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バレエ小説「パトロンヌ」(49)

バレエKが「ジゼル」をやると聞き、リカは満足した。それは甲斐が古典バレエにしっかりと根を下ろすことを意味したからだ。グランドバレエを上演するには莫大な費用と大人数が必要である。舞台装置、衣裳、オーケストラの生演奏、そしてコールドバレエ。1つのバレエ団を主宰し、ダンサーたちの身分と生活を保障し、大所帯を保ちながら成功させ、さらに次の挑戦へとつなげるのは、至難の技と言ってよい。甲斐ほどのパフォーマンスができスター性もあれば、一人で好きなダンスをして稼ぎまくる方が数十倍、数百倍も身入りがいいに違いない。しかし甲斐は、バレエを選んだ。古典を選んだ。それが嬉しく、頼もしかった。

それだけ、リカは甲斐の全幕物が好きなのだ。なぜならば、彼の舞台には「ドラマ」が存在するから。ともすれば人は甲斐を高度なテクニックだけで評しがちだが、その超絶技巧も、リカにとっては「ドラマ」を装飾し、人物の心の内を表すツールの一つに過ぎない。ふと見上げた眼差しの中の不安、突如踵を返すその緩急、背中のよじり、大きなジャンプの足先にまで、人物の思いが巻きついて、リカを物語にいざなった。一瞬で人物の過去を語り、現在を表し、そして未来を予感させる力。パフォーマンス全てに必然性がある。決して「説明」ではない。「ドラマ」である。それは、ロイヤルという揺籃で育まれたものであるに違いなかった。
彼のバレエに接すると、リカは目から耳から何かとてつもないエネルギーが体内に注ぎ込まれるのを感じた。最初に観たバレエ「バヤデルカ」からしてそうだった。「カルメン」もそうだ。五臓六腑を熱く焼かれ、えぐり取られ、そしてついに魂までが昇華する。それが甲斐のバレエであり、またリカの求めるバレエでもあった。

聞けば、プティパの振付をベースに、テイストはオーソドックスながら全体を再振付していくという。

王子のアルブレヒトはどうしてジゼルに惹かれたか。
アルブレヒトはジゼルとどんな恋をしたいのか。
花占いの結果に気を落とすジゼルを、アルブレヒトはどう励ますか。
許婚があることをジゼルに知られてアルブレヒトはいかに弁解するか。
許婚に対し、アルブレヒトはジゼルの目の前でどんな態度をとるか。
そして、死んでしまったジゼルに、アルブレヒトは何を感ずるか。

リカにはその解釈こそが楽しみだった。さらにDDがタイトル・ロールを踊るのも、願ってもない配役だ。甲斐はずっとDDと組んで「ジゼル」をやりたかった。さきの「カルメン」共演で、2人の間には何ものにも断ち切れぬ絆が生まれたことだろう。満を持して取り組む舞台で、甲斐はどんな「ドラマ」を見せてくれるのか。

そして公演初日、事件は起こった。(つづく)


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