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短編恋愛小説「嘘の告白」 中野未来編 エピローグ

休み時間にて

部活に男友達との交流、それに加えて未来との遊び。
忙しい日々を送っていると、徐々にではあるものの、忌まわしい過去は色褪せていった。
宮本さんと関わることが俺の中での優先順位では、低くなっていったのだ。
未来からすれば、ただ俺と話したいだけかもしれないが、こまめに通話をくれたのが何よりの薬だった。
余計なことを考えずに済んだからだ。
とはいえ、全くあの日の出来事を思い返さないわけではない。

「うわのそらだけど、調子悪かったりする?」

自分で自分の表情というのは、確かめにくいものだ。
男子は女子と比べると、美容には疎い。
朝、鏡で髪型をチェックするくらいで、表情など気にも留めない。
彼女のさりげない一言で、自分自身に変化が訪れたのに気がつかされる。
彼女は甲斐甲斐しく、献身的に励ましてくれる。
けれど、根本的な問題は未だに解決していなかった。
ずっとこのままでいいのか考えても、平行線のままだった。
彼女の好意に、おんぶに抱っこではいけない。

「ずっと宮本さんのこと気になってさ。ずっと険悪なままだし、仲直りしたいんだ」
「いいじゃない、そんな子のことなんか」

俺は素直に心の内を吐露した。
すると未来は、頬袋に食料を溜め込んだリスみたいに、ほっぺたを膨らませた。
彼女は私で、他の女に靡(なび)いてほしくない。
仕草から未来の心の声が聞こえてきそうで、思わず顔が綻んだ。
それこそ年端もいかぬ少女みたいに感情が顔に、一挙手一投足に現れて愛おしかった。

「焼きもちやいてる?」
「うん、そうだよ。私だけ見てほしいもん」
「そうかそうか。未来は可愛いなぁ」
「もう! からかったり茶化したりするなら、真面目に話なんか聞かないからね」

未来はそう、はっきり言葉にする。
彼女は好き嫌いはハッキリしていて、言うことは言う方だ。
だが思った言葉をそのままぶちまけるほど、浅薄な性格ではない。
でなければ、万人から好かれたりはしないだろう。
それに察してもらうのを待たれるより、ちゃんと言葉でやりとりしてくれるのは、ありがたい限りだ。

「ごめんごめん。いつも慰めてくれてありがとうな。そういう気取らないところ、好きだよ」
「……気持ちは変わらないんでしょ。」
「ああ」

いつまでも落ち込んでいては、重荷になる。
しこりを残したままでは、未来も俺に対して、まともに接することはできない。
どれだけ止められようが、諦めるつもりはさらさらなかった。
全てを清算することでしか、前には進めないのだ。
終止符を打たなければ。
現実を受け入れると、ふつふつと使命感が沸き上がっていく。

「……あれは」

見慣れた女子が視界に入ると、目が釘付けになる。
今までは騒々しい雑音に掻き消されていた、呼吸の音が聞こえ始めた。
横にいた未来は

「嘘の告白した子? 最悪だよね」

と耳打ちする。
普段は人の悪口など滅多に言わない彼女に、最低とまで言わしめる。
客観的に見れば今の俺は、よほどの大馬鹿かお人好しだ。
彼女がしたことを、許す義理などないのだから。
だが、元の関係に戻りたかった。
そんな微かな希望にすがるには、謝る選択を取らざるを得なかったのだ。

「……ちょっと話しかけてきていいかな」
「優吾。また、あの子に馬鹿にされちゃうよ。無理してまで、関わる必要なんてないよ」

彼女は俺の制服の裾を掴み、引っ張る。
好きな女子に上目遣いで懇願されたら、普通の神経の男なら断れない。
だが次の瞬間、彼女の手を振り払っていた。

「大丈夫だよ、心配すんなって。慰めてもらって、だいぶ元気ついたから。それに未来は俺の中で一番なんだから、堂々としてくれよ」
「優吾が良くても、私が嫌なの。また傷つけられちゃうよ。。そんな所、見たくないもん」

感情をあまり表に出さない彼女の、良心を信じたかった。、
でも時を経るにつれ、その考えは俺の都合のいい方に捻じ曲がっていった。
結局彼女自身が、俺を馬鹿にしたかったのではないか。
疎遠になるのを望んでいたのではないか。
そんな風に鎌首をもたげるのだ。
誘蛾灯に自ら飛んでいく蛾のように、未来の目に俺の行動は愚かに映ったことだろう。
自分も親しい人間には、自らの傷を抉るようなことはしてほしくない。
そうだとしても一度固めた決意を、曲げることはできなかった。
踏ん切りをつけて、新たなステージへと進むためにも。
納得いく形でいざこざを終わらせて、未来との恋愛を思う存分に楽しむためにも。
でも未来の思いを無下にはできない。
俺は彼女の手を取ると

