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フィンランド・サウナ聖地巡礼記③サウナキャピタル・タンペレ編〜ととのいを求めて8000キロ〜

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6時起床。
シャワーを浴びても、前日のスモーキーが残る。
電停でトラムを待つと、コーヒーを焙煎する匂いが漂ってくる。
この国はコーヒーの文化が盛ん。焙煎の匂いは気持ちを豊かにしてくれる。

きょうは、サウナキャピタル・タンペレへ向かう。
タンペレはフィンランド第三の都市(都市圏人口では国内第2位)で、30もの公衆サウナ・浴場が現役で稼働している。
2018年に、「世界サウナ首都」を宣言している、まさにサウナの街だ(*1)。

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ヘルシンキからタンペレへいくには、高速鉄道を使う。
指定席は、事前にインターネットで予約しておくと割引が適用される。
往復で40€ほど。
ヘルシンキ中央駅で特急列車に乗り込む。

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座席は進行方向と逆で、背中の方向に進む向きだった。
隣のロシア人に座席を回転できないのかと聞いたら、
「日本では動かせんの!?スゲエ!」って逆に驚かれた。
2時間弱、我慢するしかない。

15分も走ると、車窓の景色は田舎になった。

年のせいなのか、感性の問題なのかわからないが、観光地というものにあまり興味がなくなってきている。
もちろん綺麗な景色は見たいけど、優先順位は低い。
「体験」にお金と時間をかけたいという気持ちが強くなってきている。

小さい頃は、大人がどうして「温泉旅行」というものに異常な興味を示すのか、意味がわからなかった。
遠くまで行って、どうしてお湯に浸かるのか。もっと名所をたくさん見に行ったらいいじゃないか。そう思っていた。

大人になって、だんだんとわかるようになってきた。
「どこかに行ってみたい」という気持ちももちろんあるが、
「日常から離れる」ということが楽しいのだ。

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10時前、タンペレに着いた。
第三の都市といっても、タンペレ市の人口はおよそ20万人。
駅前は日本の地方都市といった感じだ。

タンペレには、現存する最古のサウナと言われる場所がある。
フィンランドサウナ考の名著、『公衆サウナの国フィンランド 街を人をあたためる、古くて新しいサードプレイス』(こばやしあやな,2019)を読んでその存在を知り、どうしても行ってみたかったが、なんと残念なことに、この日、火曜日は定休日だった。

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他の行程との兼ね合いもあり、タンペレ行きをずらすことはできない。
とてもとても悔しいが、外観だけでも拝みたいと思い、行ってみることにした。

タンペレ駅から15分ほどバスに乗る。
住宅地の一角に、趣のある建物が見えた。


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「ラヤポルッティサウナ」。


現存する、フィンランド最古のサウナと言われている。

行ってみると、電気がついていた。休みとは知りつつ、話でも聞けないかとノックしてみる。
見たことのあるおじさんが出てきた。

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写真:『公衆サウナの国フィンランド 街を人をあたためる、古くて新しいサードプレイス』より

この人だ。件の本でインタビューに応じていた、ラヤポルッティサウナの運営代表、ヴェイッコ・ニスカヴァーラ氏だ。

日本人女性、こばやしあやなさんの本を読んでここに来ました!と告げると、
「彼女はマイフレンドだ」と笑顔で返してくれた。

ダメ元で聞いてみる。
「きょうは、休みですよね・・・?」

ヴェイッコさんは一枚の張り紙を指差しながら、驚きの言葉を口にした。

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「きょうは、男性の特別な日なので、17時から開けるよ」。

歓喜である。
インターネットには、そんな情報は載っていない。
海外なので、電話もできない。ここに足を運んだからわかった情報だ。

やっぱり、現場に行かないとわからないことがある。
日本から遠く8000キロ離れた異国でそんなことを感じるとは思わなかった。でも男性の特別な日ってなんだろう。

ヴェイッコさんは、
「今は準備中だけど、よかったら中を見ていかないか?」と勧めてくれた。
見ていくに決まっている。

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店内では、開店前の清掃活動が行われていた。
大男がすのこを洗っている。
そして、案内されたのは、サウナの心臓ともいえる薪ストーブ。
店内は男女それぞれの部屋に分かれているが、両室を真ん中で仕切るようにして、ストーブが鎮座している。

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午前11時の時点ではまだ火は小さく、夕方の開店に向けてせっせと薪が燃やされていた。

