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ルーイシュアンの宝石~11

21 マニの雫

瑠璃色に輝く光狼は、飛ぶように駆け込んできた。
リュウは、蒼ざめ泣きじゃくるイシュの姿と、その足元に横たわる黒豹の姿を見た。
ジーの身体を貫く剣を見て、全てを理解した。
その瞬間、リュウの全身の毛が大きく逆立った。
リュウは一息でイシュの前に飛び込んだ。口から激しい白光を放つと、イシュとジーを取り囲む邪の欠片の群れを一瞬で蒸発させた。

リュウは見事なジャンプをすると、モルバブジの前に立ち降りた。
「うん?お前は…」
モルバブジは、リュウの艶やかな瑠璃色の輝きが眩しいらしく、目を伏せながら顔を向けた。
「てめえだけは許せねえな…」
リュウの身体の周りで、生き物のように光が燃え上がり、火花を散らし始めた。
「聖獣か…」
モルバブジは詰まったような声を出した。
「聖獣ごときに、我の力には敵うものか…」
モルバブジの眉間の目が怪しく輝くと、矢のような形をとった黄色い光が、リュウに襲い掛かった。
リュウは避けることもせず、そのまま一気にモルバブジの喉元目掛け、ジャンプした。
光狼の瑠璃色の発光は、黄色い光に触れると同時に弾き飛ばし消滅させた。
モルバブジは間髪入れず黒い霧を吐き出した。リュウは軽くそれを避けると、モルバブジの右頬の肉を噛み千切った。

「おのれ!聖獣め…」
モルバブジの顔は、青緑色の血で染まり、凄まじい形相になっていた。
モルバブジは天高く両腕を突き上げると、大きく息を吐き出した。
それと同時に、部屋の空気が重みを増し振動を始めた。振動は空気に微妙な流れを生み出した。
リュウは、瞬時に三人の周囲に輝きを広げ、光のバリアを張った。
その重い振動は、やがて一つに凝り固まり、ドロリとした悪臭と共にどす黒い靄になり、人型をとった。
その人型が、大きく耳障りな咆哮をした。さらに悪臭が部屋に増した。

「鍵とガキを奪え…」
モルバブジの唸るような声が響く。
穢れた雲の塊のような人型は、意思があるかのように三人のところに漂ってくると、光のバリアの上から覆い被さった。
光狼は体内から、瑠璃色の炎を発し、その炎は蛇の様にうねり、穢れた人型に襲い掛かった。人型は微かな悲鳴のような音を出し、霧散した。
霧散した穢れた霧は、渦を巻き舞い上がり、一つに集まりだした。

「そうだ、全てお前の毒で染め上げろ。全てを毒で満たせ。その虫けら全て死んでも構わん!」
モルバブジは叫ぶと、狂ったように笑い出した。
部屋の壁が軋むように音を立てた。
「後からゆっくり、鍵と少年の躯は頂く。この毒雲の力は、お前らを毒でくソ連るだけでない、その圧倒的な力で、この建物をも崩し去るだろう。そしてこの砂漠も全部毒に染めるだろう。構わん。素晴らしい世界だ。
さすがの聖獣も、二人を護りながら、崩れ落ちる瓦礫と圧倒的な毒に、いつまあで耐えられるかな…はははは…」

意思を持った毒の霧は、部屋に充満し、その密度を高めた。部屋は嫌な音を立て、部屋の壁がその圧力に耐えきれずポロポロと崩れ始めた。

「イシュ!俺の傍から離れるなよ。」
リュウははっきりと言った。
イシュは、ジーの首筋を抱きしめたまま、頷いた。
しかし、聖獣のバリアも、もう限界が見えていた。
少しでも気を緩めると、隙を狙って、穢れたあの毒霧が襲って来るに違いない。光のバリアは、邪悪なものには強力な力を発揮するが、物理的なものはそうでもない。しかも聖獣であるリュウの精神力も、大きく影響する。
崩れだす前に、自分一人なら何とか逃げ出すことも可能だろうが、イシュと、瀕死のジーを連れて逃げることは、不可能に近いだろう。
「くそっ、どうすればいい…」
リュウは、悔し気に呟いた。

その時、目を開けていられないほどの光の爆発が起きた。

「ぎゃあああ…」
凄まじいモルバブジの絶叫が響いた。
リュウはそっと目を開いた。
目の前に、神々しいほどの巨大な発光体が浮かんでいた。

「シャクティーア…」
リュウは、呆然とした。
光の塊は、静かに大きな鳥の姿をとると、その大きな翼をはためかせた。
はためく度に巻き起こる光のスペクトルは、部屋の隅々まで貫き部屋を輝かせる。
光の雫はシャワーの様に振りまかれ、辺りの邪悪な気配は、たちまち浄化され、精妙なる部屋に変っていった。

