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フィンランド・サウナ聖地巡礼記①〜ととのいを求めて8000キロ〜序章

どうしてこんなに好きなのか、いまだによくわかっていない。

ただ単に汗をかくのが気持ちいからなのか、水風呂のあとのあの快感を求めているからなのか、上がったあと肌の調子がよくなるからなのか。大学生のころから入り浸り、社会人になっても、街を歩いていると、いつの間にか足がそっちへと向いてしまっている。愛してやまない、サウナ。好きで好きでたまらないなにかがあるとき、その理由を求めることは野暮だと言われることもあるけれど、本場に行けば、発見があるかもしれない。

私は、聖地へと旅に出ることにした。


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写真:フィンランド政府観光局

サウナ発祥の地は、北欧・フィンランド。
ムーミンとサンタクロースの地元としても知られている(ムーミン谷の所在については諸説)。実は、日本からはかなり近い。メルカトル図法の地図だと遠いけれど、地球儀で見ると、なんならヨーロッパで一番近く見える。直行便を使えば、片道9時間半から10時間で行くことができる。

エクスペディアでチケットを探していたら、フィンエアーで往復12万円で行けることが判明し、今回の旅を決めた。いろんなパターンを調べていたら、なぜか往路:中部空港発 復路:成田空港着 が一番安く、羽田発着よりも2万5000円も安かったので、行きは中部空港から。

中部空港は国際空港なのに、全体がコンパクトに収まっていてすごく移動しやすい。昼前の便だったので、前日は空港内のカプセルホテルに泊まった。

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数年前にできたばかりという「チュウブスクエア」。
内装に高級感があり、清潔。
個人的に、ホテルの満足度は水回りの清潔感で8割ぐらい決まると思っている。5300円は、カプセルホテルにしては高いかもしれないが、歯磨き粉が完全にサロンパス味だったことを除けば満足だった。

今回の旅のテーマからしても、中部空港発でうれしいことがもう一つあった。
「風の湯」の存在だ。

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「風の湯」は、中部空港内にある温浴施設である。
乗り換え待ちの客や、出張のビジネスマンなどに対応できるうれしい場所で、サウナも完備されている。愛知が地元の、会社の先輩がものすごい勢いで薦めてくれていたので、なんとしても体験しておきたかった。本来は1000円ちょいするが、カプセルホテルの宿泊客は800円でチケットを購入できる。

中は清潔で、広々としたスぺース。
お湯の温度はぬるい。多分39〜40℃くらい。サウナは室温計で90℃。ザ・日本のサウナといった感じの、ドライサウナ。ドライサウナは温度の割に体感で暑く感じないという特徴がある。ビールといい、サウナといい、日本人は何かにつけてドライにしたがる。

この「風の湯」の魅力は、展望デッキがあることだ。
サウナで汗をかいたあとは、駐機場を見下ろすスペースで外気浴ができる。常滑の沖から吹き付ける冷たい潮風が、熱された身体を優しく撫でながらととのえてくれる。駐機場が丸見えなので、航空機ファンならなおさらうれしいスペースだろう。

ぬるいと思っていたお湯も、水風呂あとだとちょうどいい感じ。計算してこの温度なのだとしたら、設計者は相当なサウナオタクかもしれない。
「ととのいスペース」は水風呂前に2か所、用意してある。
水風呂は18℃。水風呂の中ではそこまで冷たい部類ではないはずなのに、かなり冷たく感じる。18℃で満足してたら、氷点下のフィンランドで外気浴なんでできるのだろうか。どうしよう、少し怖くなってきた。


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ととのった気持ちで、フィンエアーの出発を待つ。
心地よさに包まれてぼーっとしていると、これまでのサウナの記憶が蘇る。

元々、サウナも水風呂も好きではなかった。
どうして、わざわざ熱い部屋に飛び込んでいくのか。そして、さらにそのあと冷たい水の中に入らなければいけないのか。ドMなのか。バカじゃないのか。入る人の気が知れなかった。

