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カナダ人アウトドア兄妹が教えてくれた”ビーチサウナ”の幸せ

私的サウナ史を塗り替える出来事は突然やってきた。

時は2週間前にさかのぼる。隣村の集落に遊びに行ったときのこと。彼女がカウチサーフィンで知り合ったカナダ人のきょうだいがその集落に遊びにきているということで、会いに行った。そのきょうだいは一緒に旅をしていて、しばらく前から日本に旅行者としてきていたものの、コロナの関係で帰れなくなってしまっていたのだという。南の島で足止めをくらい、集落でカフェを営むファミリーの家に2か月近く滞在していた。

その日、集落で自分的サウナ史を塗り替える事件が起きたのだが、まずは私が出会った最高にステキなこのふたりについて話さないといけない。

彼らの名前はタモツとミドリ。おばあさんが日本人の、日系カナダ人のきょうだいだ。

兄のタモツは、みんなから「タモ」と呼ばれている。歳は30くらい。スノーボーダーでありサーファー、とにかくボードを使いこなすお兄さんである。何を生業としているかはわからないが、とにかく胸板が分厚い。滞在中、モリで魚をついて夕食のおかずを捕まえてきていたらしい。集落の人とズブズブに仲良くなっていて、みんなからタモ、タモと慕われている。お兄さんに失礼かもしれないが、高校球児のような若くエネルギッシュな出で立ちと、どんな悪も跳ね返すようなキラキラとした目の輝きを持っている。

ミドリは、タモの妹。カナダのハイダグアイ諸島というところに住んでいるという。どの辺?と聞いたら、バンクーバー知ってる?と聞かれる。むしろバンクーバーとオタワとケベックくらいしか知らないのだが、知ってると答えると、それなら話は早い、と言わんばかりの笑顔で答えてくれた。

「バンクーバーから車で20時間で、そこからフェリーで7時間。それでまた車に乗って島の北にいくと住んでいるところよ」

待って、遠くない?日本で言えば「東京知ってる?東京から車で高速使って20時間すると鹿児島について、そこからフェリーに10時間乗ったら奄美大島だよ」というくらいの距離感。カナダの広さを思い知らされるとともに、みんな知っている大都市ベースに丁寧に教えてくれるあたり、深いやさしさを感じた。仕事は「ウェルネスワーカー」。はじめて聞いたが、学校で働き、子どもたちが健やかに育つための手伝いをする、カナダでも最近できた仕事だという。自分のつたない英語も必死で聞き取ってくれ、笑顔で返してくれた。聞き上手は言葉の壁を超えるのだなあ。ちなみに、ミドリの家には廃材で作ったサウナがあるらしい。

そんなふたりと出会い、話していると、「これからサウナをやる」という。自分がサウナを好きだという情報を事前にキャッチしていてくれたときいて、驚いた。そう言われたら、こちらの本気度を伝えない手はない。私はタモに言った。

「去年、サウナのためだけにフィンランド行ったんだよ」

すると、満遍の笑みで返してくれた。

「きみはサウナ・アディクトだ」

うれしい。
狂ってるとか、おかしいとか言われる方が人畜無害だと言われるよりずっとうれしいあれだ。将来、サウナのサイトを立ち上げるとしたら、ドメインは絶対に「sauna-addict.jp」にする。

集落のはずれにある海に着くと、ミドリとタモは流木を拾い集めていく。すると、ひとり、ふたり、と集落の人たちが集まり、いつのまにか準備が始まった。テントやらシートやらが運び込まれ、みんな黙々と”自分の仕事”に取り掛かる。

告白すると、この時点では、自分はまだ疑っていた。サウナストーブもなければサウナストーンもない。テントはキャンプ用のもの。煙突もないこんなところでサウナなんかしたら、テントの中に煙が充満して、一酸化炭素中毒で全員死んでしまう。それこそ事件だ。大丈夫か。

失礼を承知で聞いてみる。タモ、これまでもやったことあるの?

「何回も何回もやってるから任せとけ。カナダではサーフィンをしたあと身体が冷えるから、ビーチでこれをやって温まってまた海に繰り出している」

なんと。カナダの大自然の中でサウナをしている景色が脳内に再生された。聞いただけで幸福な経験だ。とりあえず、このアウトドアのプロに黙ってついていってみよう。

まず、焚き火を始める。中心に、角の取れた石を10個ほど入れておく。早速、合点がいった。焚き火で熱した石をテント内に入れるため、煙が充満する心配はない。熱だけをテントに持ち込むのである。サウナストーンとして仕事をさせるには、少なくとも2時間、熱する必要があるという。

ちなみに、近くに落ちていた小石の混ざったコンクリートの塊を焚き火に入れようとしたら、火が爆ぜて危ないからやめるようにと言われた。そのとき、ずっとキラキラと輝いていたタモの目が一瞬だけギロっとなって少し怖かった。ごめんなさい。

海に漂着した廃材、岩に引っかかっている流木、燃料には困らない。燃えた枯れ葉から太い木材に火が移っていき、だんだんと炎になっていく。

火が絶えることがないよう、近くに落ちていた流木をくべながら保っていく。同時に、テントの設営が始まる。

今回のテントの仕組みはこうだ。

センターに石を入れられるような穴を掘り、それを囲むようにテントを張る。テントの上に毛布をかぶせ、さらにその上にビニールシートを被せる。サウナの熱が漏れないよう、外気に熱を奪われないようにする断熱の工夫である。石が十分に熱されたら、焚き火から取り出し、熱だけを持ち込む。ストーブも電気も使わない、まさに原始的なサウナだ。

