院内は通話禁止だ。身体は気怠さに包まれている。明日の自分が怒られれば大丈夫。今はただ、もう少し眠りたくてそのまま両の目を閉じた。

 翌朝9時。何事も無かったように始まる会議に、何事も無かったような顔で向かった。ギターを貸してくれた恩人にLINEを送る。

「ギターありがとう。今度寿司を奢らせて」
「別にいいよ。それよりFacebook見た? 」
「見てない。何かあった?」

 1枚のスクリーンショットが送られた。

「周り、どんどん結婚するなぁ。旦那さん、お金持ちっぽいね。めでたいめでたい!」

 他人の結婚報告で盛り上がれる彼は、きっと健全だ。自分の立場を守ることで頭がいっぱいの業界人よりもずっと。ボクは「Yeah!」のスタンプを送るとデスクトップを起動させた。10時に上司が来るまでに会議室に資料を配置し終えていなければ半殺しにされる。

「あれ、リアクション薄くない? お前、この子と仲良かったよな?」

 実は彼から聞くより先に、そのニュースは今朝病室で本人から聞いていた。誰かと身を寄せないと震えてしまう懐かしい肌寒さの中で「あるっちゃある」の続きに記されていた。かつて、取り返しのつかない約束をした彼女から一方的に送られた言葉たちだった。

「また体調、崩してない?」
「仕事中だよね、突然電話してごめん」
「最後に一度だけ、地球人と話がしたくて」
「上手く言えないけど」
「今でもキミが一番好き」
「だけど」
「私は私を一番大切にしてくれる人と」
「結婚することにしました」
「職場で出会った人」
「お医者さんです」
「玉の輿。なんちゃって。」

 ボクは彼女にありったけの感謝を伝えるように、ずっと忘れないと誓うように、ささやかなお祝いの言葉を送った。
 
「彼が実家の病院を継ぐ関係で、年明けにはカナダに引っ越すんだ」
「いや、遠いな!」
 
 ボクはつい、出会った頃のような捻りゼロのツッコミを入れてしまった。二度と会うことの叶わない彼女の名前を呟きながら。

 そんな声すらかき消すように、喫煙所からボクの名前を叫ぶ声が聞こえた。条件反射で体が動き、ボクは副流煙の中へと走っていく。デスクに置きざりのスマホが、彼女からのメッセージを映し出していた。ボクからの返信が途絶えたことなど関係無しに、彼女の言葉たちは、イシシと笑い声をあげながらいくつも連なる。

「ねぇねぇ」
「おーい?」
「忙しいか」
「あのさ、」
「看護師になる夢は、」
「しょっちゅう体調を崩しちゃう」
「キミがくれた夢でした」
 
 ボクが搬送された病院は奇跡的に彼女が勤める病院だった…なんてことは当然ないし、今後ボクが体調を崩しても彼女の栄養のおしつけみたいな料理を食べることもないだろう。

「幸せになるね。同じ地球人より」

 喫煙所に着くと、先輩たちがニタニタ笑いながらボクの肩を小突いてきた。

「お前、昨日収録中に寝落ちしたって?」
「ロケ弁抱えて眠るADなんて初耳だわ!」

 ボクが現場から消えた理由を、プロデューサーは単なる居眠りだと説明したようだ。ボクは副流煙の中でプロデューサーの言葉を思い出していた。
 
「…すみません!あの芸人がギターでスベり散らかしてるの見ていられなくて」
「それは禁句だろ。俺たちもそう思ったけどさ」

 先輩たちはやっぱりサルのおもちゃみたいにタバコを持つ手を叩きゲラゲラと笑う。うまく誤魔化せただろうか。これからも何かを誤魔化しながら生きていくのだろうか。

「おい、今夜空いてるか?」
「えっと」
「空いてるよな?」
「はい」
「今夜、3対3で飲み会開ける?」
「すぐに調整いたします」

 ボクたちは、倒れそうな時に支えてくれた人をいつまでも忘れることができないし、この先倒れそうになる度に、きっとその温かさを思い出す。

 東京タワーの見える病院で、足枷となる繊細さを切り離した。特別な星を目指し離陸したあの日から十年が経った。

 ボクは今だにどうしようもなく地球人のまま、コンビニで買ったインスタントの豚汁にちょっとした物足りなさを感じながら、今日だってギリギリのくせに何事も無いような顔をして働いている。

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