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異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第13話 不可視の神々、流浪の老神父

「ここだと少し目立つな。建物の裏手に回ろうか」

そういってアモンは移動する。
黒ずんだ打ちっぱなしのコンクリートに青年は年季を感じつつ、アモンの背中を追う。
民衆が入口に集まっているお陰か、修道女たちの裏手への警戒が薄いようで、人は疎らだ。

「これからどうすんだ、アモンの兄貴」
「耳を貸せ、ハリー」

アモンがハリーに耳打ちすると、同時に青年の左耳に生暖かい吐息がかかり、石動は苦々しく笑う。
内緒話をしてから、悪魔たちは示し合わせたように見つめあい

「目を閉じておけ。姿を変えるからな」

彼にそう促した。

(何をする気なんだ。あ、前にもハリーにこんなこと言われたっけ)

青年はハリーに、人間の姿になれと命令した際の場面を想起する。
気にはなりつつも言われるがまま瞳を閉じると、一瞬の静寂に包まれた後

「いいぞ」

声がして、青年は目を開いた。
するとハリーは鼻と頬に切り傷のある素行に問題のありそうな修道女に。
アモンは白髪の理知的な雰囲気漂う修道女へと変貌した。
以前ハリーは好みの見た目になれるといったが、ここまで人間と瓜二つになれるとは。
この姿で王国にいたら、人と区別がつかない。
改めて悪魔の変身能力に驚かされる石動であった。

「ケッ、忌々しい服装だ。悪魔が神々に仕える人間共の格好なんざ、しなくちゃいけねェのかよ」
「どうだい、ユウ。なかなかのべっぴんだろう。惚れるなよ」

苛立つハリーと、嫌がる素振りのないアモン。
お似合いの凸凹コンビだ。

「ハハハ、そうだね。本当に便利な能力だ。人間にはできない悪魔の芸当だよ」
「これなら侵入自体は容易い。関係者を装えばいいからな。誰も傷つけない方法だし、構わないだろう?」
「僕は変身できないからどうしよう。それに魂を見抜くあの人たちには通用しないんじゃ……」
「確かに厳重な警備で正面から侵入は難しいな。しかも魂を見抜く精鋭揃いだ。だが別にも入口がある」

そう言ってアモンはステンドグラス窓を指差す。

「もしかして……」
「そのまさかの強行突破だ。窓を壊して侵入する」

彼によると内部は2階建てになっているらしく、そこからなら気づかれないとのこと。
ハリーの殺して進むほど野蛮ではないし、人は傷つけない。
しかし、こんなことをしていいのかと良心が咎めた。

「……音で気づかれるんじゃ。僕たちに注目が集まるよ」
「大きな音を立てている最中に俺たちが通れる大きさに破壊する。そうすりゃ案外バレないよ」
「な、なるほど」

石動は家族の見ていた報道番組で、見聞きしたことがあった。
泥棒というのは家人が掃除などで音を立てている最中に、ガラスを壊して住居に忍び込むと。
それを考えると、アモンの行動は理に適っている。

(いいのかなぁ、こんなことして。う〜ん)

石動の心の中で、善と悪がせめぎ合っていた。
現代なら建造物侵入罪、建造物損壊罪の罰が下される、立派な犯罪だ。
しかし直美と英子を放置していいのか。
治安も現代と比べれば、決していいとは言えない国だろう。
頼りない僕でも男が同伴していれば、悪党も手を出しにくいはずだ。

(モルマスの関係者の方々、すいません)

心の中で平謝りしつつ、僕はアモンの暴挙を見逃す。

「この後はどうするの?」
「モルマスではちょうど今の時間帯に、聖歌の合唱が行われるのさ。そいつらが神々を賛美している間に、悪魔に好き勝手されるとは。神々に盲目的な信徒というのは実に無様だな」

アモンは聞き取るのがやっとの声量で吐き捨てる。
神から零落(れいらく)させられた悪魔である彼が、流し目で神の徒を見遣る姿に、青年は積年の恨みを感じ取った。

「そろそろだ」
「うん。準備しておくよ」

暫くすると赤いマントのようなものを着た、少年少女の聖歌隊が石畳を練り歩いて合唱する。
歌詞の内容こそ理解できなかったが聴いていると、日頃の疲れが抜けていく気がした。
音楽というのは万国共通の言語で、知らない歌でも良いものは自然と好きになってしまう。
観衆が拙いながらも声を合わせているのに見惚れ、ラッパが鳴った瞬間にアモンが躊躇なく握り拳で窓を殴ると、辺りにガラスの破片が飛び散る。
血こそ出ていないが人間が同じことをすれば、大怪我は免れない。

「大丈夫なの? 痛くない?」
「悪魔の中で最も強靭な俺の肉体なら、このガラス程度わけないさ。心配ありがとよ」
「よーし、これで中に入れるな。しっかり掴まれよ、主サマ」
「落とさないでくれよ」
「わあってんよ」

