#14 家族との関わり方
父が亡くなった時にnoteで初めて記事を書いた。
あれからもうすぐ1年が経つ。
今年が初盆となり、実家に帰って家族と過ごすうちに考えが変わり、亡くなった父とも、残された母や妹とも関係を切ってしまいたいと思うようになった。
高校までの実家での生活
勉強、着る服、遊び、全てにおいていろんなことがあった。
父からは中間、期末試験の時には2週間の家に帰ってからの学習スケジュールを提出するよう義務づけられた。大変だったが、これはいい面もあった。
しかし、勉強方法は父がやってきたという、ひたすら大学ノートに書く方法をやるように言われた。それ以外のやり方をしようとすると、叱られるのでやめた。
中学の時には暗記する量や、学習内容についていくことができたが、高校に入って量が増え始め、その学習法では時間が足りなくなってしまい、成績は著しく下がっていった。
自分なりの方法で数学の問題を解いてみると、答えが合っていても、そんなやり方だからだめだと否定された。
楽をしようとするからお前はダメだと。
決まったやりかたをしないからそうなると。
精神面、学習方法等の両面が破綻し、高校生になってからは学習に全くついていけなくなってしまった。
服は、自分たちの思う「ちゃんとした」の基準からはみ出さないようにと制限が入った。
貯めたお小遣いで買った服は、知らない間に押し入れに隠されていた。
部活の仲間で友達の家に泊まろうとなった時には「ダメだ」の一点張りだった。
友達の母が「ちゃんと子供たちのことを見ていますから大丈夫ですよ」と電話をしてくれたが、「ご迷惑なのですぐに迎えにいきます」と。
友達の母も、住所を伝えなかったので、泊まることはできたが、翌日家に帰ると殴られ怒鳴られ、菓子折りを持って「ご迷惑おかけしました」と両親と一緒に挨拶に行った。
友達の母が、きょとんとしていたのを今でも覚えている。
何に関しても、判断基準は両親の中にあり、話をしようとすれば「子供のくせに生意気な」「親に対してよくそんなことを言えるな」と激昂し父に殴られた。
母はどんなに間違っても、謝らなかった。
僕以外の家族に対してもそうだった。
やることを無理につめこんで、できなくなっていることが常なのだが、手を貸そうとすると怒り出した。
潔癖な性格で、病院に行くと、帰りの車に乗る前には全身にメディゾール(除菌スプレー)をかけられた。スプレーには、人に向けてかけてはいけないことがしっかり書いてあった。
家は汚したくないということで、友達をあげることは出来なかった。
家に帰ると、汚い足用(外から帰った時)のスリッパを履く。
手には、自分用(足を洗った後のキレイなスリッパ)を持って洗面所に行く。
手と足を洗って、自分用のスリッパに履き替えると、洗面所に残ったスリッパを玄関に戻す。
汚いスリッパを扱った手は、汚いので、再度手を洗う。
これが家に帰った時のルーチンだった。
破ることは許されない。
リビングの椅子は、風呂に入った後には、清浄綿(アルコール付きの綿ティッシュ)で、座面や背もたれをキレイに拭かないと座ってはいけなかった。
風呂に入ったあとに、トイレで大をすると、汚いとのことで、もう一度風呂に入らねばならなかった。パジャマも新しいものに交換だ。
妹は、僕とは性格が違い、父に殴られようものなら歯向かっていっていた。取っ組み合いになって、妹が父に勝つこともあった。
外面は良いが、家では真逆だった。
兄弟喧嘩もしたが、キレると見境がなかった。
ストーブを倒して足に当ててきたり、尖った鉛筆を投げてきたりと、当然僕につかみかかってくることもあった。
僕が手を出せば父に殴られた。
女に手を挙げるなと。親父は妹を殴っていたのに。
妹が怒って殴ったり蹴ったりして、家には数カ所の壁や扉に穴が空いていた。
ずっとそんな生活が続くと、慣れていく部分もあったが、耐え難かった。
自分がおかしいのかもしれない。
間違ってはいけない。
自分の意見は言ってはいけない。
言われた通りにしないと叱られる。
急に怒り出したらどうしよう。
いろんな感情がぐるぐると心を巡った。
実家を早く出たい。
小学校6年生を迎えた時には、そう思い始めていた。
実家を出てから
大学で京都に行くことになり、やっと距離を置くことができるようになった。
とても気持ちが楽になった。
が、中身が変わったわけではなかった。
気に食わないことがあれば、電話口で怒鳴り散らす。
実家に帰っても、文句を言われる。
学費は出してくれているし、何も言わずにいたが、とても居心地が悪かった。
実家の帰りにお気に入りの服がないと思って探したら別の部屋に隠されていた。
妹が盗んだのだった。
他の友達はいろいろ兄から買ってもらってるのに、何もくれないんだからそれくらいいいだろと文句を言われた。
謝りの言葉はなかった。驚いた。
転職で仕事の資格と取るための実習で、地元に帰ってきた時に、家の汚さに愕然とした。
ちょうどその頃に整理収納の資格を取った(僕も片付けが苦手だった)ので、一緒に片付けを手伝うよと言ったが、断られた。
家が片付いていないということは、当然家のあれこれ管理ができない。
