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台本『鈍色のエスペランサ』2

劇団からお誘いを頂き、2011年に私がボイスドラマ用に書きあげた台本です。もろもろの事情で世に回っていない作品です。
良い機会なので、noteに残す事に致します。

全部一度に読んでも30分程度。
長い作品ではないですが、全5回にわけます。
後半を有料化いたします。

今回の舞台はゲーム内。
元ネタのゲームは現在も運営しています。

『この間の宝箱の例え』は、エピソード0の冒頭をご覧下さい。

※作品の権利は放棄しておりません。
もし上演等で使用する場合は必ず下記アドレスにご一報下さい。
tasatou@realheaven.jp

※途中に挿入している曲名は、私の夢です。

2・時に世界は忍び込み僕を囃し立てる 中野区上高田1-21-1にて

激しく叩くキーボードとマウスの音。
やがてRPGの戦闘中のBGMと効果音が流れ始める。

マル  MMORPGはマッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・
    ロール・プレイング・ゲームの略称。
    いわゆるネットゲーム、ネトゲである。
    大学をサボってよくプレイしていた………
    いや、ハマッていたというのが正直な所である。

    ネトゲに依存しすぎて
    引きこもってしまっている人、
    いわゆる『廃人』をたまに見かけるが、
    僕はその2歩手前くらいでなんとか踏み止まった。
    僕がプレイしているゲームでは、本格的に強くなるには
    プレイ料金の他に、さらに課金を強いられるので、
    当時の僕には無理だった。資金に余裕が無かったというのも
    あるし、新しいフィールドに飛び込むのも怖かった。
    余裕ができた今も課金はしていない。何故かはわからない。

マガツ 【堅い攻め方だな、気持ち悪い。もっと男らしくできねーの】

マル  チャット欄に白く文字が浮かび上がる。
    MMOでは他のプレイヤーとパーティを組んで
    プレイするのが一般的で、僕も『ギルド』
    ――ゲーム上にある団体のことである――に所属して
    他の職業・スキルを持つ高スペックな方々にお世話になったり、
    初心者のクエストを手伝ったりしている。
    今パーティを組んでいる『マガツ』もその一人だが、
    最近行動を共にするようになったので
    あまり詳しいことはわからない。
    他のギルメンから耳打ちで聞いた話だと、
    リアル(現実)の職業はなんと専業主婦で!様々なギルドに
    入団・脱退を繰り返す変わったプレイヤーで、
    うちのギルドもすぐに抜けるんじゃないか、とのこと。
    偏(ひとえ)に毒舌のせいだと思うが、
    高スペックに助けられるのも事実である。
    装備やプレイスキルを見る限り、相当な廃人のはずだ。

マガツ 【大体そんな装備で挑むとか、沸いてんのか。存在とは認識だ。
    てめーまともに認識されなくなるぞ】

マル  クエストの途中に少しだけチャットした内容だが、
    マガツという名は災厄の神とされる『禍津日神(まがつひのかみ)』
    からとったらしい。
    この調子で罵倒され続けたら確かに周りにとっては
    災厄以外の何物でもない。
    ただ、マガツは時折、ゲームの内容に関係なく、
    哲学的というか不思議な発言をする。
    まるでモニターに特殊なカメラでも付いているかのように
    向こう側から透かしてくる。それが怖くもあり、魅力でもあった。
    この間の宝箱の例えは、まだ心に残っている。

激しい効果音。どうやらボスとの戦闘に勝利したらしい。

マガツ 【お目当ての宝箱も何も無かったが、実りはあったのか。
    そのノーリスクの戦法は楽しいのか。神経を疑うぜ】

マル  【私は純粋に世界観を楽しんでいるだけなので充分です。
    ありがとうございます】とチャットで返す。

マガツ 【芸能人が言ってる。ワールドカップを観ていて
    『感動をありがとう』なんて言ってるやつは駄目。
    ほんとうの感動は、やった奴しか分からない。だったかな。
    てめーは今、その薄っぺらい感動すらできてねえ】

マル  ちょっと何を言っているのかわからない。適当に返そう。
    【マガツさんはなぜ主婦になったんですか?】

マガツ 【『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている』】

マル  なんとなく聞いたことがある。あ、思い出した。
    【ニーチェですか?】
    もちろん意味はわからないけど。

マガツ 【全てを手に入れようと足掻いた結果だ。
    現実も架空世界も大して変わらない。
    此方側(こっち)で呼吸したくなっただけ】

マル  一呼吸おいて【哲学が好きなんですね】

マガツ 【死ぬ気か?】

マル  白い文字が少し光った気がした。そこまでは思いつめてはいない。
    いないと思う。微かに眠気が体の奥からやってくる。
    音を立てて内臓から這い出てくる。新しい感覚だった。