断末魔の声を上げ、毒の霧は蒸発した。
光の鳥は、その輝きをさらに増していく。

(メヲトジ、バリアヲツヨメテ…)

シャクティーアのものらしき、声なき声がリュウの中で響いた。
「イシュ、目を閉じろ!」
リュウは叫ぶと、全身全霊の力をこめ、聖獣の輝きを最大限まで押し広げた。瑠璃色の輝く光のドームが、三人を包み込んだ。

目を閉じていても眩しさが貫いてくる。
バリアの外では、光の大爆発が静かに起きているようだった。光狼のバリアにも幾度か激しい衝撃が来たが、辛うじて、リュウの集中した精神力で持ちこたえた。

やがて、辺りの静けさが戻ったのと、頬に柔らかな乾いた風を感じたリュウは、そっと目を開けた。

辺りは砂漠だった。

あの忌まわしい砦は、かき消したかのように消え、辺りは見慣れた、荒涼とした砂漠が広がっていた。

リュウは、ハッと我に返ると、振り返った。
「イシュ、無事か?」
リュウの問いかけに、イシュの小さな頭が頷いた。
「ジー!」
リュウは人間の姿をとると、ジーに駆け寄った
黒豹はぐったりとして、意識はなかった。
モルバブジの剣は確実に身体を貫き、血がかなり流れたようで、ジーの体温は確実に冷たくなっていった。
リュウは心臓に耳を当てた。
微かだが、鼓動は感じた
「ジー、しっかりしろ!」
リュウは叫んだ。
黒豹の耳が微かに動いたようだった。

「リュウ、シャクティーアに任せよう…」
イシュの突然の言葉に、リュウは驚き振り返った。
イシュは、穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
銀色の髪が、さらさらと風になびいている。
「シャクティーアもそのつもりで来たんだよ。今の僕じゃジーを救うのは無理だからね」
イシュはすまなそうに言った。
「いったい何を言っているんだ?」
リュウは不思議に思いイシュのあどけない顔を見た。
「シャクティーアは、その聖なる力でギャワの砦そのものを、原初に返したんだ。その本来の砂に…」
イシュは静かに微笑む。
「聖なる鍵が選んだ、ジーの勇気と心の正しさが、鍵を育て、進化させる。僕はそれを見届ける者。ジーには苦しい思いをさせてしまったけどね…」
イシュはジーの腹の下に落ちていた、ペンダントを、そっと拾い上げ首にかけた。
「イシュ、お前…」
リュウはハッとしたようにイシュを見た。

「記憶が戻ったよ。」
イシュはポツリと言った。

イシュは空を見上げた。
つられてリュウも空を見上げる。

上空に光の鳥が滞空していた。
「ティーオ…」
イシュの口から歌うような不思議な節の言葉が出た。
「ティーア…」
光の鳥からも同じような節の言葉が返ってくる。
光の鳥、シャクティーアは、ふわりと音もなく舞い降りてきた。
「僕たちは離れていなきゃ…」
イシュはそういうと、リュウを促し、少し離れて、光の鳥と横たわる黒豹を見守った。

砂の上、死を待つ黒豹の横に、光の鳥が佇んでいる。
シャクティーアは一瞬全身から輝きを放つ。
黒豹を貫くモルバブジの剣が、溶ける様に消えた。
シャクティーアの発光は、さらに輝きを増した。
光に包まれたジーの傷が、みるみるうちに塞がっていく。
シャクティーアは、細い繊細な嘴を開いた。
精妙な輝きを放つ光の雫が、数滴、黒豹のわずかに開いた口の中に吸い込まれるように消えていく。
黒豹の全身が、一瞬輝きを放った。
シャクティーアは歌うような美しい声で一節歌うと、空に舞い上がる。
一瞬で輝く光球になると、消えた。

「ジー!」
リュウは慌てて黒豹の元に駆け寄った。
「うーん…」
ジーは少し呻くと、ぱちりと目を開けた。
「リュウ…私は…」
ジーは、不思議そうに呟いた。
リュウは、無言で抱きしめた。

