虹の卵物語~9

17 青い宝石

「何だって?」
カイトは驚いて叫びました。
「冗談じゃない。こんな危険極まりない、気色悪い生き物は始末しなきゃしようがねえだろう。」

(ロアンガゴッゴハ ワルイキヲウケ ボウソウシテイルダケ…)

ドリュオンの静かなテレパスが、そこにいた者の心に響きました。
「そうだ。ロアンガゴッゴは、本当は大人しい生き物なんだよ。彼の長い体は、汚れた水を浄化しきれいな水に戻す機能があるんだ。
暴走し始めてから、彼はそれをしてないから、この沼は死にかかっているけど、本当のルピナ沼はとても透明度が高い澄んだ池なんだ。
彼の浄化のお陰で、ここに住む人々の貴重な水として使うことが出来るんだよ。」
小柄な人は、静かに言いました。
「じゃあ、どうするんだ。おっと…」
カイトは不意に飛んできた緑の液体を、慌てて避けました。
「眠らせてくれないか?出来ることなら、彼の心を落ち着かせ、取り戻してほしい。」
小柄な人物は、懇願するように言いました。
「出来るか?マオ、タオ。」
カイトが、二人の顔を見つめました。
二人は、顔を見合わせました。
「ケプラシモンの指導の成果を、試す時だ。」
カイトがニヤリと笑いました。
二人も微笑むと、頷きました。
「やってみる!苦しんでるロアンガゴッゴを放っとけないよ。」
マオが言いました。
「ロアンガゴッゴ、可哀そうだよね。」
タオが言いました。
「ありがとう…」
小柄な人は、青い睫毛を伏せて目を閉じました。

マオとタオは、一歩前に出ると、ロアンガゴッゴを見つめました。
二人の身体を、それぞれのペンダントの光が守るように包みました。
TeeeeOoo…」
マオの口から出た音が、オレンジ色の光となって飛び出ると、ロアンガゴッゴに向かいました。
光は、螺旋を描きつつ進み、ロアンガゴッゴの上空まで来るとスパークし、その螺旋の光の中に身体ごと包み込んでしまいました。
ロアンガゴッゴは、驚いたように光の中でその巨体をうねらせようとしましたが、全く動くことが出来ない様子でした。

LaaaRaaa…」
震・魂・振・真 邪を祓え!
マオとタオの口から飛び出た、音と言葉は、眩しいくらいに光を放つと、オレンジと緑の光の線になり、絡み合いながら螺旋状に回転しつつ、光の中で動くこともできずにいたロアンガゴッゴに向かいました。
そして、ロアンガゴッゴを先の光の下からクルクルと絡みつくと、スパークして光の中に包み込んでしまいました。

「ブォォォォ…ブォォォン…」
ロアンガゴッゴの咆哮が、光の中から微かに聞こえてきます。
光が静かに収まると、ロアンガゴッゴが、その半身を沼にいれたまま、ぐったりとみんなの近くまで伸び横たわっている姿が現れました。

「どうしたんだ?」
カイトが目を見張り、ロアンガゴッゴに近寄り、剣の先でつついてみましたが、ピクリともしません。
「ロアンガゴッゴは、自分を取り戻したようだ。
今まで自分に入り込んでいた邪が、光のお陰で祓われ浄化されて消えたのだろう。
今はショックと疲労で気を失っているだけだろう。」
小柄な人物も、カイトの傍に立ち、ロアンガゴッゴに優しく青い指先で触れました。
「沼に戻れるかな…」
マオが呟きました。
「それは任せてくれ。水の精に手伝ってもらおう。」
小柄な人物は、そう言う両掌を向き合わせました。

「偉大なる神の名において、水の精よ、我に力を貸したまえ。」
小柄な人物は、両手を天高く掲げると、不思議な節の歌を歌い始めました。

すると、沼の水が波立ちました。
ザーッという音と共に、その不思議な節に合わせてぐったりとしている、ロアンガゴッゴのところまで水が流れていきました。
ロアンガゴッゴは、意識を取り戻したようで、ゆっくり自分で身体を蠢動させると、水を利用してその流れに合わせ、胴体を沼へと滑らせていきました。
沼からの水が、優しくその動きを助けるように、沼の方へと流れを変え導きました。

(アリガトウ…)

不思議なテレパスが、みんなの心に響きました。

ロアンガゴッゴの巨体が、ゆっくり沼底に沈んでいくのを見届けると、小柄な人物は、歌うのを止めました。
「ロアンガゴッゴがお礼を言っていたね。それにしても…」
小柄な人物は、その大きく澄んだブルーグリーンの瞳を双子に向けました。
「本当に何てお礼を言ったらよいか…君たちがいなかったら、ロアンガゴッゴは暴走したまま腐った水ごと死んでいただろう。」
小柄な人物は微笑みました。
柔らかな風が、青い巻き毛を揺らしました。形のいい唇から、白い歯がこぼれました。
「音と言葉の魂を掴んでいるんだね、君たちは。凄いなあ…」

