見出し画像

名誉教授とは何か ~退職者の称号で公的な権限はない~【教育学】

 「○○大学名誉教授」知らない人からすると教授の上のように思えますが、実は違います。退職した人に与えられる称号で、現在その大学の正規教員ではありません。教授の上の階級ではなく、別枠のものとなります。
 ある程度の年数所属しないと貰えないので、一瞬でも所属すれば名乗れる「元○○大学教授」より少し箔がつきます。基本的にはそれだけで公的な権限はありません。
 今回は名誉教授について解説します。


1.名誉教授の規定・条件・待遇

 名誉教授は学校教育法第百六条に規定されています。

第百六条 当該大学に学長、副学長、学部長、教授、准教授又は講師として勤務した者であつて、教育上又は学術上特に功績のあつた者に対し、当該大学の定めるところにより、名誉教授の称号を授与することができる。

出典:学校教育法

 これより細かい部分(名誉教授を与えるのに必要な実績や在籍年数など)は各大学の規定によって違いがあります。例えば、東京大学は5年、京都大学は7年、大阪大学は15年以上の教授としての勤務が必要と規定されています(文献①②③)。「教授として」の年数を求める大学が多く、准教授以下の勤務年数は換算されないか、条件が厳しくなる大学が多いです(文献④)。
 ある大学で定年退職して名誉教授の称号を得ても、新たに別の大学で正規の教授職に就くことも可能です。大学ごとに定年の規定が違うため、そういったことも起こります。大学外で活動する際、知らない大学の教授と名乗るより、知られた大学の名誉教授と名乗る方が箔がつくので、現職の肩書より優先して用いられることもあります。
 あくまで「称号」であり、基本的には権限はありません。大学の図書館が利用しやすくなる程度です。しかし、一部大学(国立大学対象の調査では73大学中7大学)では、大学の設備が利用できるなど特典が規定されています(文献④)。例えば、滋賀大学では以下の通り待遇が規定に記されており、身分証明書や現職教員に準じた待遇が得られるとされています。規定がない大学でも運用上は似た待遇が与えられている場合もあるかもしれません。

第6条 名誉教授の待遇は、次のとおりとする。
(1) 身分証明書を交付する。
(2) 大学の記念行事、式典等に招待する。
(3) 大学概要、職員録等定期刊行物を贈呈する。
(4) その他各学部の実情に応じ、現職教員に準じた待遇を講ずる。

出典:国立大学法人滋賀大学名誉教授称号授与規程(文献⑤)

 では、そもそも何のために名誉教授の称号を与えるかですが、一応公文書に「功績を称えるため」という見解が記されています。その経緯を知るため、名誉教授制度の歴史を見ていきます。

2.名誉教授の歴史

 名誉教授制度は1893(明治26)年の改正帝国大学令で定められました。

第十三条 帝国大学ニ功労アリ又ハ学術上効績アル者ニ対シ勅旨ニ由リ又ハ文部大臣ノ奏宣ニ由リ名誉教授ノ名称ヲ与フルコトアルベシ

出典:帝国大学令中改正1893年(文献⑥)

 当時の文部大臣は、以下の通り外国の制度にならい名誉教授制度を設けたことを記しています(文献④)。

第七 教授ノ名称ハ学者ノ以テ栄トスル所ナレハ海外諸国ノ例ニ倣ヒ帝国大学ニ功労アリ又ハ学術上功績アル者ニ名誉教授ノ名称ヲ与フルノ制ヲ設ケントス

出典:帝国大学令中ヲ改正シ帝国大学官制帝国大学教官俸給令ヲ定ム1893年(文献⑦)

 1915(大正4)年には単なる称号ではなく公務員に相当する地位が与えられました。

帝国大学名誉教授及文部省直轄諸学校名誉教授ハ勅任官ヲ以テ待遇ス

出典:帝国大学名誉教授及文部省直轄諸学校名誉教授ノ待遇ニ関スル件1915年(文献⑧)

