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台本『鈍色のエスペランサ』1

劇団からお誘いを頂き、2011年に私がボイスドラマ用に書きあげた台本です。もろもろの事情で世に回っていない作品です。
良い機会なので、noteに残す事に致します。

全部一度に読んでも30分程度。
長い作品ではないですが、全5回にわけます。
後半を有料化いたします。

今回は主人公と幼馴染の会話。

※作品の権利は放棄しておりません。
もし上演等で使用する場合は必ず下記アドレスにご一報下さい。
tasatou@realheaven.jp

※途中に挿入している曲名は、私の夢です。


1・時に世界は不平等に重さを与え僕を惑わす 新宿区西新宿7-5-5にて

夜。新宿のらーめん屋。
らーめんを待ちながら会話をしているマルとサク。

サク  だめだ。もうマジで辞めるわ。マジで。ガチで。
    ぜってーブラックだもんよ…

マル  この幼馴染のサクは昔、結構な不良生徒で、
    本来なら僕が近づくような人種じゃない。
    でも小さい頃から家が近く親同士の付き合いがあって
    よく一緒に遊んでいたのと、妙にゲームの趣味はあうので
    高校に上がっても仲良くしていた。

サク  『お前はゆとりだから鍛えなおしてやる』っつって
    ノルマがパネェんだよ…てめーもゆとり世代だろってんだよ!
    3つ4つしか違わねーんだからよ!」

マル  それにサクはなんというか、古風な不良だった。
    弱いものイジメや万引きはしなかったし、直接見たことはないけど
    喧嘩は必ず1対1で勝負していたらしい。
    ただ好きな服を着ていたかったのと、ちょっと喧嘩が強いのと、
    朝に弱くて毎日遅刻してきたのと、
    勉強が嫌いなだけの生徒だった。クラスでもモテた。
    正直、爆発しろと思ってた。

サク  で、契約無理でガン凹みで会社に戻ってきたら
    本人はもう帰ってんの。ありえなくね?
    他のダチと話してて気づいたんだけどさ…
    タイムカードとかねーんだようちの会社…
    よく考えたらやっぱこれっておかしいよな?

マル  今日はサクに新宿に呼び出されてグチを聞かされている。
    有名店の大盛りらーめんをおごってやるかわりに話を聞け、そして
    新作のゲームの話をしろといういつものガス抜きだった。
    ちなみにサクというあだ名は、苗字の桜井からとったものだ。

サク  今時売れるわけねーんだよ営業でカツラなんてよ!
    俺は髪きりてーの!ファッションリーダー爆誕させてーの!
    マジなんの為に美容師免許とったんだ俺は…
    おい聞いてんのか、マルよー!

マル  僕どころか、店の人全員聞いてるよ、そんなデカイ声で喋ったら…
    マルというのは僕のことである。
    決して体系からとったわけではない。僕のは苗字ではなく、
    名前からとられたものだ

サク  まあいいや。なあ、お前大丈夫なん?

マル  サクは僕の状況を知っている。
    ただ、FXをやっていることは言っていない。
    特に隠す気も無かったのだが、
    実直なサクにはなんとなく言うのを憚(はばか)られた。
    心配してくれている内容は、
    僕の目の下にクマができているとかだろう。

サク  目の下にクマできてんぞ…

マル  まさかここまで的中するとは。

サク  ちゃんと寝ろよ。

マル  寝てるんだよいつの間にか。確かに規則正しく
    布団の中ってわけじゃないけど…

サク  ショックだったのはわかるけどよ、

マル  ホントにショックだと思ってるなら、
    なぜ今の僕に仕事を辞める辞めないの話をふってくるんだ…

    僕の場合は、クビになったのか自主退社になったのか
    よくわからない。

    大学でもろくに勉強しなかった上に
    『就活?なにそれおいしいの?』な僕が、
    正社員で入れる会社なんて
    そうそう社会に転がっているわけが無く、
    なんとなく内定が決まった会社に出社したら清掃業だった。
    もちろんやり甲斐なんてなかったが、
    アルバイトもまともにしたことがない僕は仕事って
    そんなものなのかなとも思っていたし
    何より片親の僕は母に心配かけたくなくて
    それなりに必死に働いていた。
    そもそも勉強・就活してない時点でアウトなのだが、
    人間の心というのはフィルタをかけるのだけやたら上手い。
    不思議だしゲンキンだし我儘である。

