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フィンランド・サウナ聖地巡礼⑥サウナのよろこび〜ととのいを求めて8000キロ〜


サウナがないと一日が始まらない身体になってしまった。
最終日も、ホテル備え付けのサウナで目を覚ます。

部屋に戻り、ルームメイトは韓国人であることが判明する。
大学の友達に1人はいそうな、あっさりとした顔立ちの優しそうな男。
ほとんど話さなかったので、「Korea」といわれたことと、
余っていた朝食券をあげようとしたら「No, thank you」といわれたことくらいしか記憶がない。

本当は、最終日は街のサウナには入らないつもりだった。

17時半の飛行機だから、午後には空港にいかないといけない。
公衆サウナは夕方オープンがほとんどなので、行きたくてもいけないのだ。

しかし、前日の「Kotiharjun Sauna(コティハルユサウナ)」で出会った日本人サウナーの先輩たちは、あるサウナについて、こんなことを言っていた。

「あそこはまじで行ったほうがいいっすよ。
すごい体験ができます。24時間やってますし」


実は、そのサウナの存在はネットで知っていた。
しかし、「レベルが高すぎるのではないか」と少し怖気付いていた。
でも、せっかくだし、と思い、ネットでその場所を調べて向かうことにした。

旅では「せっかくだから」という言葉を何よりも大事にするべきだ。

地図の通りに、最寄りの駅から歩く。
歩いても歩いても、工業地帯とマンションの建設現場が無限に続く。

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大丈夫か?本当に着くのだろうか?
サラリーマン金太郎で、高橋克典が敵に拉致されてボコボコにされる倉庫があるような、決して雰囲気がいいとは言えない地区。

途中、工事作業員たちの生活エリアに迷い込むが、地図はまっすぐいけとさすので進む。
30分ほど歩いて、着いた。

Sompasauna(ソンパサウナ)

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ヘルシンキの港を臨むふ頭の先っちょに、工事現場みたいな一角が現れる。
これが公衆サウナの究極形ともいえる、ソンパサウナである。

ここは24時間、営業している。
でも、営業という言葉は適切でないかもしれない。

なぜなら、「無人」で「無料」だから。

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更衣室も、ロッカーも、シャワーもない。
ただ、サウナと海があるだけ。
水着の着用も、義務付けられていない。

ここを薦めてくれたきのうのお兄さんたちは、男女のメンバーでフィンランドにきていたらしいが、このサウナでは、周りの人たちの雰囲気に合わせてみんなで全裸で入っていたらしい。

ルールというルールはなく、壁にただ「Don't be stupid」と書かれているだけ。こんなところにただサウナを建てて、バカになるなと言われるのも面白いと思ったが、とにかく、自由なサウナなのだ。

だが、自由というのは何よりも難しい。
極論、ルールがあれば、やっていいことといけないことは自分で考える必要はなく、それにさえ従ってさえいれば責任は免れることができる。

高校の倫理の授業で哲学者のサルトルがそんな感じのことを言っていたと、習った気がするが、細かいことはよく覚えていない。

とにかく、利用者たちの良心と、マナーと、なによりサウナへの愛がなければ成り立たない。だからこそ、「究極の公衆サウナ」である。

この日、到着したのは9時半。まだ誰もいなかった。

とりあえず、その辺のベンチに荷物を置く。

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着替えていると、クロスバイクに乗った40歳くらいのおばさんが現れた。
「サウナ?」と聞かれ、そうだと答える。
おばさんは?

「海でスイミング。サウナはしない」

まじかよ。
サウナから海ならまだわかるが、11月の北欧で、単体で海に入るだろうか。奄美だって最近はもうあんまり海に入らないのに。

敷地内にサウナは3つあった。
2つはもう冷え切っていたが、1つが微かに暖かい。
ストーブを見ると、燃え切りそうな炭が燻っていた。
放っておいたら30分くらいで消えてしまいそうだ。
おばさんが「ちょっと暖かいし、サウナしたら?」と勧めてくれる。

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扉の前に落ちていた木片を投入し、息を送り込む。
燻っていた炭の火の粉が、入れた木片に燃え移り、火が大きくなった。
一心不乱に息をかける。

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人間は火を使って文明を得た。
その記憶が遺伝子に刻み込まれているからかなのかはわからないが、火を大きくするという営みには、本能的に興奮させられる何かがある。