「またあとで来てねー!」
ヴェイッコさんに見送られ、一度ラヤポルッティを後にする。

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ちなみに、どうして今日が特別にオープンする日なのか。
ヴェイッコさんが指差した張り紙の写真を撮っていた。
フィンランド語は1ミリもわからなかったけれど、
グーグル翻訳によるとこういうことらしい。

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母親によると、私はかなり小さいころ、「すべての人間はいずれ女性になる。男性は女性になる前に死ぬだけだ」という独特の理論を提唱していたらしい。男でよかった、と強烈に思ったことはこれまであまりなかったが、この日ばかりは男でよかったと、心の底から思った。


夕方まで時間があるので、それまでに1件、サウナにいく。
公衆サウナの類いはだいたい15時くらいからしかオープンしない。
そうなると、早い時間帯にやっているサウナは限られてくる。

朝11時からやっているサウナを見つけた。

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「KUUMA」。

タンペレの市街地中心部にある、モダンな建物。
「現代型サウナ」と言われるタイプのおしゃれな佇まいのこちらは、
レストランとサウナがセットになっている。
まずは腹ごしらえ。相変わらずサーモンがうまい。

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サウナは、水着もタオルもレンタルできる。

できたばかりらしく、中はすごくきれいだ。

ロッカーの鍵も時計型でおしゃれ。

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サウナは温度低めと、温度高めの2部屋がある。
ただ、どちらも割と温度は低い。

この時間、客はほとんどおらず、自分を含めて2人だった。

セルフロウリュで蒸気を楽しみ、外に出る。
KUUMAの良さは、やはり清潔さとオシャレ感。

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外気浴スペースは木材の素材を活かし、洗練されたデザインで統一されていて、ベンチにストーブ、ブランコまである。
もちろん、ダイブ用プールも。

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この日はめちゃくちゃ寒い。気温はそうでもないが、風がある。
5分も外に出ていると凍えてきた。

フィンランドには18万8000ほどの湖がある。(*2)
古来からフィンランド人はその水辺にサウナ小屋を建て、ロウリュを楽しんできた。

タンペレも例に漏れない。
市街地は湖を囲むように栄えていて、
「KUUMA」から見える景色もウォーターフロントの街並みだ。
外気浴スペースからは、陸上競技場が見えた。
水辺に街が栄え、駅からちょっと歩いたところに陸上競技場が現れる。
なんとなく、故郷・新潟の街並みを思い出した。

サウナでスッキリしたあとは、街を歩いた。
アンティークショップにハンバーガー店、15時ごろになるとまた日が暮れてくる。そろそろ、ラヤッポルティにいく準備をしよう。


フィンランド最古・ラヤポルッティサウナ

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再びバスで15分。待っていたこのときが来た。
ラヤポルッティサウナ。ここは、もともとは商店とパン屋を営んでいた夫婦が、1906年にサウナ営業を始めたのが起源とされる。

サウナの前には市街地へと続く国道が走る。
「ラヤポルッティ」は、フィンランド語で「境のゲート」を意味し、郊外から街に繰り出す人たちは昔からここで身支度を整えて行ったという。

経営不振や再開発の影響でなんども廃業に追い込まれてきたが、地元のサウナ協会の人たちによって引き継がれ、現在はほぼ非営利の事業として運営されている(上記いずれも*1)。

17時前についた。一番乗りだ。
ロッカールームが広く、しばらくすると人が集まり、談笑し始めた。
全国どこにでもあるような公営野球場のベンチ裏の控え室のような部屋は、ニスの塗りたての木材の匂いがした。

サウナの内部は、そこまで広くない。
入ると左手にストーブがあり、その奥にかけ湯の水槽がある。

右手には2階に続く階段があって、上に上がれるようになっている。
2階というよりは、ロフトという感覚に近い。

京王線の桜上水とか八幡山あたりで、おおよそユニットバス付き6万5000円くらいの部屋という感じの間取り。

入り口付近の頭の上にはピザ窯みたいなストーブがある。
目の前を通るだけで熱が伝わってくる。
窯というか、もはや「炉」だ。

前の日にこのサウナを訪れていた学生時代の先輩は
「バカと煙は高いところに登るが、つまりサウナ偏愛者のことである」と
喝破していたが、まさにそうで、サンタクロースみたいなヒゲ爺さんが、長靴に取手がついたような専用アイテムで水をすくい、熱されたサウナストーンにかけると、ジュワーという背徳の音を立てて蒸気が立ち込める。

