ルーイシュアンの宝石~12
23 邪の僕
封印の間は、部屋というよりは、薄紫色の淡い光を放つ、不思議な石の洞窟のようだった。自ら輝く石が松明の様に部屋を照らし出している。
「ラジュリライトという古の石だよ。半分本当の世界にあって半分こちらの世界にいる石なんだ。」
イシュは簡単に説明すると、奥へと進んだ。
最奥に、大人の腕一杯位の大きな石が、壁にはめ込まれていた。石は、不思議な色んな色のスペクトルを放ち、ギラリとした閃光をみせる。
「これが、ルーイシュアンの宝石ね。」
ジーの声は、僅かに震えていた。
その時、石がはめ込まれた壁が微かに揺れた。
「裂け目の奥の邪の仕業だね。」
イシュが眉をひそめた。
「急がなきゃ…」
イシュは、石に近寄った。
目を閉じると、手を石にかざす。
石は一瞬輝くと、壁から転がり出た。イシュは器用にその石を受け止めた。
「アンティーヤ・デエ・ウル・サッタ」
イシュは、宝石の外れた壁の前で、良く通る声で不思議な節の言葉を唱えた。
壁は重そうな音を立てて、ゆっくりと左右に開いた。
壁の奥は、底知れぬ闇が広がっていた。
世界の裂け目だった。
「みんな、気が付いているよね…」
イシュが楽しそうに言った。
「ええ…」
ジーのとび色の瞳が、鋭さを増した。
「しつこい奴だな…」
リュウが苦笑した。
瞬時にジーとリュウは、獣身と聖獣の姿をとった。
リュウはすかさず、聖獣の輝きを強め、三人を包んだ。
「この時をどれほど待ちわびたことか…」
地の底から響くような、呪われた声が部屋に響いた。
突如、ジーの足元の影から、モルバブジが湧き出てきた。
「影を利用して逃げてたのね。」
ジーは呆れて言った。
モルバブジの頬には、リュウに引きちぎられた、生々しい傷があった。
その傷口からまだジュクジュクと、青緑色の血が流れている。
萌黄色の髪は、乱れ、逆立っていた。濁った黄色い瞳は、狂気の輝きを帯びていた。
「死んでいなかったのか…」
リュウは呆れたように言った。
「お前らの悪運もここまでだ。」
モルバブジは嘲るように笑う。
その笑い声に反応するように、裂け目の奥から、狂おしい叫び声と、吐き気のするような生臭い風が吹いてきた。
「おお…邪様…」
モルバブジは、感動するように呟いた。
「邪様の僕、モルバブジめがお迎えに参りました。
この機会を何としても逃すわけにはいかない。我は貴様らの陰に潜み、その機会を伺っていた。
封印を解いてくれた礼を言わねばな。」
「黙れ、モルバブジ!」
ジーは叫んだ。
「ふん、死に損ないの雌豹め。」
モルバブジは、黄色い歯を剥きだして、嘲笑う。
「お前らにはもう用はない。ここで邪様の餌食となれ…」
モルバブジは叫んだ。
光狼は、間髪入れず、咆哮し、オレンジ色に輝く光を発した。モルバブジは口を開け、濁った霧を吐き出し、その光を包み込み消し去った。
「よし、それなら…」
リュウは、今度は青く輝く光を放つ。光は霧をさらに包み込み、霧散させた。
ジーは、身体の奥に新しい光を感じていた。その光は力強く、ジーの奥から美しいクリアな輝きを放ちながら、らせん状に登ってくると、ジーの口から勢いよく放たれた。放たれた光は、一瞬でモルバブジを包み込んだ。
「ぐぁぁぁ…」
モルバブジは苦痛に満ちた唸り声をあげる。
モルバブジの身体は、痺れたように動けなくなっていた。
「やるじゃないか、ジー!」
リュウは嬉しそうに叫んだ。
ジーは、戸惑いを隠せなかった。
「何が何だか…」
もう一度その力の根源を、自分の中に探したが、何も感じられなかった。
「半聖獣の力だよ。いよいよ、目覚め始めたんだ。」
イシュが励ますように言った。
「邪様、今です…さあ、今こそ、そのお力を、邪様のお力を持ってこの世界へ再臨するのです…」
