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東京への白旗を降ろした日

突然だけど、私は京都出身で、その事実を誇りに思っている。
といいつつ「ほんまの京都人」(洛中の人間)ではないんだけれども、文化都市・京都の人間としてのプライドと意地の英才教育に小学校から高校までずぶずぶに浸かってきた私は、自分にある他のタイトルの中でも「京都人」というタイトルはダントツに気に入っている。

これを言うといろんな方向から怒られそうだけど、京都人は何かと東京を敵対視しがちだと思う。
かく言う私も、「東京ってあくまで東の京都やで」いうセリフを何度口にしたか分からない。
あと、標準語のことを東京弁って呼んだりね。

とにかく、京都および京都人にはオリジナルの都としてのプライドがある。



そんな私が4年ほど前に好きになった男の子は、東京に住んでいる人だった。
自分は今東京で仕事をしているけれど、京都でも仕事をできるようにするから、京都に引っ越して来たら結婚前提に付き合おうと言われた。
それまでの人生で一番舞い上がった瞬間だったと思う。でも、好きな人に(ほぼ)プロポーズされた幸せを噛み締めたと同時に、東京に勝った!という気持ちも心の片隅にふんわりと感じていた。
東京と地方のカップルなら東京側に合わせるだろうに、京都はその例外なんだ!と。

ただ、彼が京都に来ることはなかった。
ほぼプロポーズの3ヶ月後、彼は言った。
「東京が楽しすぎて京都には来れない」と。

そこからの私の東京嫌いっぷりったらなかった。
私は東京に負けたんだ。東京は私から彼を奪った悪女同然だった。
テレビで東京のおすすめスポットを見るのも嫌で、しょっちゅうチャンネルを変えてた。
彼が住んでいた恵比寿とか目黒とからへんの地名を聞くだけで発狂しそうだった。
仕事で飛行機に乗るとき羽田を経由しなくてはいけないことがほとんどだったのに、当時は羽田すらも行きたくなかった。
この日本で東京の存在を意識せずに生きるのはかなり難しい。東京を避けるのに私は全ての労力を使い果たし、毎日ひどく疲弊していた。

私が東京生まれだったらこんな気持ちにならなかったのに。
いや、大阪生まれだったらまた違ったかもしれないのに。
なんで、私は京都に生まれてしまって、なんで、東京にプライドをへし折られてしまっているんだろう。
東京が憎くなる曲ナンバーワンの「木綿のハンカチーフ」を聴きながら、彼とのお別れから半年間くらいは毎晩こんなことを考えていた。(今考えるとかなりクレイジーだけど…)


数年後その彼とはまた別の人を好きになった。
その人も東京出身だった。彼が東京の思い出を語るたび、棚の奥底にしまって見ないようにしていた東京コンプレックスをちくちく刺激された。
またどうせ「負ける」んだろうな。そんなことを考えていた。

でも、ついこの前に東京に行った時、
私は急に東京への白旗を捨てようと思った。
大学時代の友達と東京タワーを見に行った時だった。
坂を登り切ったところで急に現れた煌々とした赤い塔。
この感情をなんと言えば良いのか分からないけど…東京タワーを前に、私はただただ、すごい、と呟くことしかできなかった。


私は東京に勝ちたくて、でも勝てなくて、白旗を掲げながらもずっと負けを受け入れられずにいた。京都人としてのプライドと、東京という全ての中心地にいないことに対する疎外感、そして、東京を言い訳に私を振った男への腹正しさ。
全部を織り込んだ白旗だった。それを恨めしそうに掲げ続けることが私の復讐だった。

でも、赤い東京タワーは特に私に勝とうともしていなかった。
ただただそこにあり、人々を照らしていた。そんな物に対して戦闘モードでいるのが馬鹿らしくなった。スカイツリーだったら違ったかもしれないけど、それは分からない。でもとにかく、私の東京への敵対心は、東京タワーによって一瞬で消滅させられることになった。


東京にも京都にも勝ち負けはない。
その次の朝、東京タワーを階段で登った。
低いビルしかない京都に育った私は数十段登ったところで脚がすくんでしまった。
そこからおずおずと見下ろした景色は、ただ人の生活があるだけだった。

この国は狭い。
東京にほとんどのものが集約されている。
でも、それは東京が首都だからであって、他の地域には他の地域にしかないものがある。東京に好きなものがあれば東京にいればいいし、京都に好きなものがあれば京都にいればいい。それに、その二つを往復したって、なんでも好きなようにしたらいいんだよ。

白旗なんて振る必要ないよ。
木綿のハンカチーフ、東京砂漠、聴いてもいいけど自分の物語にしなくていいよ。
そう心の中で呟いたらなんだかひどく安心して、京都に帰る新幹線のE席でビル街を見つめながら私は少し泣いた。




うまくまとめられないけど、長年拗らせてきたコンプレックスを一つ癒せて嬉しかった。
その気持ちを残したくて書きました。


2024.2.23 🗼

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