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朗読台本「ハロウィンの悪魔」

過去にとある朗読配信者様に読んでいただいた作品を、大幅にリニューアルしたハロウィンの物語。ダーク色が強いファンタジー。救いがあるようで、全く救われない話です。暗い作品や重い作品が苦手な方は、ご注意ください。閲覧、朗読は自己責任においてお願いします。

ただ、私自身は、このダーク感が好きです。


台本利用規約

朗読データ

✓朗読時間 15~20分程度
✓ジャンル:ダークファンタジー

あらすじ

舞台は欧米のどこか。
(時代設定等は、敢えて曖昧にしています)

7年前のハロウィンの夜。
銃を持った男に4歳の娘・リサを殺されたジェシカは、ハロウィンの度に「トリック オア トリート」という子どもたちの声に怯えていた。
そんな彼女の前に、天使が現れる。
かなり成長はしていたが、それは紛れもなく、天使の仮装をしたリサだった。
リサはとある恐ろしい目的を果たすため、ハロウィンに紛れて現れたのである。

登場人物

ジェシカ:30代後半
ハロウィンでリサを失って、虚無を生きている。
夫のマイケルや長男のケビンが数少ない心の支えだが、リサを失って以降、家族としての機能は破綻しているような状態。

マイケル:30代後半
ジェシカの夫。警察官。
ハロウィンの日はたまたま家にいたため、犯人を取り押さえ、リサ以外の家族は助けられた。しかし、リサの代わりに自分が表に出ていれば……とずっと後悔している。
家族愛が強く、ショックから抜け出せないジェシカを支えている。

ケビン:13歳
リサの兄ではあるが、妹の記憶はあまりない。
家でハロウィンをやらないことに不満はあったが、マイケルから7年前の悲劇を聞き、その件に関しては納得している。
近年は、ハロウィンは親友の家で過ごすことが多いが、今年は両親には内緒で彼女の家に行っている。(彼女の父親の趣味は銃を集めて飾ること)
リサの死以降、母親に愛された記憶がないため、恨みの気持ちを抱いている。

リサ
マイケルとジェシカの娘。7年前のハロウィンで殺されてしまう。
しかし、今年のハロウィンに成長した姿で登場。
とある恐ろしい計画を実行するため、母のジェシカに優しく声をかける。
殺されることなく生きていれば、素直で明るく、元気な子に育っていた。

朗読台本「ハロウィンの悪魔」


今日は、いつも以上に街が騒がしい。

「トリック オア トリート!」

と、叫んで家々を巡る子どもたち。魔法使いや悪魔に仮装した姿は、本当に可愛らしいと思う。思うけれど……。

“トントン”

ドアを叩く音がする。

ジェシカは反射的に、2階へ続く階段を上がる。どうして今日に限って、夫のマイケルは仕事なのだろう。警察官だから、大きな事件が起きれば、休日など関係なく呼び出されるのは当然だが、今日だけは傍に居てほしかった。
息子のケビンは、ハロウィンは毎年、友達の家に行ってしまう。そう仕向けてしまったのはジェシカだが、せめて今日は居てもらうべきだったかもしれない。

「トリック オア トリート!!」

2階の寝室で布団を被っていても、子どもの声が聞こえる。ジェシカは、狂ったように部屋のドアに枕を投げつける。

「お菓子はないのよ!! でも、いたずらなんか絶対に許さないから!! 帰って! お願いだから消えて!!!」

そう叫ぶジェシカの頬に、一筋の涙が伝う。その雫を隠すように頭を抱え、布団の中で小さくうずくまる。本当はジェシカだって、子どもたちにお菓子をあげたい。今年は得意のクッキーを焼いてある。なのに、あの「トリック オア トリート」の声を聞くと、どうしても、あの日の惨劇を思い出して、ドアを開けることが出来なくなってしまう。

ーー7年前のハロウィン。

昼間から晴れていて、満月が綺麗に浮かぶ夜だった

「ママ、リサかわいい?」

天使の仮装をしたリサが、今日これを聞いてくるのは何度目だろうか? ジェシカがほぼ徹夜で作ったドレスを嬉しそうに見せてくる。

「えぇ、とっても可愛いわ。世界で一番キュートなエンジェルよ」

夕飯の用意をしながらそう答えると、リサは満足げな顔をする。そして、昼間ご近所の方がくれたお菓子を食べようとする。

「もうすぐ夕飯だから! お菓子は明日にしましょうね。ケビンも! ついでに隠れてケビンのお菓子を食べてるマイケルも、その辺でストップしなさいよ!」

家族はしゅんとしながらも、笑顔を見せる。夕ご飯のあとには、ケーキがあると分かっているからかもしれない。何気ない、家族の日常。永遠に続くと信じて疑っていなかった毎日。でも、それは、一瞬にして壊れてしまった。

