ブルーピリオドに学ぶ教育学 ~積み重ね・成長を評価する~【学校教育】
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ブルーピリオドに学ぶ教育学 ~積み重ね・成長を評価する~【学校教育】

 「あの先生に言われた通りにしたのに、別の先生からダメだって言われた」「前よりはできるようになったのに、成長を評価してくれよ」など、自分のこれまでを見ないで評価してくる教員に憤りを感じたことのある人は多いのではないでしょうか。
 「社会に出れば積み重ねなんて見てくれない」というのもよくわかりますが、一方で子どもの「成長」を大切にせず「成果」だけを見る学校など、教育機関としての役割を放棄していると言えるでしょう。
 個人の「積み重ね」「道のり」を見て「成長」を評価することの重要性を、マンガ『ブルーピリオド』の1場面を通してみていきます。

1.教員の役割は「疑問に答える」と「評価する」

 下の図は、教育者と学習者の関係を構造化した図です(『現代教育概論(第3次改訂版)』2011年 p.62より作成)。

図

 下矢印は「教育者」が内容を学習者に与えることを示しています。ここでの「教育者」は教員に限りません。
 子どもが自ら教科書を読むことでも、内容は身に付きます。この時、「教育者」は教科書と言えます。その意味で、本も動画も「教育者」になりえる存在です。授業は教員の役割ですが、時に優れた本や映像資料は授業者を上回ります。それらを的確に使い分けることは、教員の大きな役割です。

 ですが、それ以上に教員の大切な役割は、上矢印=「子どもの反応に応答すること」です。応答の仕方は2つ、1つは「わからない」という子どもの疑問と向き合う・応えること。もう1つは子どもの回答や行動を評価することです。
 評価するのは回答の正誤だけでなく、日常の言動だったり、学習への姿勢だったりと様々です。「それが正解だ、次もそのように解きなさい」「その発言は良かった、続けてほしい」と促す、「その行動は危険だ、してはいけない」と抑える、といった風に、評価によって思考や行動を方向づけていきます。

2.個人内評価 ~「成長」を評価する~

 評価には大きく2つ、現状だけで判断する場合と、過去も含めて判断する場合があります。
 例えば、100点満点の数学のテストをしました。Aさんは前回20点で今回50点でした。ここで、「今の数学の力」を見るなら、Aさんは「50点の人」となります。そして、「数学の力の成長」を見るなら、Aさんは「20点から50点に、30点伸びた人」となります。
 これはどちらが正しいという話ではなく、何を見たいかの違いです。多くの入試や資格試験では「今の力」を見るのは当然です。ただ、教育としては「成長」を評価することは重要です。個人のモチベーションを高め、今後の学習につながります。

 なお、教育用語としての「個人内評価」は、「観点別学習状況の評価や評定には示しきれない児童生徒の一人一人のよい点や可能性,進歩の状況について評価するもの」と国立教育政策研究所(2019)はしていますが、研究者によっては「個人の伸びしろを客観的な指標で捉える」(冨士原2014)とするなど、定まっていない所もあります。(前述のテストの例は後者になりますね。)
 ただ、大事なのは客観的指標を用いようと、個人のオンリーワンであろうと、子どものこれまでの学習など、過去の足跡を考慮しての評価もあること、それが個人の大きな成長につながる可能性があることです。

3.「積み重ね」を評価する ~ブルーピリオド8巻より~

 『ブルーピリオド』は、予備校・芸大入試・大学といった美術を学ぶ世界、その厳しさや奥深さ、人々の葛藤を描いたマンガです。美術という最も「他人の評価が大事」かつ「評価の基準がわからない」世界ゆえか、主人公矢口八虎をはじめ登場人物は、他者の評価に、時に振り回され苦悩し、時に救われます。(教育者は評価で人に影響を与える立場なので、個人的には、この作品は教育者必読の書になりえると思っています。)
 今回取り上げるのは、八虎が大学での2度目の課題、歴史・文化・流行の表層にある”東京の風景”の模型と絵画作品、に挑む場面です。
 作品は3人の教授が「講評」という形で評価するのですが、八虎は1度目の課題で講評の時に作品が壊れるという失敗をします。1人の教授に「ひどいね。講評しなくていい?」と言われて講評が終了し、酷く傷つきました。
 思い悩むまま迎えた2度目の課題では、個人面接である中間講評があり、八虎は担当の猫屋敷教授(M字型のカチューシャが特徴的)のダメ出しに対して意見をぶつけ、もらった助言からなんとか活路を見出していきます。
 そして最終講評、八虎は渋谷の街をレゴブロックで作ってきます。(以下、引用は全て、山口つばさ『ブルーピリオド』8巻、31筆目から)

猫屋敷「…ほう、レゴ?」
八虎「はい。渋谷が好きで渋谷の街を作ろうと思って調べたんですけど、月並みですけど人も文化も街も全部積み重ねなのに表層しか見れないんですよね。街っていうのは人が作るものだと思って、その象徴として灯りをいくつか仕込み…当初は普通に作ろうと思ったんですが。自分じゃ…作れないと思って」
猫屋敷「レゴにしたの」

 これに対して、2人の教授の評価は高くありません。

「ちょっと出落ちっていうか、素材の力に頼りすぎかなあ」
「レゴっていう素材自体が持つ積み重ねもあるし」

 うつむき目を閉じる八虎ですが、

「あたしは、矢口くんが自分じゃ作れないって自覚してレゴを選んだってことすごく進歩だと思う」
「むしろ絵画作品にこの精査が感じられないほうが気になるかな。でも中間講評からここまでやって来るとは思わなかった」

 猫屋敷先生はこう八虎の作品を評価しました。講評後の八虎の心境が、この評価が八虎に与えたものの大きさを示しています。

…猫屋敷先生は、この中で唯一俺の「積み重ね」を見てるからそう言ってくれた。そうじゃなかったらこういう風には言われなかったかもしれない。だけど…

 最終講評だけ作品を見た2人は当然、今見たものだけで評価します。猫屋敷先生も今見たものだけで評価することも可能でしたが、中間講評からの八虎の「成長」を評価しました。
 評価がどうであっても、八虎は課題の作成を通して沢山の経験をしました。しかし、評価によっては、八虎の心は完全に折れてしまったかもしれません。
 1つの評価が人を救うことも、壊すこともあります。「積み重ね」「歩み」を見て、「成長」を評価することは難しいですが、ある人生の分岐点にすらなり得る大切なことなのです。

【参考文献】

◆佐藤晴雄『現代教育概論(第3次改訂版)』学陽書房、2011年
◆冨士原紀絵「学校教育の立場からみた教育評価」『日本健康教育学会誌』22(3)、p.249-253、2014年
◆国立教育政策研究所『学習評価の在り方ハンドブック』2019年
◆山口つばさ『ブルーピリオド』8、講談社、2020年

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