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声劇脚本「膨張し収縮する世界」

登場人物:二人男(スバル)女(ハルカ) 時間:10分

あらすじ…ある日彼女は恋人の異変に気付く。彼が日に日に小さくなっていることに。病気を疑うが原因は分からない。二人はさいごに壮大な世界の真実に気付いていく。

女「ねえ、やっぱり」
男「え?」
女「やっぱりおかしいよ」
男「おかしいって、何が?」
女「だって、ほら。私の目の前に立って」
男「え?…あ、ちょ、ちょ」
女「ね。ほらどう思う?」
男「えっと…今日も可愛いね」
女「そういうことじゃなくて!」
男「え?…可愛い顔がすごくよく見えるよ…」
女「ほら!それ!」
男「えぇ?」
女「前より、真正面からすごくよく見えるようになってない?」
男「……ハルカちゃん、背伸びたね」
女「違うよ。ついこないだ測ったけど、変わってなかった」
男「じゃあ…」
女「スバルくん……前より、小さくなってる」

(間)

男「…えっと…なんでだろ?」
女「スバルくんって、身長どのくらいだっけ?」
男「随分測ってないけど、最後に測った時は、180くらいだった気がする」
女「だよね。付き合い始めた時も、そのくらいあったよ」
男「けど、今は…」
女「だいたい私と同じくらい」
男「……へへ、不思議だね」
女「不思議だね!じゃないよ!」
男「えぇ?」
女「きっとなんか病気だよ!おかしいって。こんな数か月で20センチ以上も縮むなんて」
男「えっ…でも元気だよ?」
女「いや、一回ちゃんと病院で診てもらおう」
男「ハルカちゃんの鼻って、こんなに可愛かったっけ」
女「ねえ話聞いてる?」
男「目線が変わると、見える世界が変わるね」
女「なんでそんなにのんきなの?私はこんなに心配してるのに」
男「ありがとうね。そういうところほんとに可愛い」
女「もぉ~!」
男「よしよし」
女「よしよしじゃないよ!それにこれは私の為でもあるんだから」
男「え?」
女「私、身長高いスバルくんが好きで付き合ったのに!」
男「えぇ~?」
女「相変わらずスタイルはいいけどさ」
男「え、じゃあ僕が低身長だったら付き合ってないってこと?」
女「そうだね」
男「即答かよ~」
女「私が高身長とメガネがフェチなの知ってるでしょ」
男「あと血管ね。血管フェチ」
女「分かってるじゃん」
男「結局見た目か~」
女「スバルくんだってそうなんじゃないの?」
男「ハルカちゃんは可愛いよ」
女「結局見た目じゃない!サイテー!」
男「理不尽だ~」
女「とにかく、明日一緒に病院行ってみよう?」
男「うん。何か分かるといいけどね」

(間)

女「うーん…」
男「どう?」
女「また縮んでる」
男「下から見るハルカちゃんも可愛いなぁ」
女「なんでそんなに危機感がないの?」
男「だって、元気だし」
女「こないだ診てもらったところでも、結局原因不明だったし」
男「貰った薬も効かないしね」
女「仕事とか大変じゃないの?」
男「パソコン仕事だから、特には。まあスーツは新調したけどね。身長が縮んだから。しんちょうだけに!」
女「……」
男「…あっ、分かりにくかった?」
女「スバルくん」
男「ごめんなさい。お母さん」
女「誰がお母さんだよ。でもなんか身長が低いとほんとに子どもに……見えないな」
男「え?」
女「なんでだろ?…ちょっとスバルくん、私の手に手を重ねて」
男「うん。」
女「…すごく小さい…。それだけじゃない。よく見たら、全身の比率が前と全く変わってない。」
男「それって」
女「身長が縮んでるんじゃなくて、スバルくんの存在自体が少しずつ小さくなってる」
男「…」
女「…ねえ、スバルくん…どうなっちゃってるの…?私心配だよ…」
男「ハルカちゃん…よしよし…大丈夫だよ…」

(間)

