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短編恋愛小説集「噓の告白」 最終話 嘘から真実(まこと)へ 宮本早紀編その5

あれから数週間後。
再び学校に通えるようになった宮本さんは、徐々に変わっていった。
陰気だった過去を全く感じさせないほど、彼女は明るくなっていって、すっかりクラスのみんなと打ち解けた。
性格が変われば運命が変わるとはよくいったものだ。
俺たちの関係性が変化していくのに、そう時間はかからなかった。
以前よりも喋る機会がなくなっていき、ここ数日は会話もしていない。
普通なら友達として、成長を喜ぶなりしてあげるのだろう。
だが心に渦巻いていたのは、嫉妬を含んだ恋愛感情や独占欲だった。
彼女に、もう自分は必要ない。
冷徹な事実が胸に突き刺さる。
元々容姿端麗な彼女に、明るい性格まで備わったら鬼に金棒。
男だったら、誰も放っておかない女に様変わりした。
いっそ告白してしまえば友達以上恋人未満から、いい方にも悪い方にも転がっていくだろう。
けれど、勇気が出せなかった。
元々住む世界が違っていたのだ。
同じ磁極の磁石が反発し合うみたいに、ごく自然なことなのだ。
自分にそう言い聞かせて、俺は放課後の屋上で淀んだ空を呆然と眺めていた。

「何を沈んでんだよ、田島」
「平川さん、こんな場所に来させるなんてどうしたの。もしかして告白?」
「バーカ、またなんか悩んでっから呼んだの。早紀は登校できるようになったし、もう心配事なんてないじゃん。元気出せよな」

自分自身、これがちっぽけな人間のちっぽけな悩みなのを痛感していた。
宮本さんに非はなく、勝手に落ち込んでいるだけだ。

「もしかして早紀のこと?」
「鋭いね。宮本さんと付き合いたい男は山ほどいるから、俺に付け入る隙がなくてさ」
「田島って結構鈍感なん? ったく世話が焼けるわ、アンタらは」

肩を竦めて、やれやれといった風に溜め息を吐く。
自分以外の人間が似た悩みを持っているのを示唆する言葉に、俺は疑問符を浮かべた。

「おーい。田島こっちにいるから、早くおいで」

平川さんが発すると同時に、学校と屋上を繋ぐ扉が開く音がした。
こんな時間にいったい誰が。
後ろへ振り返ると、見慣れた人影がそこにはあった。

「田島君、やっと話せたね」
「……宮本さん、なんでここにいるんだ」
「私が頼んだの。最近避けられてるから、平川さんが呼べば来るかなって」
「そうなんだ。別に嫌いになった訳ではないけど」
「さて邪魔者の私は消えるとしますか、後は二人に任せるよ」
「ありがとう、平川さん」

気を利かせて、平川さんは俺たちの元から去っていった。
こうやって彼女と面と向かって会話をするのは、いつぶりだろう。
久々に話し合いの場を与えられると、湯船から上がった後みたいに、全身汗まみれになっていた。
二人の間に重苦しい沈黙が流れると、校庭で運動している生徒たちの掛け声は次第に騒々しくなる。
流石にずっとこうしているわけにもいかない。
俺はここに呼んだ目的を聞こうと切り出した。

「えっとさ。呼び出したのはどうして」
「ねぇ、手紙を書いてきたんだ。読んでくれないかな」
「分かったよ」

直接言いづらい内容なのだろうか。
手渡された手紙には噓の告白をした時と、一言一句全く同じ文言が綴られていて、苦い思い出が脳裏に蘇る。
不快な出来事を思い出し、眉間に力が入った。
今の自分は、仏寺に飾られる鬼神の如き形相をしているのではないか。
俺の表情を見て、おそらく怯えているのだろう。
彼女は視線を誰もいない虚空に逸らし、固く閉じられた唇は、餌をもらった金魚のように忙しなく開いていた。

