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フィンランド・サウナ聖地巡礼記⑤ヘルシンキ今昔編〜ととのいを求めて8000キロ〜

朝7時に起床。
鼻に違和感がある。ニキビができていた。
毎日デトックスしているのに、とショックだったが、純粋なビタミン不足だろう。
ニキビを無視して、泊まっているホテルに備え付けのモーニングサウナをキメる。

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一泊30€のユースホステルにもサウナが付いている、この国の歴史と本気度を感じた。

サウナは最上階の7階にある。
6階までいって、さらに階段を上る。
あえてアクセスを悪くして一番高いところに設置したのは、サウナへの敬意だろうか。

中国とかで、峰々を越えないとたどり着かない、ありえない崖っぷちに霊験あらたかな寺が建っているみたいなやつか。

中は、一般的な日本の銭湯サウナのサイズ。
3、4人も座ればギュウギュウになる。
電気ストーブであることも日本と変わらないが、唯一違うのはセルフロウリュが可能であることだ。

そうこなくっちゃ。

サウナの開場は朝7時で、オープン直後に行ったのに、アツアツのサウナストーンは「遅いじゃないか」と言わんばかりに熱されて仕上がっていて、ひしゃくて水をかけようものなら一瞬で全てをはじく。

至近距離から生み出される蒸気は毛穴を伝って全身に回り、寝ぼけ眼の朝を臓器の内側から目覚めさせる。

小型の電気ストーブでもここまで本格的なロウリュができるのなら、日本の施設も早急に導入してほしい。
日本ではロウリュが時間制で店のペースに委ねられているが、フィンランドでは、どこにいってもほとんどセルフロウリュが常識。
清掃や温度管理も客が自ら行う、「自治権」が認められている。

サウナ室は完全に店の内部にあるにもかかわらず、店員は部屋の中に入ってこない。

客の神聖な場所として敬意を払っているからなのか。ローマの中にバチカンがあるのと一緒だろう、多分。

日本ではセルフロウリュができない構造的な理由があるのだろうか。
専門家に話を聞きたいところだ。

ダラダラなんてしてられない。
聖地巡礼も、この日含めてあと2日しかない。
きょうはヘルシンキを巡ることにする。

この日、午後からは日本でも割と有名になっている、あのサウナに行く。

「Löyly Helsinki(ロウリュウ・ヘルシンキ)」

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ド直球なネーミングのこのサウナは、
現代型サウナの代表で、タンペレの「KUUMA」と同じオーナーらしい。

ロウリュウは市街地にこそあるが、中心部からは少し外れた港地区にある。
かつては治安もエリアイメージもいいとは言えなかった場所だったが、再開発の波に揉まれて「今後どうする?」ってなったときに、「みんな好きだし、サウナ作れば観光客もきていいんじゃない?」って感じで建ったらしい。
自国の文化を、課題解決の社会活動として活かす。
これが本当のクール・●●だよな。

そのあたりの経緯は、おなじみのこばやしあやな氏のバイブル、『公衆サウナの国フィンランド』が詳しいので、ぜひ読んでほしい。(*1)

ロウリュウは19€。
空きがあれば入れるが、
基本的には完全予約制だ。
オープン時間は曜日ごとに3種類くらいあるが、木曜日は13時から開いていて、オープンと同時に入ったが、同じ時間帯ですでに15人くらいはいた。

早速、中に入る。
ロッカールームは木材を活かしていて落ち着く。

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サウナは2か所ある。
通常のサウナと、暗黒のスモークサウナ。
スモークサウナはすごくわかりにくいところにあり、特に案内も受けないので、ほとんど人がいない。

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通常サウナは、
マックスで30人くらいは入れそうなかなり広々とした空間。
そのときはストーブの蓋はしまっていて、
蒸気が出てこない。
観光客が多く、みんな様子を窺っている感じだった。

サウナ前のフリースペースも広々としていていい。

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エストニアで買ったサウナハットをかぶってみたが、ここは部屋が広いからか、そこまで熱々感を感じない。正直、ハットはなくてもいける。