ハリーは青年の脇を抱えて持ち上げ、ゆっくりと飛行する。
祐が建物の中に入って最初に目にした巨大なステンドグラスには、僕の国でも見慣れたナナホシテントウの装飾が施されていた。
窓は3つあり、左から順に黒と黄が特徴的なフナムシのような幼虫が変態して、成虫になるまでの過程を現しているようだ。
ヨーロッパでは赤のマントをした聖母マリアの逸話が残され、日本においても漢字で天道虫と表記されたテントウムシは、空高くに飛ぶ様が太陽に向かって飛ぶのだと信じられていた。
更には農業害虫のアブラムシを駆除する益虫としての地位を確立しており、人類から比較的不快感を抱かれにくい昆虫だ。

「イミタ神、シグニフィカ神、メタモルフォシス神の御下に、ようこそお集まりになりました」

1階では集まった人々に感謝を述べ、シスターはテントウムシの窓を見つめていた。
神々への敬意を表す修道女の視線の先には、偶像も何もない。
どういうことだろう。
石動が呆然とシスターの説教に耳を傾けていると、アモンが通訳する。

「この大陸を統べる三神は不可視の存在とされています」
「秩序と模倣をもたらし、生命を完全なる存在へと到達させるイミタ神」
「中立と概念を表す、目に見えない存在の象徴シグニフィカ神」
「混沌と変身を司り、絶えず変化を繰り返すメタモルフォシス神」
「決まった形を持たない神々への敬意を払い、私たちの宗教では偶像崇拝を禁じています。宗派によってこの限りではありませんが」

シスターが黙るとアモンは息継ぎし、シスターの発言に備える。

「人間共にとっての神々の話らしいな。つまらねェから眠たくなってくらぁ」
「そうかい、俺は結構楽しいけどな。紡がれた歴史というのは、知的好奇心をそそられるよ」
「だよね、アモン」
「気が合うな」

意気投合する石動とアモンに、ハリーは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

「来て損したな。やることやったら、とっとと帰ろうぜ」

欠伸をした悪魔の瞳から、大粒の涙が零れ落ちていく。
退屈な時間が長く感じるのは、人も悪魔も同じようだ。
親近感を覚えた青年は

「今日は歩いて疲れたし、直美さんたちと再会したら、モルマスの近くで宿を取れるか提案してみるよ」
「そうかい。お嬢ちゃんも精神的に参ってたしなァ。オレサマとしてもありがたいぜ」

ハリーに説教が終わるまでは、我慢してもらうことにした。
本来の目的は脱出の方法を探すことで、長居してもいい結果に繋がるとは限らない。
SG8の奇襲にも対応できるよう、ある程度余力を残しておくに越したことはないだろう。

「ったく、仕方ねェな。契約さえなけりゃ、トンズラしてたんだが」

心底つまらなそうに割れた窓から風景を眺めるハリーは、何かに気がつくと目を白黒させる。

「おい、見ろよ! お前ら! ありゃなんだ!」

ユウとアモンは彼の言う通り、窓から外を覗く。
ハリーの視線の先には、何かの大群が濁流の大波のように押し寄せてきていた。
頭がパニックで青年は自らの恐怖を誤魔化すように、あれこれまくしたてた。

「何がどうなってるんだ、これはなんなんだ。もう終わりだぁ、早くここから逃げないと……」
「意味がわからねェ。だがオレサマに歯向かうなら、叩き潰すまでよ」
「資源豊かな王国ならともかく、モルマスが襲われるとは。化け物共の規模からして、賊の仕業でもないだろう。君たちは心当たりがあるかい?」
「直美さんはSG8という組織に狙われてる。どこかの国がやったのでないなら可能性があるのは……」

石動はアモンに伝えると、アモンは納得したように頷く。
ただヴォートゥミラでの争いに巻き込まれただけなら、まだいい。
しかし迷い人同士の戦闘で、無関係な人々を傷つけていいのか。

「なるほど。君たちが目的か。なら辻褄が合うな」
「民間人には危害のないようにしたい。やれるかな。ハリー、アモン」
「どうするかはテメーの好きにすりゃいいがよ。オレサマは具体的に何をすりゃいいんだ?」

ハリーに急かされて、石動は思考を巡らせる。
とにかく被害を出さずに、彼ら全員を助ける方法を……。
脳味噌を精一杯働かせて、最善の策を模索していた。

「とにかくモルマスの人間を誘導しないといけない。だから指示を……」
「モタモタすんじゃねェ、間に合うのかよ! 襲われちまうぞ!」

作戦を立てている途中、ハリーにしきりに怒号を浴びせられ、石動は苛立ちを募らせた。

(考えてる最中なんだ、静かにしててくれよ!)

