虹の卵物語~7

13 ケプラシモンの教え

!」
ケプラシモンが言葉を不思議な振動を伴い発すると、座り心地の良さそうな椅子が三つ、何もない空間から現れました。
それを三人に勧めると、自分は空中に、何もない空間にまるで椅子があるかのように、腰を掛けました。
「座り心地はどうじゃ?」
「ケプラシモン様は…」
「わしはこれで具合がいいのじゃ。」
マオとタオは、不思議そうにケプラシモンの見えない椅子を見ました。

「そもそも、この世のすべてのものは、常に振動しておるというところから理解してもらおうかの。
魂も振動しておる。わし等の身体もじゃ。目には見えんが、いつも振動しておる。
光の龍から生じたものは、動くもの動かんもの、全てが振動しておるのじゃ。
振動する存在であるわし等の口から生み出される言葉も、もちろん振動しておる。
言葉は目に見えんが、生き物に近いところがあるでのう。全く中性的な生き物じゃがの。使う者によって、善にでも悪にでも変わるがのう。

本来、言葉とは、外殻を成す意味と、それを動かす音とで出来ておる。そして、それらは振動そのものだから、他の振動するものに影響を与えることができるのじゃ。
言葉の意味が方向を決め、音が動かす、そういうことじゃ。

本来、言霊と音霊は、表裏一体の存在でな。言霊使いは音霊使いとも言えるのじゃ。
お前たちの場合は、言霊音霊とはっきりわかれておるのが面白いのう。

大事なことじゃが、言葉の一つ一つには、意味と命があるのじゃ。
”あ"をとってみても、奥深い意味を持ちながら存在しておる。生きておる。バラバラの音が集まり、一つの意味を成す言葉となり、それぞれの音のエネルギーが一つに合わさり、共振し、魂が宿るというわけじゃ。
従ってじゃな、何気なく使っておる言葉は、実は物凄い力を秘めておることになるのじゃ。じゃから、言葉の持つ意味を考え、特性を引き出すことが、言葉と音を使いこなす者にとり大切なのじゃ。

直接の影響を与えるということは、本来言葉は慎重に扱わねばならないものなのじゃ。
言葉の持つ意味は、そのまま周囲に影響を与えるでのう。清い心で、善なる振動で、言葉自体のエネルギーを高めてやらんといかんのじゃ。
悪しき振動で言葉を使い続けると、言葉自体が穢れ、わし等の住む世界にもその穢れが広がり、大げさに言えば、穢れた言葉と共にわし等も穢れやがては滅ぶことになるのじゃ。

聖なる意識を持ちながら命を吹き込み、一つの生物として言葉を扱いこなす者を”言霊使い”、聖なる振動で音を創り出し使いこなす者を”音霊使い”と呼ぶ。音で言葉に命を与え使いこなす、言音使いにならねばならぬ。
生命は万物に宿る。それが真実だからこそこのようなことができるのじゃ。
正しく、光の龍の息吹の恩寵じゃろう。」

双子は、ケプラシモンの長い話を、大人しく最後まで聞き取りました。
「何で、私たちの言霊音霊は、目に見えるの?」
マオが尋ねました。
「お前たちがきちんと、魔法エネルギーを引き出して使っている証じゃ。」
ケプラシモンが微笑みました。
「魔法エネルギー?あのむずむずする感じのこと?」
「そうじゃ。それはエネルギーが生まれてくる兆しなのじゃ。
魔法エネルギーとは、森羅万象の根幹を担うエネルギーなのじゃ。
そもそも、誰しも身体の中にエネルギーが通う道があるものじゃ。
生きるために、わし等は日ごろ無意識に、エネルギーを循環させておる。
魔法エネルギーも実は空気中に充満しておるものなのじゃが、これは普通のエネルギーのように、ただ呼吸するだけでは何の役にも立たん。
身体を通るエネルギーと共振させながら、道を循環させて使うものなのじゃ。
魔法エネルギーを使わなければ、どんな魔道も、音霊言霊も、ただのお芝居や思い込みに過ぎなくなる。力のある魔導士ほど、その魔法エネルギーの使い方に熟達しておるのじゃ。
訓練すれば、まあ、誰でも初歩位はいけるじゃろうがのう。
お前たちは、魔法エネルギーを扱うかなりの力が無意識にあるようじゃ。その強く引き出された魔法エネルギーによる振動が、言葉と音の持つエネルギーを清め、高めて、視覚化できたのじゃろう。」
「綺麗な心で、心を込めて言葉を使えってこと?」
「そうじゃ。」
「悪い心で言葉を使ったら、どうなるの?」
「心だけじゃないぞい。言葉の持つ意味を考え、慎重に使えと言っておるのじゃ。」

