月曜9時からのドラマを書いてるよって話

嘘ではない。

「月9」という響きの持つ特別さは、今も尚世代を超えて共有されているのだろうか。下手をすると今ではその意味を知らない若者も居るのかも知れない。人々が暇をつぶす方法が急増し、テレビドラマの視聴率もかつてのそれとは様変わりしてしまった。令和に「街からOLが消えた」だの「銭湯に人が居なくなった」となれば、それは嬉しいニュースではなく心霊現象の類になってしまう。家にテレビが無いという人も珍しく無くなったので当然と言えば当然。かつて冷蔵庫、洗濯機と並び『三種の神器』と称された栄光はもう消えた。逆に『令和の三種の神器』は何だろうか。スマホ、Wi-Fi、充電器か。どことなく、弱そうで寂しく思う。

ところが、何も悲観する事は無い。

確かに「視聴率」という数字で観れば変化してしまっているが、未だテレビの持つ影響力は計り知れない。その時が来ればSNSは滅びの呪文で埋め尽くされるし、動画サイトにも違法にアップロードされたテレビ番組の映像で溢れかえっている。まだまだ観たがっている人が居る事は間違いない。そして何より今回、この「暇つぶしの方法」が増えた恩恵を受けたのが、この僕である。

毎週月曜よる9時に公開されるYouTubeの連続ドラマの脚本を書いたのだ。

タイトルは『ゾンビに噛まれました』。1話あたり5,6分程度の物語が週に1度更新されていくシステムだ。ね?嘘じゃなかったでしょ?月9です。

思い返せば今現在の僕は脚本家としてとても不思議な状態にある。僕のドラマデビュー作はAmazonPrimeで配信された『誰かが、見ている』。いわゆるテレビドラマのような構成形式をとっているが、全話一挙配信というスタイルなので「連続ドラマ」とは呼びづらい。そして今作、『ゾンビに噛まれました』は「連続ドラマ」ではあるが媒体がテレビではない。つまり僕は今、「テレビ以外のドラマしか書いた事が無い脚本家」なのだ。そんな状態がかつてあっただろうか。「ラジオドラマのみ」という事はあるかも知れないが、そもそも映像と音声では形式が余りに違う。「同じ映像で」「同じ脚本というカタチで」「同じお芝居で」と考えると、実に令和的なヘンテコ状態が生まれたものだ。

このドラマのお話をくださったのは天才劇団バカバッカさんだ。

座長は今や人気声優のトップを走る木村昴さん。それに負けず劣らず「バカばっか」をする個性豊かなメンバーに囲まれたこの劇団を知ったのは、僕がまだ大学生の頃だった。当時まだ中野の小劇場で公演をされており、友人が出演する事をキッカケに足を運んだ。そして、度肝抜かれた。

シンプルに面白かったのだ。

実に稚拙な言葉に聞こえるだろう。だが考えてみて欲しい。シンプルに面白いが如何に難しいかを。パスタソースを使わないで作るペペロンチーノの難しさを。演劇はついつい難解に、そして複雑な表現になりがちである。「解る人だけが解ればいい」という度胸の皮を被った逃避行も珍しくない。ところが、今目の前の舞台上を駆け回るバカバッカは違った。「解らない人など居させてたまるか」という気概が見て取れる。そして、それが何より面白いのだ。その面白さを裏付けるが如く、天才劇団バカバッカはみるみる内にその劇場を大きくしていった。文字通り飛ぶ鳥を落とす勢い。他の劇団では観た事のない目まぐるしさだった。

到底敵う物では無いが、僕自信の作品も「解りやすい」と言って頂ける事が多い。まだまだ勉強不足ですと思う反面、それは明らかにかつての僕がバカバッカを観たあの衝撃のお陰だなと痛感する。そんな或る種の「恩師」から、巡り巡って「一緒に物を作りませんか?」というお話を頂いたのだ。大学生の僕が聞いたら信じる訳がない。「馬鹿ばっかり言うな」だ。

事はトントン拍子に進み、バカバッカの劇団員である野村龍一さんと銀座の喫茶店で打ち合わせをする事になった。憧れのバカバッカさんからの依頼。しかも打ち合わせ場所も銀座だ。ブキウギしたのは言うまでもない。

打ち合わせ時刻。待ち合わせ場所となった喫茶店に一足早く到着した僕は、緊張しながらもコーヒーを相棒に今か今かと待っていた。その当時、まだ詳しい依頼内容も解らなかった。一体どんな依頼なんだろう。これから何が起きるのか。まぁそう焦るなよ。ところで俺のブレンドどう?酸味、感じる?そうこう相棒と黙談していると、野村さんがやって来た。

下駄だ。

法被のような服に、下駄だ。

銀座に、下駄だ。

僕よりも銀座が驚いていた。

その事が、なんだか嬉しかった。元々野村さんは舞台上でしか知らなかったし、私服がどんな物かも知り得ない。けれど、その下駄には『天才劇団バカバッカ』が成長の道のりを駆け上がりながらも、本質的には変わっていないある種の「あの時のまま」があるように思えたのだ。あの時など知らないのに。実に勝手だ。

「YouTubeで連続ドラマをやってみたいんだ」

野村さんは僕にそう言った。実際僕も考えた事はあった。YouTubeでのドラマ。しかし、そもそも大量生産・迅速消費なYouTubeの世界で「じっくり観るドラマ」というのはどうも畑違いな気がして中々気が進まなかった。いや、気が進まなかったというのは言い訳か。本当はどこかでビビっていたのだろう。失敗したらどうしようという想いだ。

ところが、今、その背中を押された気分だ。

外でもない恩師からの依頼だ。一も二もない。無い知恵を絞り、無い頭をフル回転させ、無い引き出しをひっくり返し「ゾンビに噛まれたのに中々ゾンビにならない困った3人の物語」という案を絞り出した。野村さん含め、劇団員の皆さんはいたくこれを気に入ってくれた。脚本を書きすすめる作業の中でもそれは変わらず、何か意見がぶつかったり「ガク君、こりゃダメだよ」となる事も無かった。「流石だね」。そんな言葉も頂いた。

流石なのではないですよ。僕は、貴方達に「面白い」を教わったのです。

ドラマも残すところあと1話。ゾンビに噛まれてしまった3人は一体どうなってしまうのか。是非楽しみにして頂きたい。舞台上と変わらず、或いはそれ以上に愛おしく可笑しな3人を演じてくれている野村龍一さん、レノ聡さん、赤間直哉さんをぜひ観て欲しい。途中ゲストのように登場し、物語の世界を何重にも面白くしてくれた平井杏奈さん、うみぐちうみさん、津賀保乃さんも外せない。当然、物語を包むナレーションの木村昴さんも完璧だ。この場を借りて御礼申し上げます。

そして今、どこかを憧れて見上げている人へ。

辞めなければ、続ければ、いつか見上げる世界ではなく、同じ場所に立てるハズだ。案ずる事は無い。まだちょっと足りないと思うのなら、久々に下駄でも履いてみてはどうだろうか。


【天才劇団バカバッカ YouTubeドラマ『ゾンビに噛まれました』第1話】




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