「サンキュ未来。でもどうしても、伝えないといけないことがあるんだ」

と、穏やかに語りかける。
俺にとっては親しかった友人でも、未来には赤の他人だ。
それに彼女に、事の顛末の細部まで話してはいない。
考えを一から十まで、理解してもらえるとは思わなかった。
けれど信用というものは、日常の些細な積み重ねから生まれるものだと自負している。
だからこそ出来る限りで、言葉を尽くした。

「……もう止めないよ。一度言い出したら、聞かないもんね」
「恩に切る。すぐ戻るから、待っててな」

目を見据えて疚しい気持ちなどないことを言外に伝えると、手を離してくれた。
男と女が共にいれば、疑いの眼差しを向けられるのは当然だ。
いい女を気取って、気にしていない態度を取られたら、むしろ彼女に不信感を覚えていた。
可愛いと思える嫉妬心を向けられるからこそ、約束を守りたくなるのだ。

「宮本さん。話したいことが……」
「ご、ごめんなさい!」

怯えた様子で、俺に背を向ける。

「逃げないで! 責めたりしないから」 

この機会を逃せば、チャンスは二度とない。
叫ぶと、彼女は立ち止まる。
痙攣するみたいに身体を震わせており、、逃げ出したいのをこらえているの一目瞭然だ。
周囲の視線は突き刺すかのように俺たちに集まり出し、居心地が悪い。
色々と喋りたかったが、状況がそれを許さなかった。

「何、かな……」

彼女は、おそるおそる振り返る。

「あのさ。俺はあのこと、なんとも思ってないから」
「え……」

意図していない言葉によほど面食らったのか、瞳孔が大きくなった。

「それだけ。一人のところ、邪魔してごめんね」
「えへへ、許してくれてありがとね」
「俺たち、昔に戻れるかな。昔つっても、数週間前みたいにだけど」
「ううん、無理だよ。私には、田島君といる資格なんてないもん」
「……そっか、分かったよ。短い間だったけど、楽しかった。じゃ」
「……元気でね。田島君」

当初は彼女の全てを、受容する気でいた。 
だがいざ本人に言われると、「そんなことはない」と否定できなかった。
その選択を受け入れると、彼女の瞳がわずかながらに潤んでいたのが見え、咄嗟にその場を後にする。
俺と宮本さんは、ただの同級生であって、それ以上でも以下でもない。
他人である彼女の悲しみも苦しみも、俺には無関係だ。
必死に自分に言い聞かせた。
でも、どんなに正当化しようとも、心の奥底では気づいていたのだ。
あれやこれやと理由をつけて、俺は彼女から逃避した。
見てみぬ振りをした。
何もせずに、ただただ時間に解決を委ねた。
それだけだと。
これから先、俺たちは重い十字架を一生涯背負うのだろう。
時たまこの一件を思い出して、言いようのない罪悪感に苛まれるのだろう。
たとえそうなったとしても俺は俺の、彼女は彼女の人生を歩むだけだ。
傷つけられた人間が加害者を避けるのは無理もない。
負い目のある宮本さんが、今まで通り接するのは無理だという気持ちは、よく理解できる。
鹿山以外の、誰が悪いわけでもない。
神様の運命の悪戯と、偶然に偶然が重なって今があるのだ。
自分自身の選択に後悔していると、未来は不意に腕に抱きついてくる。
目を遣ると奥歯が見えそうになるくらい、彼女は大きくはにかんでいて、つられて笑いそうだった。

「来週の日曜日、遊ぼうよ。絶対に来てよ」
「別にいいけど。普段そんなワガママ言わないのに、急にどうした?」
「いいじゃん。休みの日くらい、優吾を独占したって」

未来はどれだけ腹が立っても関与せず、味方でいてくれた。
救いの手を差し伸べてくれた彼女の恩を返せるのなら、安いものだ。

「未来と遊べるし、勉強も見せ合えるし、一緒にいられる。一石三鳥だな」
「お姉ちゃんも、お母さんも家にいるから。そういうことは無しだからねっ」
「い、言われなくても分かってるって。俺たち学生だし……」

嘘の告白は、忘れようとしても忘れられない深い傷を残した。
けれど辛い出来事に膝をつくことはないと、確信していた。
何故なら現に今、未来に支えられて俺はここに立っているのだから。

 
中野未来編 エピローグ完

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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