開店から時間がたつにつれて地元の男たちが集い、我先にと”高いところ”をを目指す。ロフトはあっという間に汗だくの同志たちでひしめきあい、大学生のワンルームで体育会の部員たちがギュウギュウになって鍋パーティーをしているような、異常な熱狂が部屋を支配する。

ロウリュされた蒸気は、7秒くらいするとサウナスペースに訪れる。
まず、耳が熱くなり、そのあとに髪。熱い熱いと呼吸が荒くなったら最後、熱風は気管に入り込み、もうどうしたらいいかわからなくなる。
前後不覚になりながら、蒸気の中を彷徨った。

ここで、こちらにきて初めて「ヴィヒタ」を使った。
ヴィヒタとは、白樺の木を束ねたもので、サウナの中でこれを体にパシパシと打ち付ける。この行為をウィスキングという。

その辺にいたおじさんに使い方を聞くと、「俺がやる」といってやってくれた。
謎の呪文とともに、背中をかなり強く叩かれる。
日本では名古屋のウェルビーでしか使ったことがなく、セルフでやるだけのものだった。使い方が正しいのかもわからず、医学的にどういう効能があるのかはよく知らない。
レキシのライブの販促品の稲穂のように、イニシエーション的な意味合いが強いのではないかと思っていたが、打ち付けられる刺激とともに、白樺の香りが身体を覆い尽くし、森の中にいるような錯覚に陥る。
マッサージを受けているようで意外と気持ち良い。

フィンランドの外気浴スペースでは、飲酒が許される。
日本では飲酒後の入浴はおろか、サウナ施設にものを持ち込むことも許されない。確かに日本ではサウナオンリーという施設はあまりなく、温泉施設とセットになっているからかもしれないが、なんだか開放感がある。

通常過ごしている社会で禁忌とされる行為をするとき、たとえそれが許された状況でも、人は罪悪感を感じるものだ。
初めて海の中でおしっこをしたとき、最初したくてもうまくできないような、本能的レベルまで染み込んだ抵抗を覚える。
でも一度それが許されると、堰を切ったように欲求が流れ出し、通常の快感とあいまって、ポジティブな感情が爆発する。

たった2.5%のビールを飲んで、果てそうになった。

外気浴スペースでは、まどろむ人もいれば、会話を楽しむ人もいる。
いきなり、「もうかりまっか」といきなり声をかけられた。
もう帰るのか、3時間はいないとだめだ、ぬるさを指摘された。

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熱さの鎧が秋の冷気でだんだんととろけていくように、遠く離れた日本から熱気を求めてやってきた”バカ”をフィンランドという社会に溶け込ませてくれた気がした。 

住宅街の真ん中にあるサウナは、すぐ隣の道路をすぐ人が歩く。
目が合えばあいさつをする。日本なら、家のすぐそばでタオル一枚のおじさんがうろうろしていたら苦情が来るだろう。
日本は住みやすい、なんでも手に入る、でも社会に「寛容さ」が足りない気がする。

もう、ととのうとか、ととのわないとか、どうでも良くなってきた。

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「バカと煙は高いところに登る」と言った先輩はこの日がラストナイトだったので、ヘルシンキで最後に一杯、付き合ってもらった。

ラヤポルッティでの体験を、「鍬で畝を作るような、原始的な人間の営み」と表現していた。
日本でサウナに入れなくなるかも知れない、と先輩は言った。
私も同じことを思った。

きょうから宿がホステルに変わる。
2人部屋のドミトリーにチェックイン。
フロントで
「あなたの部屋にはもう1人予約があるけど、まだ来てない。遅くなるかもね」と言われる。やばいやつだったらどうしよう。

23時、ベッドに入る。
まだかすかに、荷物に前日のスモーク臭が残っていた。
あまり気にならなかったのは、
今日の満足感が優っていたからかもしれない。

明日は隣国、エストニアでサウナをキメてくるぞ。

(第4回「エストニア編」に続く)


【参考】
*1:『公衆サウナの国フィンランド 街を人をあたためる、古くて新しいサードプレイス』(こばやしあやな 学芸出版社 2019)
*2:フィンランド政府観光局

#フィンランド #サウナ #ヘルシンキ


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