マガツ 【それとも殺す気か?】

マル  違う。これは眠気じゃない。
    今まで感じたことの無い、何か負(ふ)の感情だった。

マガツ 【てめーも此方側(こっち)にくんのか?】

マル  突然、僕がたったひとつのボタンをタイピングをする間も無く、
    マガツの言葉がチャット欄を埋め尽くす。

マガツ 【電子の海は想いの他タナトスで満員だ】
マガツ 【運営より愛と憎悪を注げる俺は神】
マガツ 【てめーは楽しんでなんかいねえ
    ただ頬杖をついて鳥の数を数えているだけだ】
マガツ 【人形遊びより人間遊び】
マガツ 【1000のクエストをクリアしても次は1001番目のクエスト】
マガツ 【レベルの先には崖と闇とカタルシス。最終的に数値は無視されて
    プリズムが旗のように揺らめいているだけ】
マガツ 【ドットよりも無限大の細やかさで現世は構築されている】
マガツ 【求めているのは達成感ではなく質量】
マガツ 【ギルドギルドギルド自我ギルド】

マル  …その後、少しだけ間が空いて。

マガツ 【だからリアルで死ぬのはやめとけ。夫はゲームに殺された】

マル  え?

マガツ 【止(と)めなかった俺も焼き金を押された。
    咎人(とがにん)の印がこの世界だ】

マル  クエストを終えたマイキャラクタとマガツに、
    何度も物凄い速度で体力回復のエフェクト(効果)がかかる。

マガツ 【まるままるまるまるまるマルままるまるあまるまるまるまるまる
    マルまるまるまるマルマルマママルすきすすすすすすきすき
    すきすすすすききききききききすきすすまるまるまる
    るあまるまるすすきききまる

マル  僕が思わず立ち上り、後退(あとずさ)った。PCから離れたい。
    エフェクトの奥でキャラクタが少しずつ変化を起こしていく。
    装備がころころと変わり、表情が変わり、
    やがて人物そのものが変わり始めた。
    いくらなんでもこんなことができるわけがない。
    運営側の人間だって無理だ。バグを利用した『なにか』だろうか?
    プログラムそのものを改変しているのだろうか?
    そもそもこれはマガツが仕掛けている何かなんだろうか?

    お構いなしにチャット欄は言葉で『埋め尽くされ続けて』いる。
    半ばパニックになりながら画面を見ると、
    ロードナイトだったはずのマイキャラクタは変化を止めていた。

    デフォルメされているが間違いない、僕の母の顔になっていた。
    そして、マガツは僕の初恋の子になっていた。

ふと、PCの処理速度が落ちる。一度だけピシュッと乾いた音が響く。

マル  突然画面が切り替わった。
    表示されたのはゲームのログイン画面だ。
    強制的に戻されてしまったらしい。
    
    …とんでもない事が起こった。
    意識して呼吸をしないと、全てが止まってしまいそうだった。

    しばらくして、もしかしたら、
    これはいつもの夢の世界なんじゃないかって思うようになった。
    ではどうすれば覚めてくれるのだろうか。
    思い切って眠りにつけば反転してくれるだろうか。
    もちろん答えなんか出ない。

    少し冷静になってきたので、
    せっかくPCの前にいるのでFXの取引状況を確認しようと
    ページを開いた。

    1000万あった残高が、150万まで減っていた。
    『ロスカット』という現象が起こっている様子で、
    画面上の数字が縦に2列真っ赤になっている。
    とりあえず一旦ブラウザを閉じて、待った。
    しかし、何も起こらなかった。

    思うことは、FXって凄いなあということと、
    一通りネットサーフィンして寝て、
    明日またいつものゲームセンターで
    いつものプレイをしようということだけだった。
    ネットに接続し直し、カタカタと鳴らしてみる。

キーボードとマウスの音。


マル  いつも見ているページをチェックする。
    しかしもう何をみても、
    心はまったくといっていいほど動かなかった。

    熱を感じたかった。
    願わくば、さっきの新しい感覚・感情を反芻したかった。
    例え負の感情でも。涙も出ない体はウンザリだ。

    そして一気に後頭部から睡魔が襲っ

マルが床に倒れこむ音。静寂。

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