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青空が違う


心配させただろうか?


18年間過ごした街を離れて上京してきてもうすぐ2年経つ。

秩序のないエゴに見える東京の華やかさも標準語しか聞こえない電車の車内も、もうすっかり慣れてしまった。


あの街に住む仲間たちは僕の夢を応援してくれた。

その仲間の中には大切な彼女もいた。

彼女は遠距離恋愛になることを渋ったが、最後には笑顔で送り出してくれた。


その彼女と昨夜、久しぶりに電話した。

よりによって風邪を引いている時に電話してくるなんて。

それでも久しぶりに聴いた彼女の声に少し元気が貰えた。

何度か咳をすると彼女はその度に「大丈夫?」と聞いてくれた。

「大丈夫だよ」 その度に僕は答えた。


今日も1日寝て過ごすことになるな

そう思いながら窓から見た空は朝の天気予報通り、少し雲が増えてきていた。


その時、部屋のインターホンが鳴った。

扉を開けるとそこには彼女が立っていた。

僕が驚いていると彼女は泣きそうな顔をして抱きついてきた。

「来るとわかってたら迎えに行ったよ?」

鼻声で言うと彼女は首を振った。

「ううん、私が一目会いたくて押しかけただけだから」

「とりあえず寒いから上がって、すごい散らかってるけど」

彼女は涙でぐちゃぐちゃになった顔を笑顔に変えて頷いた。


「ごめん、すぐ片付けるね」

「いいよ、寝てて。私が片付けてあげる」

「それは悪いよ」

「いいからいいから」

彼女は僕を敷きっぱなしの布団に押しやると部屋を片付け始めた。


「これはどこに置けばいい?」

「それはそこの壁に立て掛けておいてくれていいよ」

彼女が来て数十分。散らかってた部屋はずいぶん綺麗になった。

「ありがとう。おかげで綺麗になったよ」

「ううん、これくらいはさせて?それよりね……」

そう言うと彼女は鞄を探った。

「ひまわりの種、持ってきたんだ」

「ひまわり?」

「うん。ひまわりってね、太陽のある位置を教えてくれるんだよ」

「知ってるよ」

「だからね、たまに青空を見上げて欲しいな。私も同じ空の下にいることを忘れないように、なんちゃって」

「うん、忘れないよ」

「ねぇ、一緒に植えよ」

「ちょっと待ってね」

僕はベランダの鉢植えを部屋の中に持ってきた。

「それよりよく1人で来れたね」

「うん。今年の年賀状に書かれてた住所をSiriに聞いたんだ。大変だったよ、東京の電車は」

「そっか。でも次からは来る時教えてね、迎えに行くから」


ふたりは玄関にいた。

「ごめんね、ほんとは泊まっていきたいんだけど」

「ううん、大丈夫。来てくれただけでもすごい嬉しかった」

「ねぇ、あのね…………」

「うん」

「……やっぱりなんでもない」

「なに?気になるじゃん」

「なんでもないよ」

そう言って彼女は背伸びをして顔を近づけた。

「だめだよ。風邪が伝染るから」

「いいの」

彼女は強引にキスをしてきた。

「じゃあ、またね」

「うん。気をつけてね」

彼女がドアを開けて部屋を出た。

「バイバイ」

笑顔で手を振る彼女に僕も手を振り返した。

彼女はドアを閉めようとした時にこちらを振り返った。

「ねえ、青空が見えたよ」

「ほんとだ」

さっきまで空一面を覆っていた雲の隙間に少し、青空が見えた。


その青空はふたりで見た故郷のものとはどこか違っていた。



〈完〉


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