サク  殴った時、痛かっただろ、コブシ。
    喧嘩した時ねーとわからねーんだよな、そういうのって。

周りの音が消える。

マル  痛かったかどうかはよく覚えていない。
    実際、その後も怪我というまでには至らなかった。

    僕の業務は最初、建物の補修・改善を提案するというもので
    上司について研修を受けていたが、
    僕が人と喋るのが苦手と分かるや否や、
    すぐに現場で清掃作業の部署へと移動というか左遷された。
    しばらく耐えていたのだが、ある日高校も卒業してないような
    乱暴な先輩に仕事の事で理不尽に叱られ、
    しかし本人にその場で文句を言う度胸も無くただ耐えていると、
    なぜか部長から直々にお叱りをうける事になった。
    話を聞いていると、現場で起こったミスや都合の悪い出来事は
    ほとんど僕のせいになっている事がわかった。
    明らかに先輩が情報を操作している。

    ただでさえ喋るのが苦手な僕は、
    その事実にすっかり困惑してさらに口を閉じてしまい、
    それが叩き上げで職人気質の部長の勘に触ったらしく、
    いきなり部長が頬を思いっきりひっぱたいてきた。

    ここから先はあまり覚えていない。部長と取っ組み合いになり、
    そのままの勢いで会社を飛び出してから、出社もしていないし、
    連絡もとっていない。その日は母には事実を伝えられず、
    部屋で放心しながら静かに泣いていた。

サク  結局医者には行ったのかよ。

マル  手は大した事無いって知っているので、
    おそらく精神のほうだろう。

ヒーリングミュージックが流れる。

マル  妙な睡魔に襲われるようになったのは、
    会社を辞めてすぐのことだった。
    最初は疲れが出ただけだと高を括っていたが、
    ほどなく頻繁に起こるようになり、
    しかも例の現象が起こるようになってから畏怖を覚え、
    とうとう先日、精神科の門を叩く羽目になった。
    静かなヒーリングミュージックと
    小奇麗な待合室が印象的な建物内で先生に言われたことといえば、
    『睡眠薬出しておくので、つらいときに使ってくださいウフフ』と
    『それでは無理のない範囲で何度か通ってくださいウフフ』
    しかまともに覚えていない。
    なんのために医者に行ったんだろうかとその時は疑問に思ったが、
    よく考えれば精神科というものは
    元々そういうものなのかもしれない。
    ちなみに先生は男だ。

乱暴にらーめんの器を置く音と共に、らーめん屋の音が戻る。

おさん あい、ダイブタダブルメンマシヤサイトリプル
    ニンニクチョモランマアブラカタマリカラカラ。

マル  呪文!?

サク  うぃ。

マル  器でかっ…ヤセの大食いとはこの事だ。
    いまだにトッピングの内容がよくわかっていないが
    それは多すぎるだろ…

おさん あい、ヤサイスクナメ。

マル  僕の前にはほんのりキャベツともやしがのっているらーめんが
    運ばれた。サクと本当に同じらーめんなんだろうか

サク  まあ、ゆっくり職さがせばいいべ。
    他にもやりたい仕事くらいあんだろ?

マル  割り箸を歯で咥えながらの軽い一言だったが、
    鉛より重く心に突き刺さって、一瞬体が動かなくなった。

    そう、本当の問題はそこなのである。
    仕事を辞めた云々は、むしろキッカケでしかない。

    思い返せば、子供の頃から将来に関しては、
    漠然とした『どうにかなる』的な考えしかなかったように思う。

    逃げていたのだ。今現在という盾をわがもの顔で振りかざして、
    未来への視界を自ら断っていたのだ。
    やりたい事なんて無かった。夢なんて昔から無かった。
    あるのはらーめんと、それをサクが啜る音だけだった。

    自覚はしている。今、自分は大きな決断を迫られている。
    ただ、事の大きさにレバーの握り方も忘れ、
    敵から放たれた弾を避(よ)ける事すら出来ない。

    サクは固まっている僕を見ないふりしてくれていた。
    その後も何かぽつぽつ話しかけてくれた。
    なぜこんなにも差があるのだろう、持っているものに。
    恥ずかしくて情けなくて、少しだけ涙が溢れた。
    次会うときは、向かいにある激辛のらーめん屋にしようという
    約束をサクがとりつけて、その日は解散になった。
    ゲームの話はしなかった。

サクが戸に手をかけ、ひく。カラカラと鳴る扉。

おさん あらーぃしたまたんじゃーす。
    (ありがとうございました またおねがいします)

カラカラと扉の閉まる音。

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