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俺らと半沢の昼休み

「新型コロナウイルスが流行する中、「学校に行きたくない」と思ったことのある小中高生が3割に上ることが、国立成育医療研究センターが9~10月に行ったアンケート調査でわかった。センターは感染への不安や学校行事の中止などが影響したとみている。」 
「コロナ禍「学校に行きたくない」3割…感染不安・行事中止が影響」(読売新聞オンライン)

 「学校に行きたくない」という子どもが増加する中、世田谷学園のとあるクラスの生徒たちは「学校に行きたい」と言わんばかりに、毎日心を踊らせて登校するようになっていた。
 そんな現象引き起こしたのは、某銀行系ドラマの「半沢直樹」だった。

 学校が再開してからしばらく経過した2020年秋。未だ止まらないコロナの感染拡大を受け、昼休みは常に担任常駐という処置が取られていた。そして、どういうわけか、このクラスの担任(A先生と呼ぶことにしよう)は、その昼休みの時間に「半沢直樹」の第一シリーズを放映し始めた。

 ー昼休み。
 鐘が鳴ると各々が手を洗い弁当箱を広げ始める。そこへiPadを片手にA先生がやってくると、やがて教室は映画館の室内のような静けさに包まれていき、おなじみのサウンドとともに画面では「半沢直樹」の文字が現れた。弁当を食べながらもほぼ全員が釘付けになるようにただスクリーンを見つめていた。
 なんと異様なクラスだろうか。

 10話ある半沢直樹の第一シリーズだが、1話1話が長いため、それぞれ数回に区切られた。細かいところまで気を配るA先生は、毎回「区切りが良い」ところで上映を止め、去っていっく。コロナの影響で気分が沈んでいくどころか、毎日毎日次の展開が待ち遠しく、充実した学校生活になった。

 こうして実現した愉快な昼休み。中には「半沢直樹」のファンと化す者も現れた。
 そして、何よりA先生がその1人であった。

 昼休み上映で全話を見終わり、定期試験を迎えた12月。
 A先生の担当する化学基礎の定期試験の問題が配られると、試験前にも関わらず教室がざわついてしまった。表紙に描かれた「化学基礎」が、完全に「半沢直樹」のパロディになっていた。さすがはA先生、と思わんばかりに表紙を眺める。

 しばらくすると、いつかの昼休みと同じように、鐘がなった。パロディ表紙をめくると、その試験問題の中にも半沢ワールドが広がっていた。

 問題文は、「過酸化水素水溶液のモル濃度報告書偽造問題をめぐるH沢とO和田の応酬」の後、K川の証言によってO和田の悪事が露になり……。という趣旨のもの。(ちなみにH沢の最後の台詞は「やれーーーー!! O和田ーーーーーー!!」である。)
 全体を通して非常に興味深く、O和田の行動には「O和田の奥様が事業に失敗し、高品質のオキシドールが必要になった」という謎の理由づけまでなされている。しかし、凝っているのは外見だけではない。
 なんと、水溶液のモル濃度が「2倍ずれた」として一つの問題になっていた。ここにも「倍返し」の半沢が出てしまっている。A先生は問題文のみならず、問題にまで半沢ワールドを広げてしまっているのだ。

 とまあ感動して問題を眺めていた私も、つい解答欄で
「O和田からH沢に受け渡されたオキシドール」という、使わなくてもよいフレーズをわざわざ用いてしまった。

 さて、試験も過ぎ去り、冬休みがやってきた。
 学校で半沢を見ることもなくなり、手持ち無沙汰になってしまった私たちは、クラスメイト4人で「半沢ロケ地巡り」を実行するに至った。

 まず訪れたのは神保町の学士会館。東京中央銀行の廊下や会議室としての撮影場所になっていて、訪れた時は廊下に立ち入ることができた。半沢と大和田が向き合っていたように全く同じ状況を作り出して写真を撮った。
 続いて三越前にある銀行で外観を撮影し、丸の内のビルや、傘をさす大和田とずぶ濡れの半沢が印象的な雨の日のシーンの撮影場所を巡り、伊勢志摩ホテルの撮影地前まで巡礼を終えた。わずかな時間ではあったが、また半沢の世界に戻れたような気がして、とても興奮した。
 こんな具合で楽しんだ半沢直樹の世界だったが、A先生があの日からスクリーンに映し出さない限り出会えなかっただろう。

 本当に楽しませていただいたと思いながら、もう一度試験問題を開いた。

へいすてぃ(論説委員・高校1年)

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