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異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第10話 悪魔アモン、デモンズ·コマンダー、真理の大穴

無闇に探しても、ヴォートゥミラから脱出する方法を探すのは困難だ。
一行は曰くつきの土地に注目し、そこを重点的に調べることにした。

死者の魂眠る霊拝の地モルマス。
殺人、誘拐、盗人のねぐらなどなど、黒い噂の絶えないマレフィキウムの古城。
金にがめつい化け物に占拠されたという、テラ·ウルム鉱山。
悪魔や呪術の叡智が集結する魔女たちの秘境、ゼノス·トゥルティ。
そして僕らが拠点にしているフィリウス·ディネ王国にも、少なからず悪魔の目撃情報が報告されていた。

人知の及ばない土地にこそ、答えが眠っているやもしれない。
石動の案を、怖がりの直美は意外にもすんなり受け入れた。
直美も調べる必要があると頭で思いつつも、乗り気ではなかった。
だが青年や仲間が同行するならと、考えを改めたようだ。

(とはいえ直美さん、怖いものが苦手だからな。適度に緊張をほぐしてあげないと、戦力として計算できないな)

これから赴くのは霊拝の地モルマス。
王国から少し離れた墓地で、それだけなら普通の墓地だ。
しかし霊に取り憑かれる、あの世に導かれるなど真偽不明な噂が絶えず、曰くの多い場所らしい。

「直美さん、本当に大丈夫なの?」
「心配は不要よ、もう決めたんだから……ねぇ、あそこに誰かいない? 水晶玉とお婆さん?」

そういって直美は前方を指差す。
だが石動の瞳には、どこまでも同じ風景が続いている。

「いや、誰かいる? わからないけど」
「そんなつまらない噓つかないわよ。もっと近寄ってみて」

指示通り指差す方へ暫く歩くと、確かにそれは老婆の姿をしていた。
椅子に座り、黒のテーブルクロスの上に水晶を置いた老婆が、辺鄙(へんぴ)な場所で商売をするとは考えづらい。
だとすれば、何故ここに?
のどかな花畑に人間が佇む不気味な風景に、一行は肝を冷やす。

「な、なんですかね。あの人」
「……避けて通る?」
「いや、別に変な人って決まったわけじゃ……」

人間の三人が言い合っている最中

「いいじゃねェか。あのババアが人でも化け物でも。オレサマに敵対するってんなら、ブチのめすだけよ」

立ち止まる石動らを置き去りにして、ハリーは巨大な斧片手に突き進む。
頼もしい足取りに鼓舞された三人は、彼につられて老婆に向かって歩いていく。
生唾を飲み込んで、石動は老婆に近寄っていった。
目深に被ったローブで表情が見えないのが、いっそう恐怖を煽る。
長身で威圧感のあるハリーが老婆の前を歩いても、微動だにしない。
やはり警戒しすぎなだけだ。
安心しきった青年が通り過ぎようすると

「おお、悪魔と魂が一体化しているな。面白い魂を持つ青年だよ」
「?!」

黙って通り過ぎようとした瞬間、急に老婆が呼び止める。
戯言と聞き流すには、あまりにも的確に自分の現状をドンピシャで言い当てており、驚きのあまり声を出すことすらできなかった。

「あなた、何者!?」
「ほう、面白ェ。やっぱり人間じゃねェな、アンタ。正体を現しな」
「……俺ほどの悪魔になると、魂が見えるんだよ。お前らの全く同じ魂が、ね」
「人じゃないのか?!」

ローブを脱ぎ捨てた悪魔は、一瞬にして腰を曲げた老婆から、中肉中背の黒の燕尾服姿になる。
みるからに危険な姿をしたハリーと違い、王国を歩いていてもおかしくない紳士然とした悪魔に、一行は呆気に取られる。
オールバックの白髪が特徴的な、齢20歳前後の男の形をとると