「トリック オア トリート!」

ドアをノックしながら、そう叫ぶ声。おかしい、と思った。お菓子を貰いに回る時間は決められていて、こんな時間にくる子どもはいない。

「トリック オア トリート!!」

その声は、子どものようにも聞こえるけれど、何か違和感がある。そう考えるうちに、リサがお菓子を持ち、ドアを開けてしまう。

「待って! ダメよ!! リサ!! 開けちゃ、ダメ」

ジェシカの声が、遅かった。木製のドアは、リサの手によって、開かれてしまった。

「トリック オア トリート」
「おじさん、お菓子あげる!」

リサが持っていたキャンディを差し出す。……ダメだ。その男に近づいたらダメだ。ジェシカの心が悲鳴をあげる。

「ごめんね。おじさんは、お菓子よりもイタズラが好きなんだ」

マイケルは既に動き出していたが、ほんの僅かに遅れてしまった。その隙をつくように“バーン”っという、銃声が部屋中に響く。耳を壊すような、恐ろしい音。

リサは可愛くて真っ白な天使の衣装を、真っ赤に濡らして倒れていた。心臓を撃たれ、即死だったと後から医者に言われた。『苦しむことがなかったのが、不幸中の幸いですね』と声をかけられたが、その言葉には何の救いも用意されていない。

「……っ!!」

人間は本当にショックを受けると、声すら出ない。ジェシカは手で口を押さえたまま、息も出来ずに立ち尽くしていた。それに反し、マイケルの行動は早かった。銃を持った男を一瞬で投げ飛ばし、適当な紐で後ろ手に縛り付けたあと、すぐに警察に連絡をいれた。

「……っ、リサ……」

そのとき、ジェシカはようやく、呼吸の方法を思い出した。そして叫びながら、小さな娘に駆け寄る。目を閉じて、倒れている。

「リサ!! なんで……なんでこんな!! ねぇ、リサ。お願い、目を開けて。分かった。お兄ちゃんと一緒に、ママにサプライズしてるのね? ママそういうの引っかからないから。早く、種明かしして。ねぇ、リサ。本当は起きてるんでしょ? この赤いのは、絵の具? ケチャップかしら? リサ! あんまり黙ってると、今日のケーキはなしよ? リサ!!!」
「ジェシカ。辞めないか」
「マイケル……だって、こ、こんなことって……リサが何をしたっていうの? まだ4歳よ」
「そうだな。その辺は警察でちゃんと調べるから。お前はケビンと一緒に2階に行ってなさい」

ケビンもまた、お菓子を握ったまま固まっていた。大人のジェシカが見ても強烈な光景だったのだから、6歳のケビンには何がなんだか分かるはずがない。

警察での捜査の結果、犯人は仕事をクビになり、妻子に逃げられ、ハロウィンの街の浮かれ具合に嫌気がさしていたそうだ。そして、どの家庭でもいい。どこかの家庭を壊して、自分と同じ不幸を与えたかった、と述べたそうだ。

しかし精神異常は認められず、禁固30年となった。何の罪もないリサは殺されて、なぜリサを殺した悪人が生かされるのか。全く分からない。どうせなら、自分の手で殺してやりたい。でも、どうにもならないのが法律で、そして現実なのだ。

ーーあれから7年。

ケビンには悪いと思いながらも、ジェシカはハロウィンを完全に封印した。ランタンを飾らず、仮装もせず、近所のイベントにも参加していない。周りの人々はそれを理解しているから強要はしてこないし、子どもがお菓子をもらいにくることは滅多にないのに。

「トリック オア トリート」

今度はその声がやけに近くから聞こえた気がして、恐る恐る布団から顔を出してみる。

「ママ、リサかわいい?」
「……リサ、なんであなたがここに」

かなり成長しているけれど、そこにいるのは紛れもなく、天使の仮装をしたリサだ。生きていたら、こんなに美人になっていたのか。そう思うだけで、涙が溢れる。

「ママ、泣かないで。このクッキー、美味しい」

キッチンに放置していたクッキーを、嬉しそうに食べている。

「リサ……どうして、あなたがここに?」

あの日、一瞬で命を落とした娘が、成長した姿で目の前にいる。これは夢なのだろうか? いや、幻覚なのかもしれない。だが、この際、なんでもいい。リサに会えたのだから。これ以上に嬉しいことはない。

