見出し画像

岸田奈美について語るときに僕の語ること

うざったいほどのしつこさでワガママボディの僕を苦しめていた夏が唐突に終わり秋がやってきた。お正月100年分に相当する閑散とした東京は、GO TO解禁を号砲代わりにかつての日常を取り戻しつつある。
いつもの夏だったら、The Black Eyed Peasの "I Gotta Feeling" を地で行くパーティー三昧なパリピ(この曲がリリースされた当時は "パリピ" なんて言葉も存在していなかったが)も、不完全燃焼のまま秋がやってきて、このままなんとなくハロウィンやカウントダウンのバカ騒ぎも下火になっていくのかもしれない。

そんなことをボンヤリ考えながら、四連休を過ごしていると岸田奈美から本が届いていた。さて、今更ながら本記事はこの本の感想と岸田奈美について勝手に語る比較的おセンチな内容なので、メンタルをもっていかれたくない人は今すぐ "I Gotta Feeling" を爆音で再生しながら読もう。アゲ。

トラブルにまみれる星の人

いわゆる社長業ってものを10年近くやっていると色んな星の人に出会う。
口ばっかりで全然仕事しない星の人、とにかくカネに愛されている星の人、一緒にいるだけで陰鬱な気分にさせられる星の人、何かの天命を背負っているとしか思えない星の人……日本という狭い島国の中だけでも、それぞれが独特な星の下に生まれているのだ。

そんな中で、岸田奈美は僕にとってぶっちぎりの「トラブルにまみれる星」に生まれついた人だ。
統計学において、他の値から大きく外れている(正規分布の外にある)値のことを外れ値というが、人間が一生のうちに遭遇するトラブルの統計調査をするならば真っ先に外れ値として処理されそうな人である。
世界三大投資家に数えられるジョージ・ソロス a.k.a. "イングランド銀行を潰した男" は運をとても大事にしていて、例えばチームの中で交通事故に遭遇したスタッフがいたら「運が悪い」を理由に即刻クビにしていたそうだ。それほどに自分のツキというものを大事にしているわけだが、もし岸田奈美がジョージ・ソロスの下で働く機会を得たとしても、半日、いや3時間も待たずに「You're fired!」と言われて追い出されることは間違いないだろう。ともかく、彼女はそのくらいトラブルというものに愛されている。

優しい世界への道は受難で舗装されている

センチメンタルな秋の空気の中、読み始めた途端に涙が止まらなくなった。彼女の本は、トラブルにまみれた過去を切り取って、他人が飲める味や温度に調整して煮込まれたスープのような味がした。その丁寧な仕事があるからこそ、彼女のトラブルはある種の普遍性を持って、読み手が抱える過去と共鳴し、その過去を違う目線で、角度で、振り返らせてくれる。

小学生の頃、知的障害のあるクラスメイトがいたこと。
大学の入学式の後、母親と青山ブックセンターに行ったこと。
なんにも親孝行できないまま、父親が突然亡くなってしまったこと。

僕の中に眠っている不完全燃焼なままな過去の日々。もっとこうすれば良かった。なんであんなこと言っちゃったんだ。変えることのできない過去を、どう捉え直せばいいのかを彼女の文章は教えてくれるようだ。
だって、彼女はトラブルの星の人で、常人の何倍もそれを経験しているから。そして、その経験ゆえにトラブルの隣にはそれを何とかしようという人間の優しさが溢れていることを彼女は知っているから。

この本が泣けるのは、この本を通してかつて自分がもらった優しさを知るからだ。あの時、気づくことのできなかった誰かの優しさに、2020年の9月23日になって触れられるなんて誰が思うだろう。
だからこそ、この本は泣ける。間違いなく、だ。

これはネタになる、の哀しさと愛しさ

誰だって年に数回は「うおお、なんでこんな目に遭うんだーーー」と叫びたくなるようなトラブルに見舞われることがあるだろう。僕はそんな時、テレビでお笑い芸人が言ってるような「これはネタになるからオイシイ!」みたいなことを呪文のように反芻しながら歯を食いしばる。

だけど僕が食いしばりすぎて奥歯にヒビが入ったように、ネタになるほどのトラブルには負担と代償が付き物である。とんでもない負担と代償を払い続けてきた岸田奈美は、それゆえに天才なのかもしれない。
だけど自分の深い部分に向き合い過去を切り取り続けることは、時にそういった天才たちを不幸な運命にも導いている。

彼女の次回作が過去ではなく現在や未来に変わることを切に祈る。
彼女が切り取るのが自分の血肉ではなく新たな世界であることを切に祈る。

元気に長生きして地球儀の謎みたいな話、もっとたくさんお裾分けしてほしい。生きてるだけでストーリーが生まれる作家なんて、素敵でしかないじゃん?あれ…せっかく本が出たばかりのタイミングなのに既に次回作のリクエストするとか、はっきり言って僕、ちょっと面倒くさいファンみたいになってるけど、僕は僕で「やたらと講評したがる星の人」なので許してくれよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?