「お待ちしておりました。お坊ちゃん、お嬢さん……なんてな」

悪魔は執事のように振る舞ってみせる。
いきなり老婆が成人した男になる光景に、英子は目を白黒させて現実が受け入れられない様子だ。 

「俺の名は悪魔アモン。邪霊六座(じゃれいろくざ)のサタナキナ殿に仕える、三悪魔の一柱だ。よろしく頼むよ」

アモンとはフクロウの上半身に蛇の下半身の挿絵が有名な、高名な悪魔だ。
エジプト神話の神アメンとの繋がりが深く、アモン·ラーの名でも知られている。

「アンタ。コイツとオレサマの血と魂の契約について知ってそうだな」
「どうにかして、元に戻せませんか」
「お前ら、案外ウマがあうんじゃないか? まるで同じ魂が2つ存在するように見えるぜ?」

アモンが無邪気に笑う側で、直美と英子は二人以上に取り乱していた。

「あ、あああああ悪魔と一体化って何よ! そんなの聞いてないわよ、バカァ!!!」
「どういうことですか? 悪魔って比喩なのかと思ってましたけど」
「話すと長くなるんだけど、聞いてくれる?」

面倒なことになった。
そう思いつつも、石動は笑いを噛み殺していた。
この世の終わりのような顔の直美に、笑いをこらえるのに精一杯だったのだ。
暫くして落ち着いてから青年は言葉を選びつつ、事のあらましを伝えていく。

「……と、いうわけなんだけど」
「なるほど。この悪魔さんとは、そういう因縁が……」
「なんでよりによって、あなたが口も性格も人相も悪い、こんな奴と……」
「嬢ちゃん、本人の前でよく言えるな」
「ユウもそう言ってたわよ」
「おい、ふざけんなよ。後でシメるぞ、テメー」

(そもそも君が原因なんだけどな、僕が君を憎んだのは)

歯を剥き出しにして唸るハリーに、石動は何か言いたげなじとっとした目つきで、彼を見遣る。

「それより、ずいぶん落ち着いてますね。ハリーはこんなことになって驚いてましたけど。けっこう貴重な体験なんじゃないですか?」
「別に珍しいことじゃないからな。驚きはしないさ。少なくとも俺は何度も見た覚えがある。悪魔としての年季の違いだな」

何かを悟ったようなアモンに、石動は訊ねた。
この状態を、何かを知っているかもしれない。

「こういったことって、結構あるんですか?」
「大方の想像はつくぜ。アンタ、悪魔に生命を脅かされて、自分と同じ苦しみを味合わせたいって願ったろ?」

心を見通すかのように、アモンは言い放つ。

(心を読まれた?! どうなってるんだ?)

唖然とした彼が口をポカンと開くと、その表情を見て、アモンはニヤリと口角を吊り上げる。
図星だろ、と言いたげに。

「どっ、どうしてわかったの?」
「単純な話さ。時々いるんだよ。悪魔との契約でヤケクソになって、似たような願いをするやつが。そして一部の奴らは、悪魔と一体化するのさ。本来ならば混ざらない水と油に等しい魂が、悪意で同調してしまう」
「……ご明察の通りです、あはは」
「笑いごとじゃねぇよ。どうやったら元に戻れるんだ、アモンさんよ」

ハリーは苛立った様子で貧乏揺すりをしつつ、答えを急ぐ。
だが

「元に戻す方法か。俺は知らないし、知っていても教えないな。それをネタに、アンタとその悪魔をこき使えそうだからな」

アモンは少年のような無邪気さで即答した。
嘘をついても彼に得はなさそうなので、どうやらアモンは本当に元に戻す手段を知らないのだろう。
これ以上問い詰めるのは無駄と判断し、石動は

「いろいろ教えてくれてありがとう」

そう伝えると

「悪魔に礼を言うなんて、おかしなやつだ。だからこそデモンズ·コマンダーになるのかもな。人にも悪魔にも平等な態度、俺は嫌いじゃないが、他の連中にはしない方がいいぜ。君の美徳だろうが、悪魔にとっては人間に同列に扱われ、不愉快な気分になるだろう」