「ママが心配で、私はなかなか天国にいけないの。ねぇママ。ママにはお兄ちゃんがいるし、パパもいる。悲しい気持ちは分かるけど、前を見て? ね?」
「ずいぶん、大人になったのね」
「生きてたら11歳だから。きっと、お兄ちゃんと暴れまわって大変だったよ」
「……それが、見たかったのよ」
「ごめんなさい」
「あなたが悪いわけじゃないわ」
「ママ、これあげる」
「これ、あなたの好きなキャンディー……」

あのとき、犯人に渡そうとしてしまったキャンディー。

「これで、我が家のハロウィン禁止は終わりにしよ? パパもお兄ちゃんも、ママのケーキ食べたがってると思う」
「分かった。今年は作るよ」
「よかった。じゃあ私はそろそろ」
「リサ……! ずっとここに居なさい。幽霊だっていい。あなたにも、ケーキを作ってあげたいの!」
「無理。ごめんね。私には行くべき場所があるの。本当は私だって、ずっと居たいけど。でもちゃんと見守ってるよ。ママのこともパパのことも、お兄ちゃんのことも。あっ、お兄ちゃん、最近彼女できたの知ってる?」
「えっ?! ケビンに?!」
「んもう! ちゃんと見てないとダメだよ。ママ」
「そうね。ありがとう」

リサが死んでからずっと、マイケルやケビンと向き合えていなかった。それを心配して、リサは、私に逢いにきてくれたのだろう。幽霊に対して変な言い方だが……良い子に育ったものだと思う。

「ママ、またね。ママが死ぬときは迎えに行くね。でも、自殺だとお迎えに行けないの。だから、ちゃんと生き抜いてから、こっちにきてね」
「うん。分かった。マイケルとケビンと、この人生を歩くわ」
「それ聞いて安心した。バイバイ、ママ」

それだけ言って、リサの幽霊は姿を消した。

ジェシカは残念に思いながらも「まだスーパーやってるわね。ケーキの材料買って作ってみようかしら?」そう言ってコートを羽織り、街にでる。久々のハロウィンナイトは、華々しい。ランタンが美しく並ぶ街並みを、こんなに穏やかに見られるのはいつぶりだろう?

そのときだった。“バーン”という乾いた音が、街中に響いた。その瞬間、ジェシカはうつ伏せに倒れた。痛みも何も感じない。でも、動けない。

「ママ、もうこっちに来てくれるのね」
「リサ……あなた本当にリサなの?」

声にならない声で尋ねる。

「そうだよ? でもね、残念だけど私、天使じゃなくて悪魔になっちゃったの。犯人への恨みを持って死んだから」

その途端、真っ白だったリサの衣装が、真っ黒になり、烏(カラス)のような羽が飛ぶ。

「ママを撃った犯人ね、お兄ちゃんだよ」
「なんで……ケビンが?」
「ママのことが嫌いで、殺すために彼女の家から拳銃を奪ったみたい。まっ、全部私が誘惑したんだけどね。ママはもう死ぬから、先に教えてあげる。このあとパパがお兄ちゃんのところに駆け寄って、すぐに殺すわ。そして、それを暴走だと思った新人警官に、パパは殺されるの。これでやっと、家族全員が揃って、ハロウィンパーティーができるね」

ジェシカの脳裏に浮かぶのは、あの日、天使のドレスを着たリサの姿。お菓子を食べるケビンの姿。さらに隠れてお菓子を食べるマイケルの姿。

そこには確かに家族がいたし、幸せが存在していた。

ジェシカにとっての家族は、あのときの家族でしかない。かろうじて残る意識で、横を通り過ぎる車に石を投げつける。警察の車両だ。きっと、マイケルが乗車している。

「どうした?! ジェシカ!!!」

これできっと未来は狂った。マイケルはケビンのところには行けない。

どんな形でもいい。どうか2人には生き抜いてほしい。

「ようやく、みんなでハロウィンパーティーができると思ったのに。これじゃ、計画が台無しじゃない。ママの馬鹿。ま、いっか。とりあえず、ママの魂だけでも連れて行って、今日はケーキでも作ってもらおうかな? パパとお兄ちゃんは、また来年ね。楽しみにに待ってて」

ジェシカの遺体に、大きくて黒い羽根が1枚、ひらひらと舞い落ちた。

END


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