14時をすぎると、
日本人っぽい集団が集まってきた。
30〜40代の男性が7人。

日本語で話し始めた。間違いない。
ただ、こちらから何か話すこともないし、そこまでジャパンロスになっていたわけでもないし、ひとりで楽しみたいという気持ちもあったので、しばらく黙っていた。

サウナハットをかぶっているのは
部屋で自分ひとり。
なんか、ガチ感が際立って恥ずかしい。
流れるプールにひとりだけレーザーレーサーで泳いでいるみたいだ。

しかし、もっと恥ずかしいのは、サウナハットの意味を知ってもらえずに、
”形から入る気取っているやつ”だと
思われることである。

嫌な予感は的中した。

日本人集団のひとりが、いった。

「あの帽子、なんの意味あんのかねえ?」

ねえ、なんなんだろうね、
なんて口々に言い出す。

わかりますよ、そうですよね。
熱さを感じるまではわからないんですよ、
私もそうでしたから。ああ、でもまだ大丈夫、頼むから絡まないでくれよ。
こっちはまだ日本人だと認識されていないんだから。

いいタイミングで、ゴリゴリのフィンランド人らしき男性がストーブの蓋を開けてロウリュをしだした。しかも、1回じゃない。何回もやっている。

蒸気がどんどんと発生し、オー、ノー、とか、なんとかいって、部屋からどんどん人が出て行く。
そのうち、日本人男性のひとりが「アッツ!」といって耳を触り出した。
そう、こうなればサウナハットの意味もわかってもらえるでしょう?

あ、やばい、この流れは、と思った頃には遅かった。
シュッとした日本人男性がサウナハットを指差して、「That is good idea!」と話しかけてきた。
どうしたらいいのかわからなかったが、なぜか出来るだけ平静を装って、
私は答えた。

「そうなんですよ。
 これ、髪を耳を熱から守れるんですのでいいですよ」。

全力の日本語が返ってきて、
男性は狼狽していた。

「うわあああ、ええ、ああ、そうなんですか…!」

そう言うしかなかったろう。
サウナ室内が気まずい雰囲気になる。
お前日本人なのかよ、言えよ、というのと、
じゃあこれまでの会話も聞こえてたんじゃんかよ、というケイオスな状況である。

しかも、状況を理解しているのは20人ほどいるうちの日本人集団だけといういびつな状況だ。さぞ性格の悪いやつだと思われたことだろう。

サウナを飛び出し、外気浴をしよう。
海に面しているので冷水浴もできる。
バルト海は思ったよりも茶色い。
大雨のときの川の色である。

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普通に海。
海をプールで囲っているとかではなく、
ただの海。
海なので、波が押し寄せる。
身体を持ってかれそうになる。

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梯子には苔が生え、下に足をつくとツルツルした石が当たる。
この日の水深は1.2メートルくらいだった。
この間の湖よりやや入りやすかったので体感は5℃くらいか。
御多分に漏れず、身体と空気の境界があいまいになる。気持ちいい。

サウナとバルト海を行き来しているうちに、
15時前になってしまった。
ロウリュウでは、
基本的に利用時間は1回2時間。
もうちょっといたかったが、上がろう。

ロウリュウオリジナルビールを飲んだ。
ペールエールで、これまたポップ味がかなり強め。
ガツンとした味わいが合う。美味い。

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日がくれたあとの「Löyly 」も、
モダンな佇まいが素敵だった。


さて、まだ時間がある。もう一軒いこう。
次に行ったのは、
ヘルシンキ最古の公衆サウナ。

市街地からほど近く、大通りから筋を一本入れば街灯もまばら。
そんな閑静な住宅街の中に、赤いネオンが光る。

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「Kotiharjun Sauna(コティハルユサウナ)」。


13€。決して安くない金を払い、老若男女が集う。
受付で、男性は1階、女性は2階だと案内される。

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ロッカーは木造のアンティーク。ハリーポッターを彷彿させる。