モルバブジは、動けない体を震わせながら裂け目に向かい呼び掛けた。
「がぁぁぁ…」
モルバブジの口から、振り絞るような、悍ましい音が声となって放たれた。その音は、裂け目の底知れぬ闇の彼方へ吸い込まれていった。
やがて、闇の底から、強烈な悪臭が漂い始めた。何か悍ましいものが、ゾロゾロとこちらに闇を波立たせて、向かい進んでくる気配を一同は感じた。
「おお…」
モルバブジは、感動のため息を漏らしていた。
ジーはそのモルバブジの必死な横顔をみて、憎しみよりも、哀れさを感じていた。
闇に生まれ、邪悪な者として存在するこの男の、またある意味縛られた運命を哀れみを感じた。
「おっと、いけない。」
イシュが我に返って呟いた。
「ここから先は、僕が仕上げないと…」
「仕上げるって、あんた…」
ジーはイシュのあどけない顔を見た。
以前のひ弱な、か細い少年の面影はなかった。
イシュは、金縛りの様に動けずに立ち尽くす、モルバブジに歩み寄った。
「おのれ、このガキめ…」
モルバブジは、憎々し気に叫ぶと、口から緑色の炎を放った。
「危ない!」
ジーは叫んだ。
炎はイシュにぶつかると、一瞬で消えた。
イシュは平然と、菫色の瞳でモルバブジの黄色い瞳を覗き込んだ。
「前回はお前の欠片を取りこぼしたけど、今回はそうはいかないよ。」
「お前は…あの時の…」
モルバブジの顔に、恐怖の色が走った。
イシュの目が黄金色に輝いた。
少年の体内から七色の光が弾け出ると、モルバブジを捉えた。
悲鳴を上げる間もなく、モルバブジの肉体は消えた。光の中で、黒い霧のようなものが、もがいているのが見えた。やがて、その霧は、光の中へ消えていった。
「ジー、頼みがあるんだ。」
涼しい顔で、イシュが振り返った。
唖然として目を見開いているジーを見て、イシュは可笑しそうに笑った。
「人の姿をとって、カーロさんがくれた剣の光で、僕が言うように、剣を振ってほしいんだ。これこそ”心正しき者”の最大の役目なんだよ。」
ジーは頷くと、瞬時に人の姿をとった。世界の裂け目の入り口へ行き、そして、腰の剣を引き抜いて掲げ持った。
剣は熱を帯びると、光を放ち始めた。
「じゃあ、いくよ。まず、左下。それから斜め上に振り上げて。そう。そしたら、水平に左に戻って。今度は右斜め下に振り下ろす。そうそう、いいね。そしたら、そこから左斜め上にふりあげて。で、最初の左下に戻る。そうそう…」
イシュは満足そうに頷いた。
「ジーの描いてくれたその紋章が、邪の動きを弱めてくれることになるんだ。」
裂け目の入り口に、星形の輝きが浮かんでいた。
「永久の闇に還れ、闇の彼方で眠れ…」
イシュは裂け目の奥へ力強く言うと、不思議な人語ではない、言葉を歌った。
壁が左右からゆっくりと動き、ぴたりと閉じた。裂け目からは音一つせず、静けさだけが残った。
24 イシュの旅立ち
「さてと。最後の仕上げをしたら、いよいよジーたちともお別れだね。寂しいよ。」
イシュは、しみじみと言った。
「元々の世界に帰るんだな。」
光狼は、金色の瞳で静かに白い顔を見つめた。
「うん。」
イシュは、頷いた。
「ねえ、またいつか会えるわよね?」
ジーが問いかけた。
「千年待ってくれる?」
イシュは寂しそうに微笑んだ。
ジーは苦笑した。
イシュはジーの腰に抱きついた。
「ジー、本当にありがとう。
ジーがいてくれなかったら、この世界は、邪の穢れた世界になるところだった。
この頼りない仮の姿を護ってくれて、本当にありがとう。大好きだよ、ジー。」
ジーも何か言おうとしたが、胸が詰まって言葉にならなかった。
「ジー、君なら必ず聖獣になれる。」
イシュは優しくジーの瞳を見つめた。
「マニの果実を手に入れられたらということ?」
「シャクティーアに遭うことがあったら、聞いてごらんよ。