ケプラシモンは、懐から小さな小石を出し、双子に見せました。
「これは、太古に存在していた生き物の化石というものじゃ。
タオよ、これを持ってごらん。」
タオは言われたとおり、それを受け取りました。
小さな巻貝らしきものの形が、灰色の石に浮かび上がっていました。
「タオよ、それに向かい、魔法エネルギーを使い、タオが思う何か良い言葉をかけてごらん。」
ケプラシモンは、タオに言いました。
タオはしばらく考え、集中し言葉を口にしました。
!」
化石が微かに震えると、淡く輝きだしました。

「では、タオよ。今度は自分で思う悪い言葉…そうよのう、壊せとでもかけてごらん。」
タオは頷くと、集中しました。
!」
一瞬で輝いていた化石が、砕け散りました。
タオは呆然と、化石の欠片をみつめました。
「そういうことじゃ。では、マオよ、この欠片に EA・OO・Humの音をかけてみるのじゃ。」
マオは静かに集中すると、化石の欠片に向かい声を出しました
EA・OO・Hum…」
驚いたことに、砕けた化石の欠片が、まるで時計を逆回転させたかのように動き、元に戻りました。
「では、二人で一緒に力を使って甦とOをこの化石にかけてごらん。」
マオとタオは顔を見合わせ、頷くと、口を開きました。
 甦!」
Oooo…」
言葉と音のエネルギーが混ざり合い、絡み合って化石を包むと、一つの輝きになりました。激しい振動が起こり、化石が一瞬内側から発光しました。
輝きが収まると、そこには色のない石化した姿ではなく、色鮮やかな巻貝がありました。

「す、すげえな…」
固唾を飲んで見守っていたカイトが、思わず声を漏らしました。
「良く出来たのう。感心じゃ。」
ケプラシモンは満足気に頷きました。
「良いか、そういうことなのじゃ。
言葉と音は、使い方ひとつで武器にもなれば薬にもなるのじゃ。お前たち、これからは心して使うのじゃぞ。」

「ケプラシモン様、僕たちこれからは普通に話せないの?」
タオが不安そうに尋ねました。
「ほっほっほ…そんなことはないぞい。
魔法エネルギーを呼び起こさなければ良いのじゃ。
慣れてくれば瞬時に思うがままに使いこなせるようになるから、ある意味注意せねばならんがのう。お前たちも、日ごろ良い言葉を使うよう心掛けとくと良いじゃろう。
この力は、古の人々は、普通に使えたのじゃという。
普段はテレパスを用いて会話をし、大事なことは、言葉と音を使って話したのだそうじゃ。
自我が暴走する人々が増えるにつれ、この力は廃れていったらしいのう。わしの師匠がそう言っておった。
日常的な言葉に気を付けねばならん良い例じゃ。」

「俺も使えるようにはならないのか、その…」
カイトが羨ましそうに口を挟みました。
「ほっほっほ…純朴で優しい辺境のフルオラの民の子だからこそ、繊細な言霊音霊を汲み取れるのじゃろう。
ガサツなお前じゃ無理じゃ。」
「へん、悪かっねガサツで。」
カイトが不貞腐れたように言った。
「ああ、お前にも出来ることがあるぞい。
日ごろの会話でも言葉は気を付けて使うのじゃぞい。何気なく使う言葉にも細心の注意を払い心をこめるのじゃ。
そうすれば、言葉の持つ意味を受け取れることが出来るじゃろう。
言霊使いが使う言葉も、一般的に使う言葉も、元は同じものじゃからのう。