「あのう…ベロダン村の村長さんに聞いたのですが、あなたが”精霊の使い手”さんなのでしょうか?」
マオが尋ねました。
「ははは…使い手か。」
小柄な人物は、楽し気に笑いました。
「青い宝石って呼ばれていると、ケプラシモンが言っていたよ。」
タオが言いました。
「僕の肌の色からついた呼び名だよ。宝石ほど美しいとも思わないけどね。」
小柄な人物は、そう言うと自分の身体を見下ろしました。

ベルベッドのような美しい光沢を放つ、深い青みを感じさせる肌の色でした。
「海の精霊のよう…」
マオがうっとりと言いました。
「青い月の精の、祝福を受けて生まれたから、そう幼い頃聞かされた。本当かどうかは分からないけどね。僕の一族の中で、たまに神の気まぐれで青い肌の人が生まれるらしい。
僕の使える力は、自然界の精霊たちに働きかける力なんだ。
魔術でもなんでもない。彼らの力を、少し貸してもらうだけなんだよ。
そうだね、友達に協力してもらっているといってもいいかな。
友達だから、仲良くもするし、時々喧嘩もする。」
「喧嘩?どうなるの?」
タオが興味深そうに尋ねました。
「腹を立てた精霊たちが、いたずらしてくるとか、何か頼んでも無視するとか…」
「さっきの不思議な歌が、精霊さんとお話しする方法なの?」
「そうだよ。色んな歌があるんだ。」
小柄な人物は、嬉しそうにニッコリ笑いました。

「ところで、俺たちはダロダインを懲らしめるために、一緒に行く仲間をさがしているんだ。」
カイトが言いました。
「ケプラシモンの爺さんが、青い宝石というあんたと、見る者とか言われている人を、仲間にして連れて来いと言い張るんでね。」
「ああ、ケプラシモンか。なるほど…この子たちは、そのお弟子さんなんだね。」
小柄な人物が感心したように、二人の子供を見つめました。
「僕の力が役に立つというのなら、喜んで僕もお手伝いをするよ。
穏やかに静かに暮らしていたロアンガゴッゴを、あんなに苦しめたことは、許せないからね。
それに、あいつの力が、この先また眠れる者たちを呼び起こさないとも限らないからなあ。」
小柄な人物は頷きました。
「村長にはテレパスを送っておこう。ロアンガゴッゴは元の穏やかな自分を取り戻し、沼で眠っていると。」

小柄な人物は、沼の端に置いていた自分の荷物を取り肩にかけた。
「ドリュオンか…綺麗だね。君も参加しているのか。」
小柄な人物は、そっと近づいていた。ドリュオンに気が付いて言いました。
ドリュオンの鬣を、優しく触れました。ドリュオンもそっと目を閉じています。
「自己紹介がまだだったね。
僕の名前はシンバ。この奥の小さなキューアラ村に住んでいる。よろしく。」
小柄な人物”シンバ”はそう言うと、微笑みました。
「俺はカイティシアン。カイトと呼んでくれ。で、マオとタオだ。よろしくな。ところでシンバ…」
カイトは思案気に口を開きました。

「山の隠居が言う”青い宝石”のあんたは見つかった。
でも、”見る者”の居場所は見当もつかない。爺さんは、北の方にいるとか言っていたが、どうだかな。何か知らないか?」
「見る者…」
シンバはそう言うと、しばし黙り込みました。
「やっぱり、アルジオさんのところに行って、占ってもらった方がいいのかな?」
タオが心配そうにマオに言いました。
「うん、間違いない。」
シンバが一人頷きました。
「以前平和だった頃のドムドラに行ったとき、その見る者の噂を聞いたことがあったことを思い出したよ。
確か極に近い最北の小さな共同体に、恐ろしく全ての者を見通す者がいると。ただ、その者は余りにも繊細過ぎて…きっと人の心の中も見れてしまうのだろうね、滅多にその力を使うことはないし、人に会うようなこともしないということらしい。確か名前は、マナコ…」
「それはやっかいだな…」
カイトが困ったように首を振りました。
「でも、行ってみないと分からないよ。一生懸命お願いすれば、話くらいは聞いてくれるよきっと。」
マオが言いました。
「マオは楽天的だなあ。羨ましいぜ。」
カイトが苦笑しました。
「よし、じゃあ行ってみるか。シンバ、その共同体の名前はしらねえか?」
「うーんと…」
シンバは、唇にその細く美しい青い指を当てて目を閉じました。
「何だっけ、そう…シャロラ…シャロラック…いや、シャロラッカだったと思ったな。」
「よーし、マオ、タオ頼んだぞ。シャロラッカまでひとっ飛びだ!」

