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朗読台本「白い煙草」

音声配信アプリSpoonにて、朗読CAST企画「大人のビターな恋物語 #ビタ恋 」に参加させていただいた作品です。大人であるがゆえに、上手くいかない。もどかしい。そして、逃げ道を用意してしまう。
そんなビターなお話をお楽しみください。


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朗読データ

✓朗読時間 10分程度
✓ジャンル:恋愛

あらすじ

とあるジャズバーで演奏を終えた奏太(そうた)は、外で煙草を吸う。そこにピアノ担当の律子(りつこ)がやってきて、共に煙草を吸う。律子は2年前に死んだドラム担当の響輝(ひびき)の恋人であった。
奏太は律子を想いつつ、死んだ親友の彼女と恋人関係にはなれず、虚しい身体だけの関係を続けている。

朗読台本「白い煙草」

街の外れに、忘れられた過去のように佇むジャズバー「ZERO-ゼロ-」。オーナーがゼロから全てを始めたいという意味で付けたらしいが、本当かどうかは定かではない。俺はそこでたまにウッドベースを演奏する。決まったバンドメンバーがいるわけではないが、同じ時間帯に演奏する人間は自然と重なるもので、結局はいつもと同じメンバーでやるということになる。

演奏後、外の喫煙所で煙草を吸っていると、先にそこに居た女に声をかけられる。

「おつかれさま」

ピアノ担当の律子(りつこ)だ。真っ赤なリップが印象的な美人。

「おつかれさん」と、俺も返す。そして問う。

「まだ、その黒い煙草吸ってんだな」
「うん」
「飽きないのか?」
「飽きるとか飽きないとか、そういう問題じゃないの。習慣みたいなものよ。朝起きたら歯を磨くし、夜はお風呂に入る。それと同じ。ライブの後はこれを吸う」
「いつでもそれ吸ってんだろ?」
「それは……まぁ、そうだけど。自分だって、その白い煙草、ずっと吸ってるじゃない?」
「煙草ってだいたい白いだろ」
「まーね」

律子が吸う黒い煙草は、俺の親友であり、彼女の恋人でもあったドラマーの響輝(ひびき)が愛していた銘柄だった。しかしあいつは今、この世界に存在しない。2年前に交通事故であっさりと天国へ行ってしまった。

律子が気だるそうに、俺を見る。

「今日このあと暇?」
「あぁ」

俺はそれだけ答えて、煙草の火を消す。

そして、重たいウッドベースを車に積む。その後、助手席のドアを開け律子を乗せる。そのまま俺も乗り込み、15分程走らせる。車内にはジャズっぽい曲が流れているだけで、俺と律子の間に会話はほとんどない。

やがて、いつもの安宿に着く。チェックインを済ませ、互いにシャワーを浴びたあとは、ひたすら快楽に身を任せる。これは決して、愛を確認しあうための行為ではない。食事や睡眠と同じ。本能を満たすためだけに行われる無機質なもの。少なくとも、律子にとっては、俺は都合のいい相手でしかない。それも何人もいるうちの1人に過ぎない。

ことが終われば、律子は再びシャワーを浴びる。そして俺がシャワーから出る頃には姿を消している。身支度の早い女だ。
それにいつもご丁寧に、ホテル代の半額が置かれている。きっちり半額。小銭まで本当にきっちり。何度も「いらない」と言ったが、律子は頑なに拒んだ。

律子は、完全に割り切っている。

***

律子に初めて出会ったのは「ZERO」だった。あれは確か5年前。いつもピアノを弾いていた奴が仕事の都合で遠方に引っ越すことになり、果たしてどうしたものか……と考えていたときに、客として来ていた彼女が、ピアノを弾いてくれた。

美しい音色だと思った。彼女自身の美しさと音の美しさに、俺は一瞬で恋に落ちた。それは響輝も同じだったようで、彼は積極的にアプローチし、2人はすぐに付き合うようになった。それに嫉妬しなかったといえば嘘になる。けれど、響輝と律子が並ぶ姿は絵になっていたし、俺は2人を応援していた。

けれど2年前に響輝が死んで、俺たちは色々と歪み始めた。

はじめて俺と律子が身体を重ねたのが、あいつを火葬した日だと知ったら、天国のあいつは激怒するだろう。だが分かってほしい。律子がああ見えて寂しがりやだということを、知っているだろう?

***

過去を想いながら、俺は現実へと帰る支度をする。ちょうど車に乗ったタイミングでスマホが鳴る。

「もしもし」
「パパぁ!」
「みかー! パパだよぅ」
「……ごめんなさいね。パパがいない!って急に起きちゃって」

俺は3年前に結婚した。

響輝や律子をはじめ、色々な人間に驚かれた。マスターにまで「あなたが結婚するとは思わなかった」と言われたのだから、周りから見れば俺は相当な遊び人だなのだろう。

自分でも正直、結婚なんてすると思っていなかったし、する気もなかった。でも常に身体を寄せ付けあう律子と響輝を見ていたら、もう身でも固めなければ持たないほど、俺は壊れかけていた。あいつらを応援しながら、俺はどうしようもなく律子を愛していたのだ。

「もうすぐ帰るから」

俺はスマホの向こうにいる妻に言う。『演奏がある日は片づけやら打ち上げやらで朝帰りになる』と言ってあり、妻はそれを疑っていない。

「パパぁ!」
「みかー! もうすぐ帰るからなー。いい子で待ってろよ」

生まれた子どもは可愛いし、結婚というのも案外、悪いものではない。けれど、あいつがあと1年、早く死んでいたら……娘はこの世に誕生していなかっただろうな、と最悪なことを考えてしまう。傷心の律子に寄り添いながら、堂々とこの気持ちを打ち明けていたに違いない。

親友の彼女には手を出さない。遊びまくりの俺にもこの程度のマナーはある。けれど親友がこの世からいない場合は、これには含まれないだろう。……だが、俺はもう妻子持ちだ。

……うまくいかない。

妻や娘との会話を終え、スマホの電源を切る。ふと気づくと白い煙草を口にくわえていた。慌ててそれを箱に戻す。妻と娘も乗る車に、匂いを付けたくない。

俺が煙草を吸うのは、律子と居るときだけだ。

END

がみのろま自己紹介


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