女「スバルくん、スバルくん」
男「ここだよ」
女「いたいた。ご飯にしよう」
男「今日はなに?」
女「カレーだよ」
男「わぁい、ハルカちゃんのカレー大好きだ」
女「はい、じゃあここに乗って」
男「よいしょ…。毎回ごめんね。いつも料理も作らせちゃって」
女「気にしないで。そんな身体じゃ何もできないでしょ」
男「掃除くらいならできるよ。リモコンの溝とかの」
女「ありがと」
男「すごくいい匂い」
女「今スバルくんの分も盛るからね。どのくらい食べる?」
男「10粒くらい?」
女「食べるねぇ」
男「カレー大好きだから」
女「でもほんと、色んなものが役に立つもんだね」
男「ほんと、取っておいてくれた親に感謝だね」
女「小さい頃ずっと遊んでたよ、シルバニアファミリー」
男「小さいお皿とかスプーンとか。ベッドとか、もうこれ僕用に作られたんじゃないかと思うよ」
女「会社にはなんて言ってあるの?」
男「しばらく休み貰いますって。上手いこと話合わせておいて」
女「うん。彼氏が机の上で、シルバニアの食器使ってご飯食べてるなんて言えないしね」
男「本当に美味しいね!ハルカちゃんのカレー」
女「……」
男「ハルカちゃん」
女「スバルくん…どうして…」
男「…大丈夫だよ…」
女「大丈夫じゃないよ!なんで、なんで、どんどん小さくなっちゃうの?どこお医者さんに診せても分からない。薬も効かない。もうスバルくんを抱きしめられない。…スバルくん…このまま…このままどんどん小さくなってっちゃったら……」
男「…ハルカちゃん。この大きさになったから分かったことだってあるよ。ハルカちゃんの瞳は、本当にきれいだ。深い宇宙の中の銀河みたいに光っている。」
女「私には…スバルくんの顔…よく見えないよ…」

(間)

女「スバルくん、スバルくん」
男「ここにいるよ」
女「どこにいるの?」
男「窓辺の花瓶の横」
女「ここ?」
男「そうそこ。ハルカちゃん、今日も可愛いね」
女「スバルくん。どこにもいかないで…」
男「大丈夫。ここにいるよ」
女「見えないよ…」
男「僕にはよく見えてる」
女「スバルくん…このままスバルくんが見えなくなって、スバルくんを感じられなくなったら…私…どうしたらいいの…」
男「ハルカちゃん、聞いて欲しいことがあるんだ」
女「…なに?」
男「よく聞いて。僕は小さくなって、以前は目に見えなかったものが見えるようになったんだ。世界には、見えないけれど、暗黒物質、ダークマターと呼ばれているものが満ちている。今の科学では解明されていない謎の物質だけど、それは綺麗な光の粒で、エネルギーの流れのようなものなんだ。」
女「…光の…粒…?」
男「そしてね、目には見えないエネルギーが見えるようになったことで、色んなことが分かったよ。その一つは、宇宙は常に膨張を続けているということ。」
女「膨張…」
男「宇宙は一定のスピードで常に大きくなり続けているんだ。宇宙と一緒に自分や周りの物も一緒に膨張しているから、それに誰も気づかないだけで。」
女「それって…」
男「そう。僕が小さくなっているんじゃない。この宇宙の膨張に、僕だけが取り残されてしまった。」
女「……難しくて…分んないよ…」
男「僕にもどうしてこうなったのか理由は分からない。だけど、悲しむことじゃないんだ」
女「え?」
男「人は死ぬと、肉体は活動をやめる。だけどその内のエネルギーは、肉から離れて小さな光の粒になって、この世界の一部になる。僕もじきに、大きさや命という概念から外れて、その光の粒のひとつになっていく」
女「…もう、会えなくなるの…?」
男「僕は見えなくなる。聞こえなくなる。だけど消えてなくなるんじゃない。この宇宙のエネルギーの大きな流れのひとつになる。夜空の星のひとつのように。砂浜の砂のひとつぶのように。大きな海のひと雫のように。だから寂しくないよ。どこにいても、僕はずっと側にいるよ」
女「スバルくん…」
男「ハルカちゃん、大好きだよ」
女「私も…スバルくんのこと…」

(間)

女「スバルくんへ。あれから長い長い年月が過ぎました。私の人生は、素晴らしい友人や、やりがいある仕事に恵まれた、大変豊かなものでした。沢山の出会いと別れを経験し、喜び悲しみを紡ぎました。そしてずっと、あなたを想っていました。私は目も悪くなり、足も言うことを聞かず、記憶もおぼろげになってしまっていますが、あなたを感じています。あなたはどこにでもいる。夜空を見上げた時、海に沈む夕日を見た時、優しい風が吹いた時、あなたはそこにいる。そう感じます。世界は美しいもので溢れています。それは目に見えるものだけでないと、教えてくれたのはあなたでした。スバルくん、ありがとう。じきに、私も光の粒になります。美しい銀河の果てで、あの頃のように抱きしめて、よしよしと頭を撫でてくださいね。ハルカより」

(静かな音楽)

【終わり】


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