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現代の大学関係の「博士」は全部「はくし」と呼べばまず間違いない ~博士(はかせ・はくし)読み問題~

 博士論文、博士課程、博士号、○○博士…。いずれの「博士」にしても、現代の大学関係の博士は「はくし」と呼べば間違いありません。


1.大学院でも普通に「はかせ」って呼んでました…。

 なぜこの程度で終わる話を記事にしたのかというと、筆者自身博士課程前期・後期と計5年間在籍しながら、「はかせ」なのか「はくし」なのか知らなかったからです。大学院の中でも「はかせ論文」「はかせ課程」「はかせ号」という言葉は普通に耳にしていました。恐らく自分自身でも口にしたことはありますが、「"はかせ"じゃなくて"はくし”ですよ」と突っ込まれた経験は1度もありません。
 一般の人にとっても、オーキド博士や阿笠博士といったキャラクターから、「博士=はかせ」というイメージの方が強いのではないでしょうか。
 以下、博士という言葉について整理していきます。

2.辞書の定義 ~物知りハカセと肩書ハクシ~

 博士という言葉の定義は、辞書では以下のようになります。

はく‐し【博士】 
1 学位の一。大学院の博士課程を修了し、博士論文の審査および試験に合格した者に授与されるもの(課程博士)と、博士論文の審査に合格して博士課程修了と同等以上の学力があると認められた者に授与されるもの(論文博士)がある。ドクター。
2 ⇒はかせ(博士)

はか‐せ【博士】
1 学問やその道の知識にくわしい人。「お天気博士」「物知り博士」
2 学位の「博士 (はくし) 」の俗称。「博士号」「文学博士」
3 律令制の官名。大学寮に明経 (みょうぎょう) ・紀伝(のちに文章 (もんじょう) )・明法 (みょうぼう) ・算・音・書、陰陽 (おんよう) 寮に陰陽・暦・天文・漏刻、典薬寮に医・呪禁 (じゅごん) などの各博士が置かれ、それぞれ専門の学業を教授した。
4 (「墨譜」とも書く)声明 (しょうみょう) の経文の傍らに記して、音の高低・長短を示す記号。上がり下がりなど音の動きを線で視覚的に表した目安 (めやす) 博士と、音階(宮・商・角・徴 (ち) ・羽)を文字または記号で表した五音 (ごいん) 博士とに大別される。節博士 (ふしはかせ) 。

出典:デジタル大辞泉

 「はかせ」の3番と4番の意味は難しいのですが、要するに、古い時代の制度で今とは別の意味の「はかせ」という肩書が存在したということです。
現代まで続く、明治以降の西洋から導入した大学制度における博士は「はくし」と呼んでいます。
 ということは、オーキド博士(はかせ)は「学問やその道の知識にくわしい人」の意味なのでしょうか。あれ、それだとポケモンじいさんとそう変わらないのでは…。
 ※ポケモンという作品に無粋なマジレスをすると、ソード・シールドではソニアについて「あの若さで博士号を取得した」と言及されており、どうやらポケモン世界にも学位的な概念があるようです。まあ、ポケモン世界は文字も違うように文化も大きく異なりますし、やはり「はかせ」の方が親しみやすいですからね。

3.他の「博士」読みの見解 常用漢字表・NHK

 公的な文章で漢字の読みを示しているものに『常用漢字表』(平成22年内閣告示第2号)があります。常用漢字2136字の読みを示した本表と、当て字や熟字訓を示した付表があり、「はかせ」は付表に記された読み方です。本表の「博」の欄では、以下のように「はくしごう」の言及が「博士(はかせ)」と別にあり、博士号の正式な呼称は「はくしごう」だと意図的に示している感があります。

漢字    音訓      例          備考
  博  |ハク | 博識,博覧,博士号 | 博士(はかせ)
      バク   博労,博徒

出典:常用漢字表

 また、大学の「博士」について定めている法律は学校教育法ですが、以下の引用のように読み方に関する言及はありません。また、学校教育法に基づき定められた学位規則にも読み方に関する言及はありません。いずれも内閣告示である常用漢字表に準じていると考えていいでしょう。

第百四条 ③ 大学院を置く大学は、文部科学大臣の定めるところにより、大学院(専門職大学院を除く。)の課程を修了した者に対し修士又は博士の学位を、専門職大学院の課程を修了した者に対し文部科学大臣の定める学位を授与するものとする。

出典:学校教育法

 また、NHK放送文化研究所(2002)でも、「博士」の読み方について、「正式な学位の呼称として言う場合は、[ハクシ]と読んでいます。」と回答しています。以下、引用する解説では「はかせ」と読む場合について、先ほど見た辞書の定義と同じ内容が記されています。

「博士」について、世間一般には[ハカセ]という慣用の読みが行われています。しかし、「文学博士」「法学博士」「医学博士」といった学位についての正式な呼称は[ハクシ]で、放送でも学位号については[ハクシ][~ハクシ]と読んでいます。
ただし、「お天気博士」「物知り博士」というような場合や律令時代の「文章<もんじょう>博士」などの場合には[~ハカセ]と読み、表記もそのまま「~博士」を使っています。
なお、福島県昭和村にある「博士峠」「博士山」の読みは、[ハカセトーケ゚][ハカセヤマ]です。

出典:豊島秀雄「『博士』の読み方、『ハクシ』と『ハカセ』の使い分けは?」2002

4.「はかせ」のスタート?1887年「学位令」

 初めて「博士」という大学の学位について定められた法令が、1887年の学位令です。この際に「はくし」という読みに定められた、というのが『日本国語大辞典』に記載されていました。
 以下、辞典で記された引用です。なお、出典元の『金城だより』は現在の中日新聞の前身の1紙のようです。

「学位令にある博士と言ふ文字の発音方は、従来唱へ来りたる如くハカセと読む事と思ひの外、ハクシと発音する事になり居る由」

金城だより 明治21年(1888)6月21日

 なお、学位令(明治20年5月21日勅令第13号)そのものでは「博士」に読み仮名をふってはいません。(文献①:国立公文書館デジタルアーカイブで閲覧可能)ただ、この学位令で定められた「博士」を「はくし」と呼んだことはいくつかの文献に見られる(文献②p.307、文献③p.49等)ので、おそらく正しいようです。

奈良時代の大宝令に「医博士」の名があり、博士(はかせ)は医人のうち優秀なものが任ぜられたが、室町時代よりのち江戸初期まで、わずかに朝庭医官のうちに博士の名を残すだけとなり、以後消滅した。明治二〇年(一八八七)の学位令発布によって、再び「博士」(はくし)の呼名が用いられるようになり、広義のdoctorは「医師」全般に、狭義のdoctorが「博士」として用いられている。

引用:古川(1974)p.307。なお古川によると当記述は『日本医学史』(1941)を参考にしている。

参考文献

①「学位令(明治二十年・勅令第十三号)」1887年
②古川明「レンプラントの名画『トゥノレプとデーマンの解剖学講義』」『日本島史事雑誌』20(4)、pp.289-312、1974年
③舘昭「近年の学位制度改革に関する一考察」『学位研究』 3、 pp.43-64、1995年
◆『デジタル大辞泉』小学館(参照 2022年2月7日)
◆『常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)』2010年
◆豊島秀雄「『博士』の読み方、『ハクシ』と『ハカセ』の使い分けは?」2002年、NHK放送文化研究所HP:https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/092.html (参照 2022年2月7日)
◆『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年
◆富士川游『日本医学史(決定版)』日新書院、1941年


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