「どういうつもり? 今度は自分の意志で俺を馬鹿にしたいとか?」

どんな意味があるのか読み取れず、俺は突き放したように言ってのける。
信じられないほど心を込めていなくて、自分自身が一番驚いていた。
 
「違うよっ! そんなつもりじゃ……」
「だったら、どういう意味があるの?」

俺は彼女に当然の疑問をぶつける。
冷たい言葉を更に投げ掛けて本格的に嫌われたら、楽になれるのかもしれない。
最低な考えが過ったが、醜い感情を剥き出しにするのはダメだと自制心が働く。

「嫌がらせするように言われたけど、本当はやりたくなかったの。その頃から田島君のことが……だったから」

「ことが」と「だった」の間の部分だけ、声が小さすぎて聞き取れない。
だが文脈から、何を言いたかったか容易に察することができた。

「確かサッカー部のキャプテンに告白されたんだよね? あの人は女慣れしてるし、俺といるよりきっと楽しいよ」

好きな人に告白した挙げ句、別の男と付き合うのを勧められる。
こんな仕打ちを受けたら、しばらく愛だの恋だのを考えられない。
意図していなかったが、好感度の下がりそうな最悪な行動ばかり取っていた。

「断ってきたよ、ちゃんと」
「勿体ないよ。なんで断ったの?」
「あのラブレターは嘘だけど、貴方に向けた気持ちまで嘘じゃないから。それに私が好きになる人は私が決めるの。人気だからって理由で好きになる訳じゃないよ」

涙混じりの瞳で彼女は訴える。
女の涙という最大の武器に、俺はそれ以上御託を並べることはできなかった。

「俺さ、最近宮本さんを目で追っちゃうんだ。今までは立場が逆だったのにね。それに君のことを考える時間が多くなった」
「うん」
「きっとさ、これは恋なんだろうね。弱さを自覚しながら現況を変えようと努力する宮本さんが、好きになっちゃったんだ」
「えへへ。本当だったら嬉しいな」
「でも他の男と喋ってるの見ると苛々するし、辛いんだ。きっと束縛しちゃうし、付き合ってもたくさん嫌な思いするよ。君に俺は相応しくないんだよ」
「ふふっ、そっか」

心境を吐露すると、あまりにも軽い返事が返ってくる。
笑いどころではないのに口許を隠して上品に笑む彼女に、俺は若干の不快感を覚えていた。

「結構本気で悩んでるんだよ、俺」
「ごめんなさい、ちょっと可笑しくて。でも楽しいことだけじゃなくて辛いこともいっぱい共有していきたいな。田島君がそうしてくれたから」
「正直諦めてたんだ。嘘の告白で嫌われたって感じてから、田島君との恋仲を望むのは」
「けど心のどこかで、あの嘘が真実になるのをずっと求めてた。田島君が私を気に掛けてくれなかったら、今の自分も告白する機会はなかった。大好きです、付き合って下さい」

そういうと彼女は恭(うやうや)しく頭を下げる。
表情は見えないが、生まれたばかりの小鹿を彷彿とさせるように身体は震えていた。
勇気を振り絞って告白してくれた誠意に、誤魔化さず答える。
俺にできるのは、それくらいのものだ。

「……勿論OKだよ。男の俺から告白すべきだったのにごめん」
「私の手、触ってみて? すごい汗まみれだよ。きっと男の子だって告白する時は緊張するんだよね」

促されるまま手を取ると、上質な絹のような質感の肌に触れる。
嫌らしい気持ちはなかったが、気がつくと赤子の頭を撫でるみたいに優しくこすっていた。

「男らしさとかに縛られないでいいよ。私たちは私たちなりのやり方で距離を縮めていこうよ」
「ありがとう宮本さん」
「私たち付き合ってるんだから、よそよそしい言い方はやめて。早紀って呼んでほしいな」
「俺も好きだよ、早紀……ちゃん。初対面でもないのに、なんか照れちゃうね」
「優吾君、愛してます」

一難去ってまた一難あったが、俺たちは晴れて付き合うことになった。
彼女に相応しい男になれるかは分からないけれど、せめて早紀ちゃんが好きになってくれた自分でいたい。
そうすれば横で、彼女は微笑んでくれるから。



宮本早紀編 完




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