冷静でニュートラルな心の状態を保つ

学校でも企業でも、ティーチングからコーチングへ、という視点が注目されている。
教育現場では「教える」から「学ぶ」への移行ということも言われている。
フロイトの弟子であったジャック・ラカンの精神分析の最大の業績の一つは、精神分析の主体がセラピストではなくクライエントであることを明確にしたことだ、と聞いたことがある。
ティーチングからコーチングへ、さらには「教える」から「学ぶ」への移行というのは、ラカンの顰に倣えば、成長と変化を求める当人自身の自覚・気づき・アウェアネスこそが学びの核心であり第一義である、ということではないか……。

そんな関心から、以前から気になっていた本を読んだ。


バイロン・ケイティ+スティーヴン・ミッチェル (著)/ティム・マクリーン +高岡よし子(訳)『タオを生きる──あるがままを受け入れる81の言葉』(ダイヤモンド社、2014年)

バイロン・ケイティは「ワーク(探求)」と呼ばれる方法で数百万人に及ぶ人たちの癒しや成長を支援してきたセラピストである。
辣腕のビジネス・ウーマンであり、南カリフォルニアの小さな砂漠の町に住む母親であった彼女は30代前半に重度の鬱状態になり、その後、約10年にわたって彼女の精神状態は悪化。妄想や激しい怒り、自己嫌悪、そしてたえまない自殺願望に陥る。最後の2年間は寝室から出られないこともあったという。

しかし1986年2月のある朝、人生を変えるような気づきが訪れる。ケイティはそれを「現実(リアリティ)への目覚め」と呼んでいる。彼女が「ワーク」と呼ぶ自己探求の方法は、その朝にケイティの中で目覚めた「問いかけ」を形にしたものである。

ワークはたった4つの質問からなる(正確には「置き換え」という、自分が信じていることとは反対のことを体験する方法も入ってくるのだが煩瑣になるためここでは省略)。

4つの質問というのは、以下──。

1.それは本当でしょうか?
2.その考えが本当であると、絶対言い切れますか?
3.そう考える時、あなたはどのように反応しますか?
4.その考えがなければ、あなたはどうなりますか?

「私は安全ではない」「私にはこんなことはできない」「彼女は私から去るべきではなかった」「私にはもっとお金が必要だ」「人生は不公平だ」等々──。
本書には、自分自身や人間関係、世界についてのこうしたストレスフルな考えに対して、この4つの質問を発するケイティのカウンセリングを受けながらワークをおこない、ダイナミックに変化するクライエントたちの実例が豊富に紹介されている。

ケイティは本書のなかで繰り返し繰り返し「現実」ということを言っている。

「瞬間瞬間のまったくあるがままの現実は、常に優しいのです。私たちの視野を曇らせ、本当のことを曖昧にし、世界が不公平であると私たちに信じ込ませるのは、現実についての私たちのストーリー(現実についての考え)です。……私は現実を愛します。あるがままの現実を愛します。それがどのように見えようとも。そしてそれがどのように自分に訪れようとも、両腕を広げて歓迎します。」

共著者であるスティーヴン・ミッチェルは、こう書いている。

「4つの問いかけをした後、あなたはもう同じ人間ではありません。人生がどう展開するにせよ、もっと多くの自信と心の平和をもって生きることになるのです。そして最終的に、頭(マインド)がクリアになれば、人生があなたを通じて自然に展開し始めます。苦もなく、喜びや思いやりをもって。」

苛烈な現実を注視しないことによって、それを真正面から注視していればありえたであろう希望を失ってしまい、現実がより一層、苛烈さの度合いを増してしまう──。
ケイティのシンプルかつパワフルなメソッドとその実践の効果は、私たちが日々の課題に勇気をもって真正面から向き合うことを強く鼓舞してくれるものである。

学びの重心が、企業で、学校で、そしておそらくは様々な場所で、ゆっくりと移り変わりつつある。

(文責:いつ(まで)も哲学している K さん)

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