「シャクティーアが私の口に…」
ジーは、リュウから大まかな話を聞かされた後、呟いた。
「それは、マニの雫だよ。」
イシュが微笑んだ。
イシュは、リュウの傷を手当てしていた。
イシュの手の不思議な輝きが、リュウの身体の傷を、なんなく自然に治し、癒していった。
「マニの雫?」
「うん。ジーの激しく傷ついた、体と心を癒すためには、マニの雫しか方法はない。ジーは鍵に選ばれた者だしね。
ジーの身体に聖なるマニの雫が入ったということは、聖獣になる準備が整ったということになるね。半聖獣ていうところかな。」
「マニの雫とか、マニの果実とか、伝説じゃなかったのか?」
リュウは訝し気に尋ねた。
「半分伝説で、半分真実だよ。」
イシュは笑った。
「でも、あんた無事でよかったわ、イシュ。」
人間の姿をとったジーは、しみじみ言うと、イシュに微笑みかけた。
イシュも微笑み返した。
「あんた、記憶が本当に戻ったのね。」
「うん。」
イシュは頷くと、真っ直ぐな瞳でジーを見つめた。
「全ては戻ったよ。
さあ、スギライ・ロー神殿に向かおう。詳しいことはあとだ。一刻も早く封印をし直さないと…」

22 スギライ・ロー神殿

砂漠の風は止み、遥か彼方から、新しい朝の光が生まれてくる。
「僕はこの世界の存在じゃないんだ。」
イシュは淡々と言った。
「光の使者が邪を世界の裂け目に閉じ込めた時、手伝うために召喚された。
ところが、一つ思わぬ弊害があってね。僕の姿は、こちらでは維持できないということだった。仕方なく、光の使者は僕を人型に現身として固定した。人型を維持するということは、本来の記憶が消え、力も消え、生まれたての赤ん坊の様になるということだった。
光の使者は戸惑ったものの、とりあえず儀式をし、封印した。僕が携えてきたルーイシュアンの宝石は、その力は消えてなかったんだ。
ルーイシュアンの宝石は、その輝きで邪を退ける。存在自体が祝福されたものだからね。
それがおかしな風に伝わったらしく、願い事をかなえるとか、そんな宝物と思われてしまったようだけど。」
イシュは面白そうに笑った。
「だけど、石の力は千年に一度弱まるんだよ。その時、僕がその力を新たにする役目を受けている。」
「あんたが?」
「そう。僕はそのためにまたこの世界にやって来たんだ。
ところが邪の奴、こちらの世界に残されていた残党を使い、弱まった時を利用し、封印を破りこの世界へ戻ろうと企んでいたらしい。
僕は、それを感じ取り、すぐさまボーボーラの元へ向かった。
鍵を返してもらい…鍵にもルーイシュアンの宝石が埋め込まれているんだけど…スギライ・ロー神殿の封印のある部屋に行くには、その鍵の宝石と、封印の宝石が反応しあわなければ入れないんだよ。
僕は、鍵を受け取った時、鍵の弱っている状態を把握し、鍵を強固に転生させるために、新たなエナジーを与えないといけないことを悟った。
鍵自らが、その時僕にビジョンを送ってきた。
”黒豹”とね。
僕たちとは違う聖なる使命を担う運命を持つ黒豹、それは確かに鍵を救える…僕は瞬時に理解した。
それで、シャクティーアを呼ぶと、その黒豹を探しに旅立つことにした。
シャクティーアのビジョンで、聖なる力の器の運命を持つ豹族がいるということを知ったんだ。大急ぎで、シャクティーアにその豹が育ったという、村の近くの森まで運んでもらったんだけど、
どこで聞きつけたのか、モルバブジ本人が鍵を狙い、僕の後を追ってきてしまった。僕はこんな無力の状態だから、逃げるしかなかった。
その時の恐怖で、記憶はさらに喪失して…
あとは、カーロさんのところで聞いたことにつながるんだ。」