心の中で言い返すと同時に、アモンが口走る。

「つまり誰かが奴らを足止めすればいい、と。そういうことだろ?」
「アモン、まさか……」
「時間稼ぎがてら、適当に暴れてくるよ。まずユウとハリーはあの女の子たちと合流して、いろいろ考えればいいさ。問題が解決したら、また落ち合おう」

アモンはそれだけ言い残して、その場を去る。
あの数にも物怖じしないのは、流石の上級悪魔といった所だ。
彼に任せておけば、しばらく時間稼ぎはできる。

「よかったな、優柔不断な主サマよォ。次はどうする?」

ほっと胸を撫で下ろす横で、ハリーは嫌味ったらしく毒を吐いた。
だが口より手を動かすべき状況なのは確かだ。

「避難誘導はモルマスの修道女たちに任せて、た、戦える人を集めよう! さすがにアモンだけに任せるわけにはいかない! モルマスの戦士たちと、僕らも戦うぞ!」
「いいじゃねェか。オレサマは待ってたんだよ。血湧き肉躍る戦いを!」

危機的状況にも、特段怯えた様子がない好戦的なハリー。
頼もしい限りだが彼が傷つけば、自分も痛みを味わうことになる。
しかし逃げれば大勢の人間が血に塗れ、モルマスが地獄と化す。
戦闘の経験のない僕が戦っても、足手まといなだけ。
とにかく今は、大勢の人物にモルマスの危険を知らせなければ。

「誰か、戦える方はいませんか? モルマスに化け物の群れが近づいてきていて……」

1階に勢いよく降りると、青年は脇目も振らず叫んだ。
だが都合よく日本語を理解してくれる人間などいるはずもなく、石動はうなだれる。

(……う、見られてる。僕の言葉は通じないんだった。こんなことしても無意味じゃないか)

注目が集まった恐怖に震えていると、筋骨隆々の体つきをした、白髪交じりの老爺が近寄ってくる。
袖の千切れた法衣の上にマントを羽織る老人は、ゆっくり肩に手を置く。
穏やかな眼差しに金属の篭手越しからでも、温かいぬくもりが伝わってくるようで、青年は不思議と心穏やかになっていった。

「My name is Juan. What is your name? (儂の名前はジュアン。君の名前は?)」

義務教育で習う簡単な英語なためか、青年もちゃんと意味を理解した。
僕に名前を聞いているようだ。

「My name is yuu (僕の名前は祐です)」

外国の人間と話したことなどない彼は、この発音で伝わるかと頭の片隅で考えつつ、おっかなびっくりで喋る。

「Are you sick? (具合でも悪いのか?)」
「……ハリー、なんと言っているのかわかる?」
「お前を心配してるみてェだぜ、このオッサン」
「今は一大事だ。さっきの僕の発言をこの人に伝えてくれ」

ハリーに指示すると、彼は老爺と会話をし始めた。
互いに発言をし終えると

「Gather with me, O mighty ones! (力ある者よ、我に集え!)」
「Votumira. is facing an unprecedented crisis. (ヴォートゥミラに未曾有の危機が訪れている)」
「Everyone who fights for their country is a hero here! (祖国のために戦う皆が、ここで英雄となるのだ!)」

老爺が辺りに向かって咆哮し、彼に同調するように周りの人間も騒ぎ出す。
その一体感は、まるでスポーツのファインプレーで観客が絶叫し、球場全体が揺れるようだった。
ジュアンが不敵に口角の片側を吊り上げて笑うと同時に、屈強な男や弓矢を携えた耳長のエルフ、顎髭を生やした杖を持つ老人が、青年の周囲を取り囲む。

「ええと、僕なにかやっちゃった?」
「さっきのオッサン含め、こいつら全員化け物に立ち向かう冒険者なんだってよ。いいじゃねェか。血の気の多い奴は大好きだぜ。ヴォートゥミラの連中に腰抜けはいねェらしいな」   
「Fight with! (一緒に戦うぜ!)」

名も知らぬ冒険者の鍛え上げられた精悍な顔立ちに、石動は鼓舞された。
一人なら心細くて、立ち向かうことすらできなかっただろう。
しかし彼らが共に協力してくれるなら―――臆病な僕でも戦えるかもしれない。

「とりあえず現場に向かいましょう! モルマスに危害がないように!」
「Yes, sir. (承知した)」

青年は冒険者と共に走り出す。
ヴォートゥミラの英雄と至る道へと突き進むように。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

  • 好きなキャラクター(複数可)とその理由

  • 好きだった展開やエピソード (例:仲の悪かった味方が戦闘の中で理解し合う、敵との和解など)

  • 好きなキャラ同士の関係性 (例:穏やかな青年と短気な悪魔の凸凹コンビ、頼りない主人公としっかりしたヒロインなど)

  • 好きな文章表現

また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
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作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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