もちろん、全部は無理じゃろう。これだけダロダインのせいもあるが、人々の言葉が乱れてきている世の中じゃ。つい汚い言葉を吐いてしまうこともあるじゃろうし、かけられることもあるはずじゃ。
そうすると、目には見えんが、確実に汚れた言葉と音の振動で、お前たち自身も段々と穢れ、堕落の始まりを引き寄せることになる。」
「そうしたら、どうしたらいいの?」
マオとタオは、心配そうに尋ねました。
「綺麗な言葉を、自分や相手に心を込めてかけてあげることじゃ。」
ケプラシモンは、カイトに目を向けニヤリと笑いました。
「お前は、”くそったれ”などと、ちょいちょい叫んでおるようじゃが…」
「それがどうした!」
カイトは戸惑ったように言いました。
「相手も穢れるが、お前自身も自らくそまみれになっていることを忘れんようにな。」
「うっ…」
カイトは返す言葉に詰まっていました。

「魔導士たちの使う呪文と、どこが違うの?」
マオが尋ねました。
「大きく言えば、根本は一緒じゃ。
彼等の呪文とて、言葉がなければ始まらん。
魔導士たちの使う呪文は、決まった枠に言葉をはめ込み、その枠が指し示す方角へエネルギーを送り、目的を叶える、そんなところじゃ。
じゃが、わしの言っている、言霊音霊は、単純なほど生き生きとしてくるのじゃ。
それは言葉の本質を引き出し音により命を吹き込み、使うからじゃ。
言霊使い、音霊使いは、言葉本来の役割を磨き、丁寧に扱うことで、言葉たちから信頼されてくる。そうなれば、面倒な呪文など覚えなくとも、言葉の方から必要な言葉が出てくるわい。わしなどは、いつも言葉と戯れておる。」
ケプラシモンはそう言うと、豪快に笑いました。
「一回で理解しようとせんでも良いぞい。追々わしの言っておることが分かって来るじゃろう。
さて、そろそろ腹も減った頃じゃろう。今日は色々あったからな。
明日は実践じゃ。少々本格的な手ほどきをしてやろうかのう。」
ケプラシモンは、嬉しそうに微笑みました。

14 森の海

それから数日後のことでした。
ケプラシモンが、マオ、タオ、そしてカイトを呼び集めました。
「さあてのう。カイトもいよいよ飽きてきたことじゃろうし、お前たちも大分力を自分のものに出来るようになってきおったということで、いよいよお前たちに旅立ってもらうことにしようと思っておる。
マオもタオも命を持つ言葉と音と、なかなかの友だちになって来たみたいだから、大丈夫じゃろう。後は応用じゃ。」
ケプラシモンは、一人頷きました。
「ダロダインの暴走を止めるためには、お前たちだけでは無理じゃ。
、元素の使い手と、見る者の力があると、かなり有利に進めることができると思うのじゃ。
そこでじゃ、以前風の噂で、遥か南の密林の中にあるベロダン村に、精霊の使い手がいると聞いたことがあるのを思い出したのじゃ。
その者を仲間にするのじゃ。」

「仲間にするのじゃって…」
カイトは呆れたように呟きました。
「大丈夫じゃ。必ず仲間になってくれるじゃろう。
確かその者は、”青い宝石”と呼ばれていたと思ったな。」
「ったく…で、見る者は?」
カイトが尋ねました。
「それがのう、わからんぞい。」
「何だって?」
「確か北の方の街にいるらしいとしか、分らん。まあ、行けばどうにかなるじゃろう。
さもなくば、コンコドルのアルジオに占ってもらえば分かるじゃろうて。」
「何といい加減な…それでも偉大なる最後の言霊音霊使いかい。」
カイトが聞こえよがしにブツブツ言いました。
「さあさあ、一刻も早くその者たちを連れてここに戻るのじゃ。全てはそれからじゃ。」
ケプラシモンは、すまして言いました。
不安げな双子に、ケプラシモンは微笑みかけると、マオに小さな袋を手渡しました。
「これを持っていくがよいぞ。」
「何これ…」
マオは袋の中を、そっと覗きました。
「あっ!ラジュリライト石だ。」
マオは驚いて声をあげました。
手の平に収まるくらいの小さなラジュリライト石の原石が、黒い厚い生地で、奇妙な紋章が刺繍してある袋に収まって、中で淡く輝いていました。
「シューマで移動するより速いからのう。」
ケプラシモンが言いました。
「直に触ってはいけないぞい。ひどい目に合うからのう。
それを、その魔法袋に入ったまま上から握りしめ、”AEA”という音霊を使ってごらん。
その時、目的の場所を、言霊を使って発すれば、自由に移動できるぞい。多勢で移動する時は、みんなを囲む円を描き、その中心にマオが立ち、タオが言霊を発した後、音霊を使うのじゃ。分かったかな?」