中に入ると、サウナは急勾配6段の石造り。
入り口に置いてあるスノコを手に取り席につくが、奥に入ると、実はこの部屋にはもう一段、4人ほどが座れる高い席があることに気づく。

室内では、この最高段の男たちが最も偉い。
ロウリュするか、と尋ねても、
上段の人たちがノーセンキューと言えば、
それはノーセンキュー。
高座の若い男性とロウリュ人を繋ぐメッセンジャーは老人。

ホワイトカラー、ブルーカラーという言葉が代表するように、服装は社会的な属性を表すが、裸で空間を共有するサウナの中では年齢や職業、社会での地位などは全く関係ない。あらゆる皆が平等だ。
テレビなどない大昔、一国の王はサウナに忍び込んで市井の率直な意見を聞きにいっていたのではないだろうか。

部屋には2メートルほどの高さにストーブがある。
水を入れ、確実に熱くなっているが、蒸気の出てくる口は見えない。
もしかしたら、蒸気は二階のレディースサウナに行っていて大変なことになっているのではないだろうか。

私も最高段に行ってみよう。
「お、お前、そっちにいくのか?」と男たち。
行くと答えると、笑顔を返してくれる。念のための確認だったらしい。
温度計は5つあるが、なぜかどれも指す温度が違う。
平均すると110℃くらいだ。

部屋を出るときには、ロウリュするか尋ねるのが礼儀のようだった。
フィンランド語は全くわからないが、ひしゃくを持った男が「やっとく?」みたいなことを言っている。

”ロウリュする”という英語のイディオムは知らない。
doなのか、 haveなのか、takeなのか、はたまたLöylyだけでいいのか。

感覚的に、haveだとなんとなく、自分が楽しんでいるニュアンスが出る気ががするし、takeでいい気もするが、あまり自信がない。

できる限り無機質に「Shall I do the Löyly?」と言ってみる。
伝わったみたいだ。
高座の男は指でVサインを作りながら「2回頼む」的なことを言った。

ひしゃくですくった水を2回、ストーブに投げ入れる。
ジュワァという音に重なるようにして、
男たちの「キートス!(ありがとう!)」という叫び声が響く。

同じ室内に、日本人っぽい人たちがいると思っていた。
ロッカールームで日本語が聞こえたので、今度は自信を持って話しかけてみる。埼玉の横瀬町でテントサウナのイベントをやっている、「川とサウナ」という団体の人たちだった。
現地視察ということでメンバーでフィンランドにきていて、今日4か所めだという。
「時間がないんで詰め詰めなんですよ〜」と笑っていたが、一日に4つはレベルが高すぎる。

外気浴は店の前の歩道。
タオル一枚の人々は、目の前の道路を人が通るたびに「モイ!」(こんにちは)と声を掛ける。
道ゆく人たちにあいさつをしながら、会話をするもよし、酒を飲むもよし、タバコを吸うもよし。
みんな、このサウナを誇りに思っている。
「俺は週に2回くる」と自慢気に話す若いにいちゃん。
「ここはヘルシンキ で一番古いんだぞ!」と話すおじさん。
それぞれが寒くなり始めた晩秋の夜風にあたりながら、思い思いの時を過ごしていた。

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この日は、常連客のラッセンおじいさんの80歳の誕生日ということで、ロッカールームで振る舞いがおこわれていた。

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ソーセージをもらい、ジンをもらい、ラッセンおじいさんにチアーズ。
みんなでハッピーバースデーを歌った。

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公衆サウナならではの醍醐味、もう、本当に自由で最高だ。

ホテルまでは電車で数駅かかる距離だったが、熱狂冷めぬままこの日は1時間、歩いて帰った。

ああ、もう明日は最終日か。

最後はもう、「公衆サウナの究極形」とも呼ばれるあそこに行くしかない。

(最終回に続く)

【参考】
*1:『公衆サウナの国フィンランド 街を人をあたためる、古くて新しいサードプレイス』(こばやしあやな 学芸出版社 2019)


#フィンランド #サウナ #ヘルシンキ





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