週末に使うYシャツをクリーニングに出してくるというと、家で洗うから大丈夫とのことで任せたら、やっぱり洗われないままだった。
それは困るというと、父母ともに、昔と同じ調子で「子供のくせに」「家のことに口を出しやがって」と怒り出して、「出ていけ!」と。
耐えられず、すぐに近くのホテルを探し、荷物をまとめて家を出た。
その後、「帰ってこんとや?」と電話は来るが、「お前が悪いんだから謝って戻ってこい」という話だった。
大切な実習の期間、そんな家で過ごすのは無理だと思い、ホテル暮らしで残り3週間の実習を無事終えた。
その後も10年の間、父から怒鳴り散らすような電話が何度かあり、話そうとしても聞いてくれないため、数年前に耐えきれなくなり「もうかけて来ないでくれ」と伝えて電話を切った。
父が亡くなって
父は居なくなり、母と妹だけになった。
2人とも全く昔と変わっていなかった。
葬式で戻ってきた時には、実家には入れてくれなかった。
理由は汚いからとのことで、お通夜の会場とホテルを確保して寝泊まりした。
葬儀後にも片付けや、何か手伝えることはないかと伝えたが、何もさせてはくれなかった。
無理に手伝おうとすると怒り出すので、諦めた。
人前に出るたびに、横から母は「こんな格好で恥ずかしい息子で」、妹も「こんなんでほんとすみません」というのが枕詞だった。
弔問に来てくれた人は、どう思っただろう。
先日帰った時には家に入ることはできた。
家は片付いていないどころか、どんどんモノが増え、とうとう廊下まで荷物置きとなっていた。
仏前にお参りにくる人に見えないようにとカーテンで仕切られていた。
僕が実家で歩いて良いのは、リビングと仏壇のある部屋、トイレ、洗面所のみ。
2階にはいけない。
自分の部屋には入れない。
大事な思い出の品だけでもと伝えてもダメ。
もう10年ほど自分の部屋に入っていない。
先日1日家にいると、自分の容姿のこと、服のこと、行動、全てに文句がついた。
髪が長い、服がダサい、恥ずかしいからやめろ等...
僕の友達の母が父のお参りに来てくれても「恥ずかしいから来なくていいよ」と、リビングに戻された。
朝から晩まで、ずっとブツブツと文句を言われ続けて耐えられなくなり、そういう言い方はやめて欲しいと伝えた。
「何言ってるの?あんたが悪いんだから言われて当たり前でしょ?」
本当にそう思っているようで、「なんで?」という表情だった。
もう一言伝えようとしたが、今にも怒り出しそうだったのを感じて、もうダメだと思い、さよならと言って宿に帰ってきた。
何も伝わらない。
話ができない。
胸がグッと締め付けられた。
とても悲しい気持ちになった。
自分たちの中の世界で生きている
とはいえ、大学までの学費も出してくれているし、親としてのサポートをしてくれる一面もある。
母は、帰ってきた僕をもてなそうと、果物があるから食べていかないかとか、お土産はそっちに送るねとか、地元のお祭りを見せたいとか、色々やってくれる面もある。
妹は、飼っている犬が可愛いんだよ、ねえ見てと声を掛けてくる。
でも、直前まで散々文句をグチグチと言った後に、どうしてそういうことを言えるのか、分からなかった。
そう思っていたが、一つの結論に至った。
彼らは自分たちの中の世界で生きている。
その世界では、「家族はこういうもの」という定義があり、「子供や兄弟のことを悪くいうことは家族だから許される」ということなのだろう。
そのことは悪いことではないと思っているのだろうし、自信があるのだろう。
僕はそういう彼らの存在によって、とても自己肯定感が低く育っていった。
きっと自分はダメな人間で、周りの人からもそう思われていて、なんとかそれを抜け出さなければという気持ち、見返したいという気持ちで進んできた。
しかし先日の体験を通して、もうそんな世界に、こちらから足を踏み入れる必要はないんじゃないかと考え始めた。
家族という存在
それでも、自分と血のつながりのある家族は彼らだけだ。
心底、僕のことが嫌いで言っているのではなくて、彼らの世界ではそれが当たり前だから、そうしているだけなのだ。
そこに悪意はないのかもしれない。
そう考えると、自分がこれからどうするのが良いのかに迷う。
いっそもっと早いうちに縁を切っておけば良かったのかもしれない。
もう感情的なことは抜きにして考えればいい。
親も生きているのはもう長くないのだから後で後悔しないようにしたほうがいい。
昔から実家のことを知っている友達からはそんなアドバイスがあった。
ここに書いたことは、僕の一方的な意見で、家族からするとこちらが悪いという面もあるはずだ。
自分が決してよくできた人だとは思っていないし、今でもいろんな人に迷惑を掛けたり、嫌な思いをさせてしまうことがあるのだから。
先日の苦しさがまだしこりのようになって心の中に残り胸が痛い。
これからどうやっていくのが良いのか、少し時間を置いて考えたい。
今は少しこのことから離れて、心穏やかに過ごしたい。
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