自然知能の探究

  『杜人(もりびと) 〜環境再生医 矢野智徳の挑戦〜』という映画がある。
クラウドファンディングで、初日に目標達成率495%という話題作。
 このドキュメンタリー映画の主人公である矢野智徳さんのことを、ある人は「地球の医者」と呼ぶらしい。
 2018年7月6日に起きた西日本豪雨は多くの人たちに甚大な被害を及ぼした。土砂崩れによって住宅地に大量の土砂が流れ込み、床上浸水した地区も多く、広い範囲で断水。 鉄道・道路はあちこちで寸断され、物流も滞った。被災現場に駆けつけた矢野さんは「土砂崩れは大地の深呼吸。息を塞がれた自然の最後の抵抗」だと言ったらしい。
 この映画を私はまだ観ていないのだが、この映画のことを教えてくれた方から『樹木たちの知られざる生活──森林管理官が聴いた森の声』(早川書房、2017年)という本を教えてもらった。著者のペーター・ヴォールレーベンはドイツで長年にわたって森林の管理をしてきた人。あることをきっかけに、利益重視の営林方法から、樹木の習性を尊重した方法に大きく舵をきり、樹木たちの秘密に触れるようになったという。
 以下は、同書の一節。

  「この章の始めに私は、木は“無口”だ、と書いた。ところが最近の研究では、それすら疑わしくなってきている。西オーストラリア大学のモニカ・ガリアーノは地中の音を聞くという実験を行なった。研究室に木を植えるのは大変なので、彼女はかわりに穀物の苗を使った。すると驚いたことに、根が発する静かな音が測定装置に記録されたのである。周波数220ヘルツのポキッという音が。
 枯れ木をかまどの火にくべるとパチパチと音を立てるので、特に珍しいことではないと思うかもしれない。しかし、研究室で記録された音は無意味な騒音ではなかった。音を立てた根をもつ苗とは別の苗が音に反応したからだ。220ヘルツの“ポキッ”という音がするたびに、苗の先がその方向に傾いた。つまり、この周波数の音を“聞き取っていた”のである。
 植物は音を使って情報の交換をしているのだろうか?……この分野の研究は始まったばかりで、まだまだわからないことがたくさんある。でも、あなたが森のなかで小さな物音を聞いたら、もしかするとそれは風の音ではないかもしれない……」


 植物が音(振動)を通じてコミュニケートしているのではないか──ということだが、同書には他にも驚くような話が頻出する。
  『杜人』のポスターには、「ナウシカのような人に、出逢った。人間よりも自然に従う風変わりな『医者』。3年間の格闘と再生の記憶」とある。

  「AIの可能性は無際限だが、身体の可能性は底なしだ」と言った哲学者がいる。
 人工知能の研究とともに、現在、自然知能の研究が進行している。
 身体を含め、自然のもつ知性と能力の探究が求められているのだと思う。
 SDGsは、スローガンであることを超えて、もっともっと面白くなるはずだ。

『杜人 環境再生医 矢野智徳の挑戦』2022年4月公開。

(文責:いつ(まで)も哲学している K さん)

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