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生きる

ガンで入院していた叔母さんが亡くなった

自分は何年か前から田植えや稲刈りのお手伝いをしてきたのだが、叔母さんが倒れてしまったことで人手が足りなくなり
親戚が集まってみんなで叔母さんの家の田植えをしようと計画をしていた矢先の出来事だった

叔母さんは何年か前に肺ガンが見つかったが
摘出をして元気になり米農家を続けていた
ところが
一年前に疲れやすいと病院に行ったところ
心臓にガンが転移していた

すぐに手術をすれば大丈夫だ!!
と言われ開いてみたところ既に末期だった

本人にも告知し病院にいるか?家に帰るか?
と聞いたところ家に帰りたいと話し
帰ってからはまた一緒に作業をしていたのだが
食べ物もあまり取ることができなかったので
弱ってきてしまい4月に入ってから
入院し点滴をして病院では元気になっていたので『みんなで田植えをするから安心してね』
と話しをしていた。

その田植えが2日後という日に亡くなった

この状況を見て自分が思うこと


叔母さんは優しい人だったから
みんなのことを思って
わざわざ集まらせるのが悪いから
今が良いタイミングだと考えたのではないか

良い生き方をしていた人は死に方も選べるようになっているのではないのか?

後輩にもこんな話しをしたら
うちのお婆さんもガンで余命数ヶ月と医者に言われて入院していたがそれから2年も生きたという話しを教えてもらった

その2年の間にひ孫が2人産まれ顔を見ることが出来たらしい
その2人目が産まれた一週間後に亡くなった

その話しからも
子供が産まれ母・子が家に帰ってきて
みんながお祝いに来るタイミングで亡くなり
わざわざ集まる手間をなくすようにしたのではないかと思う

日頃悪い事をしていると
"良い死に方をしないぞ"
と言われるが

良い生き方をしていると
死ぬ時も良い死に方をするんじゃないのかな?

自分もこの事を心に刻み
人に嫌われるような生き方をしないように生きようと思う

自分は山が好きだから大好きな山で亡くなるのは本望なのだが

だからといって遭難して
家族に心配をかけ、たくさんの方に捜索してもらい救助してもらうなどという

人に迷惑をかけるような死に方は絶対にイヤだ

だから良い死に方ができるように
日々良い生活を心がけて行きたい!!


ちなみに
自分は親が共働きで小さな頃は学校から帰ると祖母が面倒をみてくれていたので
"おばあちゃん子"だった
だから
何十年も前になるけれどおばあちゃんが亡くなった時の事はよく覚えている

そんなおばあちゃんの娘である叔母さんの寝顔を拝ませていただき

当たり前の事なのだけれど
やっぱり親子だからそっくりで
おばあちゃんにまた会うことができた気がして嬉しくなった

ありがとう
おばちゃん

まだまだ素人ですが自分も勉強して
おばちゃんのような立派なお米農家に
なれるように頑張りますので
こちらのことは心配しないで
天国で親子仲良く見守っていてくださいね

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