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声劇脚本「原稿用紙に絵の具を」

登場人物:2人  時間:10分

あらすじ…太宰ニズムに浸る劇団の団長は今日も脚本の筆が進まない。酒とたばこに浸る毎日に、おせっかいな少女が鮮やかな転機をもたらす。

男「もうお酒なんか飲みたくない」
女「飲まなくていいよ」
男「もう煙草なんか吸いたくない」
女「吸わなくていいよ」
男「じゃあどうして灰皿はこんなに山盛りで、僕はこんなに酔っぱらってしまっているんだ」
女「それは私が聞きたいよ。こんな夜中に呼び出されたと思ったら、やっぱり酔っぱらっているのね」
男「来てくれて嬉しいよ、少し話をきいておくれよ」
女「別にいいけどね。それでその絆創膏はどうしたの?」
男「酔っぱらって階段から落ちた。今朝」
女「よりにもよって、鼻の頭につけなくても」
男「顔から落ちたんだ、仕方ないだろ」
女「小学生みたいだからやめてよ…君今年30でしょ」
男「それで起きたら知らない駅にいたんだ」
女「何やってるのよ…」
男「駅員さんにすごく怒られた…もういい大人なのに…」
女「もうしっかりしてよ、今年30なんだから」
男「あんなに怒らなくてもいいだろ…僕ちょっと泣いちゃったよ」
女「今度はお財布なくさなかった?」
男「あぁ、今回財布は大丈夫だった」
女「君は酔っぱらうとすぐ物を無くすからね」
男「財布を無くさないために、チェーンを付けるようになった」
女「え、それその為だったの?その中学生がつけてるようなクッソださいチェーン」
男「うるさいな!しょうがないだろ!あと別にそんなにださくないし!」
女「今年30になるんでしょ!」
男「さっきから年齢言うのをやめろよぉ!」
女「本当に頼りないアラサーなんだから」
男「はぁ…年下の女にこんなに怒られるなんて…」
女「仮にも劇団背負ってる団長なんだからしっかりしてよ」
男「うぅ…恥の多い人生を送ってきました…人間失格だ僕は!」
女「太宰ニズムに浸るのもいいけどさ。脚本は進んでるの?せんせ」
男「あぁもちろんさ!こんなのはどうだろう。んん、ひょんなことから不思議な実を食べた少年は、全身がスポンジのスポンジ人間になっていた。少年はスポスポの実の能力で清掃業の頂点を目指していく…」
女「パクリじゃん。それになによ、スポンジ人間て」
男「スポンジ王に、僕はなる!(ヘタクソなモノマネ)」
女「にてねえ~。著作権的にうちの劇団潰れちゃうよ」
男「潰れてもいいさ、あんな弱小劇団」
女「そんなこと言わないでよ。君の脚本が好きでみんなついていってるんだから」
男「本当に物好きな奴らだよな」
女「へえへえすみませんね、物好きな女で」
男「思えば君がこの劇団入ってもう一年になるのか。なんでうちの劇団だったの?」
女「拠点が近所だったから」
男「就職面接だったら落とされてるぞそれ」
女「だって、演劇とか初めてだったから、何も分からなかったし。どうやって選べばいいか分からなかったもん」
男「それで、何も分からないままに一年ここにいると」
女「失敬な。これでも一年で色々と学びました」
男「本当かな。外郎売りも読めないくせに」
女「読めますう!」
男「はーん、やってみなよ」
女「(たどたどしく甘噛みしながら)拙者 親方と申すは お立会いのうちに ご存じの方も ござりましょうが お江戸をたって にじゅうりかみがた そうしゅう小田原 いっしきまちを お過ぎなされて 青物ちょうを 登りへおいでなさるれば らんかんばし とらやとうえもん ただいまは 剃髪して えんさいと名乗りまする…」
男「まだまだだな」
女「日々成長してるの!次の公演ではもっと上手くなってるよ」
男「あぁ、そうだな…」
女「皆も早く見たいって、次の脚本」
男「…やめてくれよ」
女「前回の公演、こないだの演出家の人も褒めてたよ。次の作品が楽しみだ、って」
男「あ、あぁ。そんなこともあったな。まあ随分前の話だろ」
女「楽しかったな、あの時の脚本…ねえ、次の脚本はどんな…」
男「ま、待ってくれ」
女「なに?」
男「ほら、最近入った女の子、脚本書きたいとか言ってたろ。あの子に書かせたらどうだ」
女「え、どうしてよ。」
男「新人教育だよ」
女「それもいいけど…、いややっぱり無茶よ。それに…」
男「じゃあ君が書いたらいい。本を読むのが好きだろう」
女「私脚本なんて書けないよ」
男「大丈夫だ、脚本なんて誰でも書ける。先に書きたいシーンを書いて、それに見合うオチを書いて、辻褄が合う起と承を書けばいいだけだ。ほら簡単だろ」
女「そうは言っても…」
男「脚本なんか誰が書いても一緒だ。だったら他の劇団員に頼んで…」
女「まって違うよ!…私は…君の脚本が読みたいの!」
男「…どうして僕のなんか…」
女「確かに最初は近所だったから、君の劇団に入ったよ。だけど、君の書く脚本が好きで。君の作る世界が好きで。…君が、好きで。だからずっと私はここにいるんだよ。」
男「…………書けないんだ…」
女「…え?」
男「実は…あんなに物語を書くのが楽しかったのに、全く書けなくなってしまったんだ。いくら筆を持っても、進まないんだ。書きたいものも書きたい気持ちもあるのに」
女「…ごめん、私気付けなくて」
男「僕がいけないんだ。書かないといけないのに。分かってるのに。」
女「そんなに思い悩まないで。急ぐことじゃないよ」
男「書かないと僕自身の生きる意味も見失ってしまいそうになるんだ」
女「君の脚本は自分の心を切り売りして書いているから、このままだと君が無くなってしまいそうで怖いよ」
男「無くなっても別にいいさ。書けない僕になんか何の価値もないよ…」
女「…聞いて。今ね君の心には色が必要なの。」
男「色?」
女「そう、色。色彩。五月の公園の緑色を思い出せる?雲一つない空の水色は?猫の背中の白さは?午前中に飲むコーヒーの茶色は?」
男「僕の瞳は、夜とお酒で暗く濁ってしまった。僕にはもうよく分からないんだ」
女「大丈夫。今週末は晴れだから。太陽の下でないと色は分からないものだよ」
男「太陽は嫌いだ。こっちの気も知らないで勝手に燦燦としやがってムカつく」
女「そんなこと言わずにさ。いつか行った海のそばにある公園に行こうよ」
男「あぁ、大きい観覧車のある」
女「そう。乗ったよねぇ一緒に。思い出すなぁ、あの時の君のビビりようったら」
男「そんなこと思い出さなくていいんだよ」
女「アハハ。色んな色を思い出したら、きっとまた書けるようになるよ」
男「そうだね。…出かけるなら新しい下駄を買わないと」
女「うん、お弁当とお茶も用意しないとね」
男「あぁ、それと…原稿用紙と筆記用具も」
女「期待してますよ、せーんせ。」
男「あぁ。…本当にありがとう。いつも君が僕の筆に鮮やかな色彩をくれるんだ」
女「まるで脚本の一節みたいだね」
男「確かにそうだな。…タイトルをつけるなら……」

(BGMと共にタイトルが表示される)

【終わり】


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