タモとミドリはしきりに「Insulation」という言葉を使っていた。調べてみると、「断熱」という意味らしかった。確かに、自分が持っているステンレスのボトルに書いてあったわ。人生、どこで何がつながるかわからない。

途中、海辺の草むらにいくように誘われる。ミントの畑があり、それを摘むのだという。このミントが後々むちゃくちゃいい仕事をするとはこのときはまだ知らなかったが、とりあえず言われるがままに収穫した。

5月にもなると日はかなり長い。西の空を見ると、だんだんと日が沈んでいく。あたりは次第に暗くなり、海岸では一角で燃える炎がどんどんと映えていく。脇目もふらず、せっせと火をくべる。

2時間がたった。タモがゴーサインを出す。

燃え盛る火の中からスコップで石を取り出す。炎は大きく燃え上がり、熱くて近づくのもやっと。火の粉を払ってテントに運んでいく。ひとつ、ふたつ、とテントの中にあるくぼみに石を投入していく。

1回目、4人くらい入れるということで、茶室のにじり口かと思うような狭くて低い入り口からテントに入った。

入ってみると・・・

すごい。ちゃんとサウナだ。1回目はまだもわっとした感じではあるが、しっかりと暑い。数分で汗がじわじわと出てくる。ああ、これこれ、コロナのせいでサウナにずっと行けていなかったけど、やっぱり最高だ。

全身の毛穴が開いていく感覚に酔いしれていたが、楽しみはこれからだった。ミドリがペットボトルを取り出し、中に入っていた水を熱々のサウナストーンにかける。

ジュワアァァァ…… 

官能的な音とともに、熱気がテントいっぱいに広がる。かすかな気流があるのか、熱を感じたときに出る「うおお」という声にはそれぞれで時差があった。「うおお」という声からコンマ1秒遅れて、「わあ!」という歓声がテントに響く。その驚きは、すぐに自分のもとにもやってきた。心地よい、爽快感のあるフレーバーが鼻を通り抜ける。なんと、さっき摘んでいたミントは水に混ぜられ、ミントウォーターをロウリュをしていたのだ。音、温度、雰囲気、何もかもがパーフェクト。三位一体。

集落に住んでいる人。カナダから遠い南の島を訪れた人。仕事で偶然奄美にやってきた人。生まれも育ちも違う人たちが、せまいテントの中でただただ熱くなった石を囲み、感動を共有している。不思議な空間だ。

何かを「囲む」という行為には、人間同士、お互いを強くひきつけ合う力があると思う。食卓、囲炉裏、2時間熱された石…なんでもいい。車座になって一つのものを囲んで話すということで、落ち着き、信頼関係が生まれ、心の距離がぐっと近くなる。
お互いの顔も見えない暗闇の中で、ただただロウリュの音が響く。カタコトの英語でも全く問題ない。サウナストーンさえ囲んでいれば、お互い何を感じているのかはだいたいわかる。感動を伝えるのに多くの言葉は必要なかった。

テントから出ると、初夏のやわらかい潮風が吹いていた。
したたり落ちる黄金の汗を、風がやさしく撫で下ろす。うすくて肌触りのいい布に包まれているような感覚だった。しかも、目の前は海。飛び込まないわけがない。

パッシャーン・・・!

はあ、気持ち良すぎる。

サウナで培った皮膚センサーによると、その日の水温は20度より少し温かいくらい。鹿児島でいうと、かごっま温泉よりすこしぬるいくらいの温度。ちょうどいい。

全身が海に浸かったあと、仰向けになってぷかぷかと水面に浮いてみた。耳が水で満たされ、談笑していた周りの人たちの声が小さくなっていく。訪れた静寂の中、空を見上げると、そこには満点の星空が広がっていた。

この日はなぜか、朝から動悸が絶えなかったが、サウナから出るとさらに心臓がバクバクとおかしな音を立てていた。いつもは胸の奥にある心臓が、皮一枚下でダイレクトに動いている感じ。大丈夫だろうか。まだまだ人生やりたいことがいっぱいある。まだ何も成し遂げていない。でも、こんな経験ができるなら幸せな人生だったと思える。一瞬だけ、そんなことを考えた。

2回目、3回目、と続けるうちに、テント内には熱々の石が投入されていく。温度はどんどん上がり、4回目、5回目はもはやフィンランドのそれだった。ロウリュで発生した蒸気は数秒でせまいテント内を満たし、身体中の突起を熱が襲う。耳、鼻、ゲンコツ、でっぱりというでっぱりが焼かれた。熱、音、匂い、すべてが脳味噌の奥底に眠った記憶を呼び覚まし、目を閉じればそこは北欧の大地だった。

結局、5セットをこなし、解散したのは22時前。
集まるときが静かなら、解散するときも静か。みんな、これと言った仰々しいあいさつをするわけでもなく、一人二人と家に帰っていく。熱狂覚めぬまま、ご多分にもれず全身スモーキーになっていた。

最後の別れ際、タモがかけてくれた一言が忘れられない。

We should have met earlier. 

その日が最初で最後だった出会いで、これを超えるうれしい言葉を私は知らない。

たった5時間の出会いだったけど、スモーキーな匂いには、甘美で幸福で、心臓が止まりそうなくらい興奮した新しい記憶が刻まれた。これからサウナで煙の匂いを嗅ぐたびに、私はふたりを思い出すだろう。

ありがとう。また会う日まで。


(終)

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