よくわからない言葉を用いて、青年に悪魔との関わり方について忠告する。
彼の口から出たデモンズ·コマンダーとはいったい。

「ええと、横文字はよくわからなくて。なんですか、それ?」
「悪魔と心通わせ指揮する者を、俺たちの間ではそう呼んでる。こう言えば理解できるか?」
「悪魔を指揮する者……ですか?」
「コイツがそんな器には見えませんが……本当なのか、アモンさんよ」

ハリーが石動に疑いの目を向ける。

「ハリー。君は勘違いしているかもしれないが、人というのは与えられた地位や肩書きで如何様にも変わるものだよ。覚えておくといい」
「そんなもんですかね?」

アモンに諭され、ハリーは口を尖らせる。
納得してはいないが上司であるアモンの台詞を、なんとか理解しようと苦心しているのが見て取れた。

「誰もがデモンズ·コマンダーになれるわけじゃない。俺は結構、君をを評価してるよ。特別な奴だとね」
「……特別」
「特別な人間になりたいなんてのは、ありふれた感情だろう。それ故、他人には苦しみを理解されない孤独の覇道を進むかもしれないがな」

誰にも理解されない苦しみ。
現実でもネットでも、無職というだけで見下され、蔑まれてきた。 
犯罪者予備軍と罵倒してくる世間や社会が、敵のように見えた。
僕なりに人に理解されない苦渋は、散々味わったつもりだ。

「生まれた時から人は孤独。理解しようすることはできても、真に通じ合うのは不可能だよ」
「ずいぶん達観してるな。悪魔と共に歩む者よ。覚悟が決まったその時、再び俺と君を運命が巡り合わせるだろう。今から楽しみだ」

アモンは高らかに叫ぶと、天に両手を掲げる。
悪魔ハリーと契約を結び、悪魔アモンと遭遇した。
これからの冒険に幾多の悪魔の存在が関わると思うと、石動は暗雲立ち込める未来を憂いたくなった。

「ちなみに他にはどんな人がデモンズ・コマンダーに?」
「黒魔術に精通する者、知恵を追い求める者、社会を憎悪する者。これらに該当する人間はなりやすい。盲目的に神々の規範に従わない人間は、悪魔に等しいのさ」
「ようは反社会的な人間ってことですか?」
「超単純に要約すると、そうなるかもな。ま、それでも俺は歓迎するぜ。狡猾な悪魔ユウ。仲良くしようじゃないか」

そういうとアモンは、手を差し出す。
握手してくれ、ということだろうか。

「狡猾な悪魔って……」
「この前王国の少年が、アンタに言ってただろう? 真似してみたんだ」
「……そういう言い方、バカにされてるみたいで不愉快なんですけど」
「ああ、悪かったな」

青年の言葉を、アモンは軽く受け流す。

「これからどうするんだ、アンタらは」
「モルマスにいこうかと」
「そうか。俺も少しだけアンタに協力してやるよ。狡猾な悪魔を不快にさせた詫び代わりにな」
「モルマス、マレフィキウム、テラ·ウルム、ゼノス·トゥルティ、フィリウス·ディネ。曰くつきの場所巡りで、脱出の糸口が見つかればいいけど」
「おやおや、とっておきの場所を忘れてるぜ」

アモンは直美の発言に口を挟む。
悪魔の一言に眉間に皺を深く刻み、彼に詰め寄った。

「どこよ、そこは」
「……真理の大穴。この世界の本質に辿り着くために、迷い人が必ず訪れるであろう場所さ」
「それはどういう……」

その場所に訪れて、何があるのかもわからない。
けれども彼の言葉には、どこか真実味があった。

「さぁね。俺の言葉を信用するか。それはアンタらが決めればいい。なんたって俺は悪魔だからな。あんまり鵜呑みにすると、足元掬われるかもよ」
「回りくどいわね、こっちは早く元の世界に帰りたいのよ。その真理の大穴って場所がそんなに重要なら、さっさと案内しなさいよ! もしだんまりを決め込むって言うなら、力づくで……」