でもね、僕が言いたいのは、そんなものを使わなくても、ジーは聖獣になれるということだよ。僕には分かる。ジー、君の中には、まだ封印されている未知のものがそんざいしているから。」
「未知の存在?何それ…」
ジーは戸惑った。
「ジーなら、必ず上手くやるよ。」
イシュは励ますように頷くと、ジーの腰骨に頬を摺り寄せた。
しんみりと見ていた、光狼にイシュは走り寄った。
「リュウ、ありがとう。貴方のお陰で、こうして無事に裂け目を塞ぐことができたよ。」
イシュは、光狼の豊かな胸の毛に顔を埋めた。
「いや、俺は全然…」
リュウは照れ臭そうに言った。
「リュウ、貴方も早く思いを果たして、こちらに来てね。瑠璃色の羽根は、もう貴方の背にあるから。」
「ああ、いつか必ず…」
リュウは言うと、イシュの柔らかそうな頬をペロリと舐めた。
イシュは、隅に置いてあった。ルーイシュアンの宝石を手に取った。
イシュの身体全体から眩しい輝きが現れた。
イシュは、一瞬で光り輝く銀色の龍の姿に変化していた。
その巨体は眩いばかりにうねっていた。鱗一つ一つが七色のプリズムを発している。背中には、柔らかそうな銀色の鬣、所々に、透き通った翼が生えていた。
龍のイシュは、菫色に輝く瞳で二人を見つめた。
「これが僕の本当の姿だよ。」
「凄いわ!」
ジーは感動したように言った。
「シャクティーアみたいだわ。」
「同じところで生まれたからね。」
イシュは楽しそうに言った。
「さて、準備はできたようだ。」
イシュは呟いた。
イシュの龍体が波打つと、七色の輝きは、更に強さを増した。
イシュの口から光の塊が飛び出してくると、床にあった宝石の中に吸い込まれていった。
ルーイシュアンの宝石は、激しく輝いた。
イシュは、閉じたドアの前に行くと、ルーイシュアンの宝石を、器用にはめこんだ。
宝石は、穏やかな輝きを放っていた。
「これでよしと。」
イシュが満足げに頷いた。
「これが僕の役目なんだ。僕の身体からしか、ルーイシュアンの宝石のエネルギーは生まれない。だから、千年に一度、こうして新たなエネルギーを補充してあげることによって、ルーイシュアンは新たに輝きを取り戻すんだ。そうしなければ、ただの石だからね。」
龍の優しい瞳がジーを見た。
「最後の頼みなんだけど…」
「何?」
「この封印の間の鍵、このペンダントをボーボーラにまた預けて欲しいんだ。」
「分かったわ。必ず届ける。」
ジーは頷いた。
「ありがとう。じゃあ、本当に行くね。」
イシュは呟いた。
イシュの銀色の龍体が輝きを増した。
「入り口は僕の力で少しの間だけ開くから、急いで脱出して。
ジー”本当の世界”で会えるのを待っているよ…」
激しい輝きの中で、イシュの澄んだ声が響いた。
「必ず行くわ!」
ジーは光に叫んだ。
「元気でね!」
一瞬、光の大爆発が起きたようだった。
ジーとリュウは目を閉じた。
再び目を開けると、元の静かな洞窟が広がっていた。
ジーは、静かに輝くルーイシュアンの宝石に歩み寄った。
「イシュ…」
ジーは呟くと、そっと宝石を撫でた。
「何か願い事をしたのか?」
可笑しそうにリュウが問いかけてきた。
「まあね。」
ジーはニヤッと笑った。
「あんたもしたら。」
「いや、俺は迷信は信じない。」
「あら、マニの雫はあったじゃない。」
「……」
リュウは黙ってジーをみつめると、宝石に歩み寄り、宝石の表面をペロリと舐め上げた。
「あら、やだあ…」
ジーは、苦笑した。
「撫でるのも舐めるのもそう変わりはないさ。」
リュウはウインクをした。
「さてと、行くとするか。入り口が閉まる前に。」
「ええ。」
ジーは、ペンダントをしまい、黒豹の姿をとった。
部屋を出るとき、ジーは一瞬振り返った。
ルーイシュアンの宝石は、壁の中央で、静かに輝いていた。