部屋がだんだんと暖かくなってきた。
バケツにくんであった水を、ひしゃくでストーブにかける。

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まだ熱々とまではいえないが、蒸気が生み出される。

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汗をかいたところで、外に出る。

ベンチのスペースは十分だ。
敷地内には、なぜがピアノもある。

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さて、きょうも海に入ってみよう。
日曜大工感が強烈な階段を降りる。

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バルト海は相変わらず茶色い。
きょうの水温はぬるめ。6℃くらいだろう。もう慣れた。

敷地内には、ちょっとした掲示板があった。
Tシャツが貼り付けられている。
これ、ほしいな。

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冷えてきた身体を温めようと、サウナに戻る。

もっと火を大きくしたい。
木はどこだ、木は。
スイミングおばちゃんに聞くと、廃材置き場を案内された。
廃材が転がっている。

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オノとのこぎりがおいてある。
ここでは、すべてを自分で行う。
自分で薪割りをして、薪を作り出す。
サウナに戻り、薪をストーブにいて、息を吹きかけて火を大きくする。

火が燃え移ったころには、最初に入れた木片が炭になっている。
また、廃材置き場にいって薪を割り、ストーブに入れて空気を送り込む。

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1時間くらいは、同じことを繰り返しただろうか。
サウナの中は、もうすでに、きのうまでのサウナと同じ温度になってきている。熱は、サウナストーンにも伝わっているようだ。
最初は湿っていた石も、もうすぐに水を気化させるくらいになっている。

自分で割った燃料、自分で大きくした火、自分で温めたサウナ。
気持ち良さは格別だ。

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途中で盛大に火傷を負ったが、狂ったように、一心不乱にサウナを温め続けた。

サウナが好きだというと、軽蔑されることがある。
「なぜわざわざ熱いところにいくのか?」
「どうしてあんな冷たい水に浸かるのか?」

それに対する答えは、健康にいいことが科学的に証明されているとか、サウナは文化だからだとか、ととのうからだとか、色々あるとは思うが、この旅でいろんなことを感じ、原点に帰った。

「楽しいから」。それだけだ。

ソンパサウナでの経験は、燃料を作り、火を育てて、温めたストーブと石に水をかけて蒸気を発生させ、暑くなったら外に出て水を浴びる。
非常にシンプルな営みである。

今の世の中は、「大事なこと」、「本当のこと」にこだわりすぎている気がする。「意味がないこと」にあまりにもドライだ。

私がサウナに入ることによって、何かが社会に生み出されている訳ではない。ただ20代のアジア人男の体温が上がったり下がったりしているだけである。でも、それでいいんじゃないかと思う。楽しいし気持ちいいんだから。
ひとりひとりが楽しければ、世界はハッピーになるだろう。

もう、街に戻らないといけない。
着替えてソンパサウナを後にした。
スイミングおばさんはもういなかった。

ソンパサウナのTシャツを求めに、街に戻る。
書いてあった国際電話番号を検索し、ヘルシンキ市内の住所をつきとめたが、いった先のオフィスは留守で、結局手に入らなかった。
今度ヘルシンキに行く人がいたら、あのTシャツをお土産でください。

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帰りの飛行機で、隣の席の人はパソコン作業をしていたが、
なかなかインターネットが繋がらない。
男のCAはそれを見て、
「ロシアの上空は、衛星の関係で我々のインターネットはうまく繋がらない。申し訳ないが到着の前ごろまで待ってくれ」と言っていた。
そんなことあるのか。課金なのにかわいそうだ。


成田空港につくと、雨が降っていた。
同じ11月でも、日本はまだジメジメとしている。

この1週間、狂ったように蒸気の中をさまよい、蒸されに蒸された。
脳みその一部は、フィンランドのサウナに溶け出したと思う。

とにかく楽しかった。
甘美な記憶が蘇るが、あの刺激的な体験はもう、私の頭の中にしか残っていない。もしかしたら、すべて幻想だったのかもしれない。
現実でも幻でも、私はまた旅に出るだろう。
ととのっても、ととのわなくても、気持ちよくて、楽しければそれでいい。

くしゃみをして鼻に手を当てる。
サウナの入りすぎで出来たニキビはもう、無くなっていた。

(終)


#フィンランド #サウナ #ヘルシンキ

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