「ちょっと、あんた。」
ジーは呆れたように言った。
「シャクティーアと友達だとでもいうの?」
「うん。同じところで生まれたんだよ。会うのは久しぶりだけどね。」
イシュは嬉しそうに答えた。
「シャクティーアは、気まぐれに見えるだろうけど、彼は彼なりにこの世界の聖性を保とうとしているんだよ。
今回の邪の怪しい動きを僕に伝えてくれたのも、彼なんだ。
いつでも好きな風にできるんだよシャクティーアは。
僕はこちらの世界に来ることは、普段はできない。一人で千年に一度来れるんだけど、その時その衝撃で大事なこと以外、記憶を無くしてしまうんだ。」
「衝撃って?」
「高い精妙な波動が、荒い波動に同調するときのことだよ。
この世界に降りてきた最初のショックで自分を忘れる。鍵を手にしたときに、更に記憶を失う。鍵は僕の記憶を一時的に封印することによって、僕の使命を行いやすくするんだ。
鍵とはビジョンで会話できるし、心強い味方のシャクティーアもいるから、僕は安心して、鍵を育てる選ばれし”心正しき者”を探すことができる。
僕はその”心正しき者”と封印の間へ向かうことになるけど、鍵は必ず試練を体験させるんだ。
僕の記憶は、聖なる鍵が完全に”心正しき者”とみとめたとき、僕の記憶は完全に蘇るんだ。
ジーが封印魔法を破った時、僕の記憶の封印の解けた。」
イシュは優しく微笑み、ジーを見た。
「何か、良くわからないけど…でも、あんたがそういうなら、そうなんでしょうね。」
ジーは苦笑した。

「ほら、あれがスギライ・ロー神殿だよ!」
イシュが叫んだ。

遥か前方に、巻貝のような形の大岩が見えた。

三人は、天まで届きそうな、スギライ・ロー神殿の前に立っていた。
ツルツルとした不思議な材質でできたこの建物は、巻貝の様に、左巻きに渦を巻き上へ伸びていた。
入り口らしきところには、砂色の大きな石で塞がっていた。
リュウは近づき、試しに押してみたが、びくりともしなかった。

イシュは前に進み出ると、石の上にその小さな手を置いた。
「ファーラァー…」
子供の声とは思えないほど、朗々と力強く響く。
その振動で、石が揺れると重そうな音を響かせてゆっくりと動き、空間を現した。
「急いで中に入って。」
イシュはそういうと、素早く中に入った。
ジーとリュウも後に続いた。
その背後で、石が激しい音を立て元の通りに入り口をふさいだ。
「閉まっちまったぜ。」
リュウは驚いたように言った。
「大丈夫だよ。」
イシュはクスリと笑う。
「一年に2度、時節変換のときには、自然に開くんだけどね。」

不思議な空間だった。
柱というものは使っておらず、ただ支柱のない螺旋階段があるだけだった。
床には色とりどりのレンガが、左回りに円を描いて埋め込まれていた。
所々、壁に開いている穴から、外の光が入るのだろう、神殿の中はほの明るかった。
「僕の後に付いてきてね。」
イシュはそういうと、螺旋階段を上がり始めた。
上がっては下がり、下がったかと思えはまた上に上がっている。ぐるぐる回りながら進んで行くにつれ、上や下の感覚がなくなってきて、無限の中を歩いているようだった。
「イシュ、どこまで行くの?」
ジーは少々不安に駆られていた。
「もちろん、封印の小部屋だよ。」
イシュははっきりと答えた。

もう、かなり高見まで登ってきたような気がしていたジーだったが、ふと上を見上げ驚愕した。
「私たち、下がっているのね!」
ジーと同じようにリュウも驚いていた。
イシュはクスクス笑った。
「この螺旋階段は、上へ上がれば上へ行くようになっているんだ。
だけど、必ず会談の右側を歩かなければならないという掟がある。
何も知らないで、この神殿にさ迷いこんだついてない人が、真ん中や左側を通って階段を上がってしまうと、永久に螺旋を行ったり来たり。
無限回廊に近いんだ。」
イシュの言葉に、ジーとリュウは顔を見合わせた。

「さあ、着いた。」
イシュは元気よく言った。
永遠に思えた螺旋階段の終着点に、いつの間にかついたようだった。
入り口と同じような円形の床に、色とりどりのレンガが左巻きに敷き詰められている。まるで、また一階に戻ったような錯覚に陥った。
「鍵を開けるよ!」

イシュはそういうと突き当りにある扉の前に立った。
不思議なレリーフが彫られたドアの中央に、丸い窪みがある。
イシュは首からペンダントを外すと、その窪みにペンダントの石を合わせ、押し当てた。
その瞬間、鍵全体が、紫紺の光を放った。
「よし、中のルーイシュアンの宝石と呼応しているね。」
イシュが満足そうに頷いた。
封印の間のドアが、すっと音もなく開く。
「さあ、封印の間へ…」
イシュは力強く言った。

自分の力を試したいと 試行錯誤しています もし 少しでも良いなと思って頂けたのなら 本当に嬉しいです 励みになります🍀 サポートして頂いたご縁に感謝 幸運のお裾分けが届くように…