 次第に帝国大学以外の高等教育機関でも名誉教授制度は広まっていきました。
 戦後、新制大学制度の始まりに伴い、旧来の名誉教授制度は廃止されました。文部省は1950年、名誉教授は栄誉的称号であり、国家公務員的な身分と考えるのは適切ではない、国公私立を区別する必要も認められないという見解を示しました(文献⑨)。名誉教授は以下の通り、現在の栄誉的称号として定義されました。

 大学に教授,助教授等の教員として多年勤務し,教育上学術上の功績をあげた者に対して,本人の退職後その功労を顕彰する意味で当該大学が贈る栄誉的称号である

出典:文部省大学学術局長通達「大学の名誉教授制度の実施について」1950年(文献⑨)

3.海外でも苦慮?名誉教授制度のあり方

 各大学が功績を称えることは良いですが、それが「肩書」となって効果を持つ場合があることの厄介さは決して日本だけではないようです。例えば、カナダの名誉教授"professor emeritus"制度を考察して"elusive”(とらえどころのない)と称したJohnson(2017)は、名誉教授の称号が大学の施設利用等の特典以上に、研究を続けていく上での地位として重要となっていることを指摘しています(文献⑩)。

 実際のところ、名誉教授にどれだけの肩書としての意味、どれだけの実利があるのかは明確ではありません。しかし、大学の正規教員ではない、大学を退職した人に与えられる称号であり、教授の上の階級というわけではないのは確かです。日常で名誉教授という肩書を見ても、過度な意味づけをする必要はありません。

【参考文献】

①東京大学名誉教授称号授与規則https://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/reiki_int/reiki_honbun/au07403061.html (参照 2022年12月7日).
②京都大学名誉教授称号授与規程 https://www.kyoto-u.ac.jp/uni_int/kitei/reiki_honbun/w002RG00000089.html (参照 2022年12月7日).
③大阪大学名誉教授称号授与規程 https://www.osaka-u.ac.jp/kitei/reiki_honbun/u035RG00000125.html (参照 2022年12月7日).
④南部広孝「日本における名誉教授制度の歴史的変遷と現状に関する考察」『大学論集』50、pp. 49–64、2018年
⑤国立大学法人滋賀大学名誉教授称号授与規程 https://www2.kitei-kanri.jp/biw/siga/doc/gakugai/onbetsu.html?rule=undefined# (参照 2022年12月7日).
⑥帝国大学令中改正・御署名原本・明治二十六年・勅令第八十二号、1886年、国立公文書館デジタルアーカイブ:https://www.digital.archives.go.jp/img.pdf/1719922(参照 2022年12月7日).
⑦請議「帝国大学令中ヲ改正シ帝国大学官制帝国大学教官俸給令ヲ定ム」、1886年、国立公文書館デジタルアーカイブ:https://www.digital.archives.go.jp/img.pdf/1719707(参照 2022年12月7日).
⑧帝国大学名誉教授及文部省直轄諸学校名誉教授ノ待遇ニ関スル件・御署名原本・大正四年・勅令第百五十二号、1915年、国立公文書館デジタルアーカイブ:https://www.digital.archives.go.jp/img.pdf/153401(参照 2022年12月7日).
⑨文部省大学学術局長通達「大学の名誉教授制度の実施について」1950年(文部省大学学術局『大学関係法令集 昭和36年度』1962年)
⑩Tim Johnson”The elusive emeritus”University Affairs,2017年:https://www.universityaffairs.ca/features/feature-article/the-elusive-emeritus/ (参照 2022年12月6日).

★本内容の動画版はこちら

専門である教育学を中心に、学びを深く・分かりやすく広めることを目指しています。ゲーム・アニメなど媒体を限らず、広く学びを大切にしています。 サポートは文献購入等、活動の充実に使わせて頂きます。 Youtube: https://www.youtube.com/@gakunoba