ドMであることと、ある意味でバカであることは、サウナオタクになった今、一層確信を強めている始末だが、進んで熱を求める”こちら側の人間”の気持ちはよく分かるようになった。

私のサウナの原体験は大学2年で、友達と湯河原の温泉にいったときだった。ドライブの果てにたどり着いた神奈川の西の果てで、疲れを癒そうと日帰り入浴に飛び込んだのが始まり。一緒にいっていた、実家が元銭湯というサラブレッドの親友に薦められるがままに、「あんまり好きじゃないんだよね・・・」と前置きしつつ、サウナと水風呂にはいった。

あのときの衝撃は忘れられない。凍えたのは数秒、その後全身をかけめぐる快感、”電気が走った”というやつだった。どうしてこれまで嫌っていたのか、それを思い出すこともできない。

狂ったようにサウナと水風呂を往復した。指がふやけて、しばらくiPhoneの指紋認証ができなかった。

それ以降、お金のない大学生がくっちゃべるアジトとして、サイゼリヤ、ハブのハッピーアワー、ドトールコーヒーと並んで、その友達と語る場所の1つとしてサウナがレギュラー入りした。

それにしても、最近はサウナブームがすごい。
東京の人気店では整理券待ちという話も聞く。タナカカツキ氏の『サ道』がドラマ化されたことや、メディアがさかんにサウナブームを取り上げるようになったことが影響しているとみられる。

サウナブームが広がるのはうれしいことだけれど、なんだか少しだけ、残念なような気持ちもする。50代くらいのおばさんが「私、ジュニアの頃からこの子絶対かっこよくなるって思ってた!」って、売れてきたジャニーズを「自分のもの」であるかのように語るのと同じような、あの感覚に近いのかもしれない。

実際には、マジのファンは自分がハマるよりもずっと前からやってたと思うし、自分がハマったことにはすでにある程度のブームは始まっていたのでそんな感情自体が野暮なのだけれど、なんだか自分たちがちまちまと大切にきてきたものが広く解放されだしたことへの残念さを感じてしまっている。

幸い、鹿児島をはじめ地方の生活圏ではまだサウナブームの波及は限定的で、ごった返すという状況はそこまで起きていないが、この先行きつけの落ち着くサウナが芋洗化したら、混乱は避けられないだろう。

そのうち、「昔からサウナに入っていた人たち」はブームの波に乗った人たちを「にわか」だと下に見て、ブームに乗った人は昔からの人たちを「既得権益でサウナの魅力を広く解放せよ」と批判する。

ブームに乗り商機を見つけた企業は地方の郊外に大型のスパ施設を建てまくり、周辺のショッピングモールなどとともにエリアの経済活動を変えていく。一方、街の銭湯やサウナは、昔ながらの客を大事にしたいので、伝統や独自のルールを理解しない人たちに眉を潜め、客を奪われることへの抵抗から大型スパを批判し始めるだろう。各地のサウナ・スパ協会や銭湯組合は組織候補を出し始め、まずは市町村や県議会から、条例改正を始め、いずれは国政選挙に乗り出し、国を変えようと企むが・・・

サウナの保護主義と自由主義の戦争が起きる日も遠くないな。
妄想が膨らむ膨らむ。ああ、もう、サウナが国を分断する時代になったディストピアを村上龍に書いてほしい。

そんなこんなで、5、6年サウナにハマり続けている者としての自覚というか、有り体にいえば「箔をつけたい」という邪な思いもあり、
私のフィンランドサウナトリップは始まった。

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搭乗案内は終盤にさしかかり、通路側のグループが呼ばれた。
朝一番のサウナの身体の奥にくすぶるような熱さが消えないままに、
ジャンボジェットへと乗り込んだ。

(第2回「初・湖畔サウナ編」へ続く)


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