軽薄な態度のアモンに腹が立ったのか、直美は剣の柄(つか)を握り締めた。
だがその瞬間、悪魔は彼女の手首を掴み、鞘から抜くのを阻止する。

「野蛮だねぇ。俺は何もしてないだろう。いきなり斬りかかろうとするなんて、どうかしてるんじゃないか?」
「クッ……」

直美は血管の筋が浮かび上がるほど、手に力を入れていた。
腕を震わせる彼女とは対照的にアモンは微動だにせず、彼女の反撃を容易く止めてしまった。
―――力の差がありすぎる。
戦闘の素人の青年の目にも、実力の違いはハッキリしていた。
しかし直美は、諦めようとしない。

「真理の大穴は死地と呼ばれてる。今の喧嘩っ早いお嬢さんの実力じゃ、いくつ命があっても足りないぜ」

嘲笑するかのような薄ら笑いで、アモンは続けた。

「止めはしないよ。君の魂は上質だ。悪魔にとっては最高の馳走になる。だから生き急ぐのも勝手にしな」
「それでも私は止まれないのよ! 教えなさい、アモン!」
「……悪魔は気まぐれだ。今の君が五体満足で立っていられることに感謝するといい」

直美を生かしたのは、単に機嫌がよかったから。
その事実とヴォートゥミラ脱出のスタートラインにも立てていない現実に、彼女は膝から崩れ落ちる。

「ま、悪いようにはしないさ。ユウと一時的に契約を結んでもいい。悪魔にとって契約というのは重要な意味を持つからね」

悪魔にとって、契約は術者に服従するのに等しい。
何の利益もない契約を受け入れる時点で、彼に僕らを陥れる気はないのだろう。
少なくとも今は。

「アモンからは敵対心が感じられない。なら争う理由もないはずだ。直美さん、頭を冷やした方がいいよ」
「君とは会話が手短に済んで助かるよ。次は二人きりで、ゆっくり話したいものだね。ククク……」

強者特有の余裕とでも言おうか。
直美に襲われても取り乱す様子もなく、淡々としている。
彼の発言の真偽は不明だが、藁にもすがりたい自分たちには、従わざるを得ない。
掌で転がされる感覚というのは、こういうことをいうのかもしれない。

「私は早く帰らなきゃいけないのよ。そしてあの子に……! あの子に……!」
「真理の大穴は負の感情が渦巻いている。君の見せかけの強がりは、すぐにボロがでるよ」

直美の叫びに掻き消されるほど小さな声量で、アモンは彼女を戒める。
直美にとって、あの子がそれほど大事な存在だったのか。
石動は直美の過去に考えを過らせつつも、背中を丸めた彼女の肩を撫で、心労を労った。

「少し休息を取ってからモルマスにいこう。しっかりものの直美さんがいなかったら、僕たちの冒険は成り立たないしね」
「アタシは役に立たないかもですけど、力になれることがあったら言ってください!」

励まされた彼女は立ち上がり、仲間たちに目を向ける。

「ありがとう、ユウ、英子ちゃん。励ましてくれて」
「悩みがあるなら時間に余裕のある時にでも聞くよ。他人の僕になら話しやすいかもだし。もちろん君がよければだけど」
「……ううん、いいわ。話したって、なんにもならないから。あの子のことは……」
「いい隣人に恵まれたな、ナオミ」

アモンは拍手しつつ、迷い人の友情を褒め称える。

「絆を深めた後でも遅くはない。人一人の力で乗り越えられるほど、真理の大穴は甘い場所ではないよ」
「生き急ぐのも勝手にしななんて言ったのに、忠告するなんて、悪魔らしくない」
「その娘が君らの中で最も強いだろう? その子に先立たれて、貴重なデモンズ·コマンダーに死なれでもしたら俺が困るんだ。さ、無為な時間を楽しもうじゃないか」
「ありがとう。直美さんを止めてくれて。暴走しがちだから、彼女は」
「礼ならいいさ。俺は自らの目的と信念に基づき、行動したまで」

アモンは悪魔だ。
腹に一物かかえているのは間違いないだろう。
だが今は手を取り合い、協力できる。
青年はアモンに感謝を述べると、悪魔の隣を歩いていくのだった。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

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