エピローグ
穏やかな顔をした黒豹と、光狼は、砂丘に立ち、巻貝のような神殿を眺めていた。
困難な旅立ったが、終わってみると妙な清々しさを感じていた。
ジーはちらりとリュウの顔を見た。
金色の瞳は、神殿を通り越し、どこか見知らぬ世界を映しているかのようだった。
「終わったわね。」
「ああ…」
「モルバブジも哀れな男だったわ。」
「ああ…」
「モルバブジは本当に消えたのかしら?」
「さあねえ。消えたかもしれないし、消えなかったかもしれない。」
リュウはぶっきらぼうに答えた。
「万が一しぶとく生き残っていたとしても、モルバブジにしても、邪の欠片にしても、見つけ次第、俺が葬る。」
リュウは力強く言った。
ジーも頷いた。
「これからシュアの風を探しに行くのね。」
「ああ。今度はセシャの谷の方へ行ってみる。」
「かなり北の方ね。」
リュウは、ふとジーの瞳を見た。
「あんたはどうするんだ?」
黒豹の金色の瞳がキラリと光った。
「半聖獣なんてまっぴらごめんよ。私は、私なりのやり方で聖獣を目指す。
そして、イシュが言っていた、私の中の封印されたものを探してみるわ。」
「ああ、それがいい。」
リュウは頷くと、ジーの瞳を見つめた。
ジーもリュウの瞳を覗き込んだ。
リュウの口が、何か言いたげに開いた。
「おーい!」
のんびりした声が、上空から響きわたった。
大きな鷲が二人の前に舞い降りてきた。
「ティック!」
ジーは呆れたように叫んだ。
大鷲は、優雅に地面に足をつくと、一回伸びをするように羽ばたくと、羽根を畳んだ。
「よう、任務はおわったのかい?」
「あんた…」
「あれ、イシュは?」
ティックは辺りを見回した。そしてリュウをしげしげと見た。
「おお!聖獣様じゃないか!あんたが噂の…」
「さあ、どうかな…」
リュウは苦笑した。
リュウは素早くジーの鼻先に鼻を付けた。
「またいつかどこかで会おう!」
リュウは言うと、軽やかに砂漠の彼方へ向かい、北の方を目指して、走り出した。
ジーとティックは、無言でそれを見送った。
段々と小さくなる光を、ジーは輝く瞳でいつまでも見つめていた。ティックは、楽しそうにジーの様子を見ていた。
「惚れたな…」
ティックは冷やかすように言った。
「そうかもね。」
ジーはまっすぐな瞳をティックに向けた。
ティックは、戸惑いを感じた。
「ジー、何か変わったな。雰囲気というか…」
「それより、あんたって人は…」
ジーはため息をついた。
「まったく、いつも用が終わった後に、来るのね。」
「お言葉だなあ。これでも心配して、力になろうと追いかけてきたんだぜ。散々探したんだからな。」
ティックは肩をすくめた。
「さて、イシュとの約束の、鍵をボーボーラに返しに行って、それから…」
「おい、カーロがジーとイシュを心配してたぞ。
ティックは呆れたように言った。
「そうね。」
ジーは首を振った。
「一度戻ろうかな。
落ち着いたら、今度は聖獣になるための旅をするわ。本当の聖獣になるためにね。」
ジーはそういうと、砂漠の彼方をもう一度見やった。もう光狼の光は見えなかった。
「俺も聖獣めざしてみようかな…」
ティックがぽそりと言った。
「あんたには無理だね。」
ジーは笑いながら決めつけると、瞬時に人の姿をとった。
「ティック、リョッカのオアシスまで乗せてってよ。」
「体重増えてないだろうな、おっと!」
ジーの繰り出した獣身の太い腕と鋭い爪を、大鷲は慌てて避けた。
「仕方ないなあ。じゃあしっかりつかまってろよ。」
ティックはそういうと、ジーを乗せて、空高く舞い上がった。
どこまでも続く青空の下、大鷲はとジーは、リョッカ目指して飛び立った。
おわり
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