18 隠れ住む乙女

マオとタオの言霊音霊は、一行を一瞬で無事に彼の地へと運んだようでした。
一瞬光を放つと、円は静かに大地に溶けていきました。
急な風景の変化に、みんなは戸惑いを隠せませんでした。

「不思議な技だね。」
シンバが感心したように、二人の子供に話しかけました。
「ラジュリライト石に、そのような便利な使い方があったなんて知らなかったよ。」
「しかし、あの蒸し風呂のような世界とは大違いなところだぜ。極に近いせいか、ちょっと寒いな。」
カイトはそっと肩をさすりました。

マオとタオは、興味深そうに辺りを見回していました。
どこまでも広がる大地は、所々かれたような草が生えているだけで、生き物の気配はありませんでした。
遥か彼方、ぽつんぽつんと黒い木々が、寒そうに立ち並んでいるのが見えます。
重く垂れこめた灰色の雲が、風景を余計寒々しくさせていました。
目の前の坂の下の方に、黒い木々に囲まれた一つの村落が目に入りました。
木々の間を細い川が流れているのが見えます。
「雪の時期じゃなくて良かったね。」
タオがマオにそっと言いました。
「そうだよね。風邪ひいちゃうよね。」
マオも同意しました。
「あれがシャロラッカ共同体とやらだろう。早速行ってみようぜ。」
カイトが村を指して言いました。

シャロラッカは、とても静かなところでした。レンガを敷き詰めた広場を中心に、十数棟の異国情緒あふれる家が立ち並んでいました。
行き交う人もまばらでした。
シャロラッカの人々の、限りなく薄い銀、若しくは金色の髪、細く高い身長、透き通るような白い肌、グレーの瞳にかかる長い睫毛は、どの人々も繊細そうな、儚げな印象を見る者に与えました。

「誰かに”見る者”のことを聞いてみようぜ。」
カイトが焦れったそうに言いました。
「私聞いてくる。」
そう言うと、マオは広場の中央を横切ろうとしていた老人に向かい走り出しました。
二人はしばらく話し込んでいましたが、老人はまた静かに歩きだし、マオはがっかりした様子で戻ってきました。

「どうだった?」
タオが急いで聞きました。
「それがね、誰も会うことはできんじゃろう、だってさ。」
「何だって!?」
カイトが大声を出しました。
「この川の奥にある洞窟に”見る者”は、確かに住んでいるんだって。
だけど、ある事件以来、入り口を不思議な岩で塞いでしまい、誰にも会うことをしなくなったんだって。」
「死んじゃったのかな?」
タオが不安そうに尋ねました。
マオは、困った様に首を傾げました。
「行ってみよう。そうすれば何かわかるだろう。」
シンバが言いました。
そして一行は、洞窟を目指し、黒い木の間を流れる細い静かな川の上流を目指し、歩き出しました。

川をさかのぼり、しばらく進んで行くと、小さな泉に行き当たりました。
どうやらここが行き止まりのようでした。
高い木々に囲まれたその空間は、とても静かでした。滾々と湧く泉は、小さく浅いながら、その透明度は驚くほどでした。
泉の背後に、ひっそりと洞窟の入り口らしきものがありました。しかし、その入り口は、淡く光る透明な石で覆われていて、入ることはできないようでした。

「ここがそうだな。」
カイトが意気込んで言いました。
「そのようだね。でも…」
シンバはそっと泉に入り、洞窟の入り口を覆う石のところまで行きました。
「不思議な石だ。」
シンバは石にそっと触れ、そう呟きました。
「ねえ、見る者ってどんな人なんだろう?」
タオが言いました。
「とっても美しい女の人だって。神話の中に出てくるが身様のようだって。さっきのお爺さんが言っていたよ。名前はマナコだって。」
マオが応えました。
「それなら、何としてもお目にかからねえとな。」
カイトが笑いました。

カイトは、バシャバシャと乱暴に泉に入り、不思議な石の前までやって来てシンバの隣に立ちました。
「俺の剣で叩き壊せるかな?」
「乱暴はよした方がいいんじゃないかな。」
シンバが苦笑して言いました。
「じゃあ、シンバの精霊とやらの力で何とかしてくれよ。」
カイトがムッとした様子で言いました。

その時、ドリュオンがフッと鼻息を荒く吐きました。

(カノジョハ ワカッテイル…)

ドリュオンはそっと泉に足を入れました。音もなくそっと石の前まで来ると、その美しい首を上に持ち上げました。
「クゥゥゥゥ…」

ドリュオンは、今まで誰も聞いたことがないような、寂し気な遠吠えをしました。

(マナコ トキガキタ…)

一同の心に、マナコに語り掛けるドリュオンのテレパスが響きました。

自分の力を試したいと 試行錯誤しています もし 少しでも良いなと思って頂けたのなら 本当に嬉しいです 励みになります🍀 サポートして頂いたご縁に感謝 幸運のお裾分けが届くように…