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バレエ小説「パトロンヌ」(11)

KAI暦4年

 その寺田甲斐が、今年もまた来日する。それが、青山ホールでの「ヤング・バレエ・フェスティバル」だった。ファーストソリストだった甲斐が、プリンシパルになって初めての帰国凱旋公演でもある。多くのバレエ団ではダンサーに階級があり、下からアーティスト→ファーストアーティスト→ソリスト→ファーストソリスト→プリンシパルと上り詰めていく。プリンシパルとは相撲で言えば横綱のようなもので、アジア人として初めてロイヤルバレエ団に入団した甲斐は、たった3年で頂点へと駆け上がったことになる。

 だから、今度は絶対に見逃してはならない。ミチルは初めて「生の寺田甲斐」を観る権利を象徴するチケットを握りしめ、青山ホールの中へ入った。

 席は2階中央だ。そこからはオーケストラボックスの全容がよく見渡せた。今夜はフル・オーケストラが入るのである。ガラ形式の公演ではあるが、演目によってはソロやパ・ド・ドゥだけでなく、コール・ド・バレエ(群舞)もついたバージョンになるらしい。
 ミチルがこれまで観たバレエの音楽は、すべて録音で、オーケストラによる生演奏でのバレエを観たことがなかった。同じ音楽に同じ振り付けであっても、ダンサーはその日その日で調子が異なる。それを指揮者は敏感に察し、踊りと呼吸を合わせつつタクトを振るので、微妙な調整が図れるのは生演奏ならではのことだという。それがどれほどの違いなのか、ミチルには想像もつかなかった。

楽団員はすでに着席している。音合わせの不規則な音色。突然鳴りわたるトランペットの音階。照明にちらちらと光る金管楽器。そのすべてが、これから始まる何かを予感させる。

 そして幕が上がった瞬間、その想いは倍加した。演目は「パキータ」。明るいライトを浴びた、コール・ド・バレエの娘たちが一列に並び、アネモネの精のようにたをやかに華やいで、じっとポジションを保っている。これがもしミュージカルなら、群舞のメンバーはチームワークを守りながらも、どこかで隣りの踊り手よりも目立ってやろう、と目をギラギラさせているかもしれない。でも彼女たちは同じコスチュームに同じ髪型で上体を傾けた角度まで同じまま、一様に視線を手の甲に落とし、背景の色や柔らかなカーテンのそよぎと同化しようとしている。

 コール・ド・バレエとは、まさに人間による舞台装置なのだ。ある時は絵画の如く微動だにせず、そうかと思えば四方に散って、幾何学模様を織りなし、時に群衆となって舞台に奥行きを与える。何と贅沢な舞台装置!
 考えてみれば、バレエそのものが贅沢の極みといえるかもしれない。この極彩色の宮廷絵巻は、それが貴族やブルジョアの最高級のお遊びだったことを雄弁に物語っている。劇場にも、コスチュームにも、音楽にも、一体どれだけのものが費やされて、バレエは今に至っているのだろう。

 ミチルはふと、われに返った。こんなところに平服で、育児の合間を縫って駆け付けること自体、場違いではなかったか。

 その時、上手奥より貴公子が進み出て、コンパスのように足を開いたまま大きくジャンプした。そのあまりの高さと滞空時間の長さに、劇場全体に「はあっ」という、喚声とも溜め息ともつかぬものが広がり、どよめいた。
 寺田甲斐である。(つづく)
 
 

 

 



 



 

 

 

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