そして、四人は部屋の外へ出ました。
「では、三人はここに立ち、そう、マオそこにこの棒で円を描くのじゃ。あ、ちょっと待つのじゃ。」
ケプラシモンは、気配に気づき森の奥へと目を向けました。
「おお、ドリュオンが来てるぞい。」
みんなが目を向けると、薄紫色の身体を輝かせドリュオンが音もなくこちらへやって来るところでした。
「ドリュオンよ、どうしたのじゃ?」
ケプラシモンが声をかけると、ドリュオンは美しく巻いた長い角のついた頭を、少し傾げました。
(ワタシモ イッショニイク…)
「珍しいのう。荒い気が満ちる巷は苦手なんじゃろうに。」
ドリュオンのテレパスを受けて、ケプラシモンは驚きました。
ドリュオンは蹄で地面をそっと掻きました。
(コノコタチヲ マモル ワタシノシメイ…)
「ほっほっほ…気に入ったのかえ?
ドリュオンは自分で好きな時に行けるが敢えてついて行くのじゃな。まあ、光の龍の申し子ともいえる二人じゃからな、お前のような聖獣も心許すのじゃろう。」

そして、マオは改めて、三人と一頭の周囲に円を描きました。
「では、みんなが戻ってくるのを楽しみに待っておるぞい。」
ケプラシモンが言いました。
「これ、ドリュオンを売ろうとしても無駄じゃぞい。
その前にお前が踏み殺されるのが落ちじゃ。」
カイトは、ドリュオンの姿を見た時、一瞬ですが、もしこの獣を売ったら幾らで買う者がいるかという考えが浮かんでいました。
「そ、そんなことしねえよ。見損なわないでくれ。」
カイトは、思わず苦笑しました。
「よしよし。カイティシアン、我が後継者の二人を頼んだぞ。ドリュオンもな。三人を頼む。
では、マオよタオよ、行くのじゃ。」

マオは、石を袋の上から握りしめました。
AEAaaa…」
マオの音霊が響くと、みんなを囲む円が浮き上がったような感じがしました。
ベロダン村
タオの言霊が、朗々と響くと、円の中の空間が歪み、みんなの姿は消えてしまいました。
「ふむ、成功じゃな。健闘を祈るぞい。」
ケプラシモンは、残った円を見つめながら呟きました。

グワァンと柔らかな衝撃と共に、歪んだ空間が元に戻ったような感じがしました。
まお、タオ、カイティシアンとドリュオンは、無事に柔らかな大地の上に立っていました。
それと同時に、ムウッとする酷い暑さと、猛烈な湿気、そして濃い空気が一同を包み込みました。
風景が一転して、樹が生い茂る密林に一同は立っていたのでした。
みるみるうちに、身体から汗が噴き出てきました。
キャアキャア響くのは、どんな獣の声なのでしょうか。ドリュオンだけは暑さが影響ないのか、涼し気な面持ちだった。

「大したものだぜ。」
カイトが額の汗を拭いながら言いました。
「一瞬でこんなところに来ちまった。
しかし、ここはベロダン村なんだろうな?でも、確かにこの暑さ、ジャングルは、ケシューマ地区に違いない。」
「ケシューマ?」
「ああ、赤道近くにある、まあ、暑っ苦しいところよ。
俺の砂漠も暑かったけど、こんなに湿気はなかったから、もっと快適だったけどな。」
「早く探しに行きましょうよ。」
マオも流れてくる汗を、手の平で拭いながら言いました。
「待て、俺が先に行く。
密林は密林でも、ケシューマ地区の密林は、生易しいところじゃないぞ。
この酷い暑さと湿気と、この地方独特の磁気の強さで、迂闊に入り込むと二度と出られないかもしれない。そうだな、森でできた海とでも言うべきか。」
カイトはそう言うと、辺りを見回しました。
(ニシノホウニ ヒトノケハイ…)
ドリュオンのテレパスが響きました。
「よし、行ってみるか。」
カイトは言いました。
ドリュオンは背中に二人の子供を乗せてくれました。
そして、カイトを先頭にジャングルの中に足を踏み入れました。

自分の力を試したいと 試行錯誤しています もし 少しでも良いなと思って頂けたのなら 本当に嬉しいです 励みになります🍀 サポートして頂いたご縁に感謝 幸運のお裾分けが届くように…