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短編恋愛小説「嘘の告白」 第8話 決心 鹿山知恵編 その4

数日後

鹿山はクラスで一人、浮いていた。
けれど恩を仇で返す人間に、いつまでも親切にするお人好しなど、そうはいない。
ただ一人の味方であった宮本さんも、いつからか話しかけなくなっていった。
だがしかし敢えて一人を望むかの如く、あいつは振舞っている。
誰も信じず、誰の力も借りようとしない一匹狼のように。
別にそのような生き様に、後ろ指を指すつもりはない。
心ない暴言や偏見、悪意に晒されて、自分だけで生きる決意をした人間は少なくないだろう。
だが鹿山は、まだ16歳だ。
そんな少女が、孤独を選ぶにはまだ早すぎる。
とはいえ大喧嘩をしている今、鹿山に働きかけるのは難しい。
あいつが俺との対話を望まないのなら、残された道はただ一つしかない。
昼休み。
各々に親しい同性の友人と、会話に華を咲かせる楽しいひと時。
俺は買ったパンを強引に詰め込むと、ある少女の元に向かっていった。

「宮本さん、話があるんだけど」
「嫌がってるでしょ。止めなさいよ田島」
「俺は彼女に話しかけてるんだ。邪魔しないでくれ」

近くで食事を摂っていた女子が会話を遮ろうとした。
だが、力押しで彼女に問いかける。

「えっと……何の用かな?」

二人きりではないせいか、案外すんなりと返事をしてくれた。
素っ気ない一言でも、言葉を交わせるようになったのは大きな前進だ。
この好機をみすみす逃す手はない。

「あのことで怒ったりしないから、誰も来ない場所でゆっくり話がしたい」
「……」
「鹿山について、聞かせて欲しいことがあるんだ。食べ終わったら校庭に来てほしい。いいかな」
「……うん」

曖昧な返事に不安を覚えつつも、校庭にあるベンチに腰を下ろした。
目の前にはゴールポストが置かれていて、放課後にはサッカー部が精を出している。
流石に昼休みにまで来る物好きはおらず、たまにカップルらしき二人組がいるくらいだ。
携帯電話の時間と睨めっこしながら、彼女が訪れるのを待ったが、一向に人の気配はない。
あと10分も経てば、掃除の時間だ。
すっぽかされたのだろうか。
そろそろ帰ろうかと考えた矢先、人影が近づいてきた。

「宮本さん。急だったのにありがとう」
「口約束でも、約束は約束だから」

そういうと彼女は、一人分離れたベンチの端に座った。
その距離は、俺たちの心の距離を現しているかのようだった。

「ねぇ、なんであいつに親しくしてあげてるの? 結構嫌なこともされたでしょ。口調とか荒っぽいし」
「えっと、それは……。うぅ……」

純粋に興味があって、なおかつ嫌がらせを強要されたのかも聞き出したかった。
それとなく訊ねると、俺たちの会話は途切れる。
視線が合うと、彼女はそっぽを向いて、何だか素っ気ない態度だ。
誘った際に口ごもっていたし、心の中では嫌がっていたのかもしれない。
なら嫌われても当然か。
俺たちの溝が深まらない内に、手短かに済ませよう。
煮え切らない物言いに若干の歯痒さを感じながらも、静かに待つことにした。

「チエちゃんが……さ、寂しいかなって。なんだかんだ内気な私にも明るく接してくれたから、同じ思いをさせたくないの」
「それだけの理由で? 優しいね」
「そんなことないよ! 私、田島君をいっぱい傷つけちゃったもん」
「宮本さんが自発的にあんなことしたとは、どうしても思えなかったんだ。だから憎めないよ」
「……本当にそう思うの?」

宮本さんの言葉に、俺はこくりと頷いた。
すると彼女は自らのポケットに手を突っ込んで、取り出したスマホを弄くり出す。
親しい仲にも礼儀は必要だ。
話の途中で、いきなり別のことをするのは失礼に値する。
注意しようかと考えていたその時

「見せたいものがあるから。少し待ってて」
「ああ、うん。分かったよ」

そういうと宮本さんは無料通話アプリ、ライフラインに残った通話記録を見せてくれた。
スマホには顛末が克明に記録されていて、彼女の言葉に偽りはないとはっきりした。
俺の予想が完全に正しかったのだと、証明された瞬間だった。

「鹿山の馬鹿は、酷いことしたみたいだね。でも、それを承知で頼むよ」
「頼み事って?」
「鹿山が君に誠意を見せたらで構わない、あいつを許してやってくれないか」
「えっ?!」
「あいつは人間不信で、素直になれないだけなんだよ。たぶん」
「嫌だって言ったらどうする。 困る? 怒る? それともチエちゃんを……」

伏し目がちに俯くと、宮本さんは唇を尖らせた。
物腰こそ普段と変わらないが、静かに憤慨する彼女の姿に、何故か安堵している自分がいた。
耐えられない仕打ちを受けて、感情を露わにする。
人として当然の機能が、当たり前に働いている。
冷めた印象を与える宮本さんの、誤魔化しのない本心に、親近感を覚えていたのだ。

「やらされたことは悪質だし、無理ないね。その時は俺も頭下げて頼むよ」
「田島君は悪くないじゃない! 否があるのは断れなかった私だよ。やれって言ったチエちゃんだよ。だから……謝らないでよ」
「それだって除け者にされるかもって考えてのことでしょ。あれは悪い夢だった。そう考えることにするからさ」
「なんで、なんで私を許そうとするの? おかしいよ田島君……」

俺が罪を許すと、一粒の雫が宮本さんの頬を伝った。
次の瞬間手の平を顔にくっつけて、彼女は顔を覆い隠していた。
抑えきれないものが溢れてしまったのか、身体を小刻みに揺らしている。
傷つけた相手に涙など見せてはいけない、俺への負い目がそうさせたのだろう。
その行動からは、強い贖罪の気持ちが伝わってきた。
悲しみに暮れる彼女に罵倒を浴びせかけるような、非道な真似は俺にはできなかった。

「私、ダメだね。泣きたいのは田島君の方なのに……」
「はい、これ。忘れない内に返してくれればいいから。それじゃあね」
「うっ、うぅぅ……」

ハンカチだけ手渡すと、俺は彼女に背を向ける。
過度な優しさは、時に凶器になる。
今の彼女に必要なものは中途半端な善意の押しつけではない。
自らの罪を悔い改めて、清算するための時間だ。
それが終わった時、彼女が俺と鹿山に向き合えるのだ。
この短期間で俺は鹿山と宮本さん、二人の涙を見た俺は、ある決心をした。
彼女たちを苦しめている元凶を、摘み取らねばならないと。
深い傷を負った宮本さんが、二度とこんな目に遭わないために。
そして鹿山が今後、健全な人間関係を築いていくために。
嫌がらせを受けた者が、別の人間に憎悪を撒き散らす負の連鎖を、これで断ち切るのだ。
でも俺の説得に、何の効果があったというのか。
苛立っている最中に部外者に止められると、更に怒りが込み上げてくるものだ。
ただ宮本さんとの亀裂が、深まっただけかもしれない。
感情的に突っ走ってしまって、新たな問題を生み出してしまったかもしれない。
だけど時間に解決を委ねるよりは、ずっといい。
あまり思考を巡らせてばかりいると、がんじがらめになって動けなくなる。
後々後悔するくらいなら、全てを吐き出せてよかったと考えるべきだ。
自分で自分を慰めながら、俺はチャイムの鳴り響く校内に戻っていった。


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