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「ザ・エレガント」なはずの木島櫻谷さん、ちょっと怪しげな絵もあるのね

財閥住友家のコレクションを公開するために作られたのが、泉屋博古館です。
「泉屋」というのは、住友家の江戸時代の屋号だとか。
京都・岡崎と東京・六本木に1館ずつあります。

で、東京館の方で現在開催されているのが、企画展「木島櫻谷 山水夢中」です。
近代京都画壇を代表する画家のひとり、木島櫻谷(「このしまおうこく」と読む)は動物画の名手として知られますが、今回は題名のとおり山水画がメインとなっています。

メインビジュアル。2022年にリニューアルオープンしてから、毎回すごくセンスがいいと思います。

さて、ふらっと入って驚いたのが、来館者の多さ!

土日でも祝日でもない、普通の平日。
入館料は、安いとは言えない一般1,200円。
近代日本画家の単独展。

この条件からすると、だいたいこれぐらいの入りかな、と無意識に計算して入館したわけですが、その予想は裏切られました。普通ににぎわっているじゃないですか!

どうやら、私が木島櫻谷人気を見誤っていたようです。

考えてみれば、じわじわ櫻谷ブームが来ている兆しはありました。

きっかけは、やはり泉屋博古館。
2017年に、京都館と東京館の両館で大々的な櫻谷の回顧展を開催しました。
近代京都画壇の中でも、竹内栖鳳や橋本関雪などに比べてややマイナーなイメージがあった櫻谷を、大きく取り上げる展覧会ということで、私も京都まで観に行ったのを覚えています。

その時の図録

これが結構話題になり、泉屋博古館の入館者記録を塗り替えたそうです。

それから、書店で櫻谷の名前を普通に目にする機会が増えたように思います。

泉屋の学芸員さんが櫻谷本を出したり、

雑誌『和樂』(小学館)で「これぞ日本画レボリューション」と題して、渡辺省亭とともに櫻谷が特集されたり。

ややマイナーポジションだと私が勝手に思っていた櫻谷は、知らぬ間に人気画家ポジションを獲得していたのです。いやー、学芸員さんたちの苦労がむくわれるってもんですね。

櫻谷の作品を一言で表すと「ザ・エレガント」。
どの絵も洗練されているんですよね。

代表作は、大正元年に第六回文展に出品した《寒月》(京都市美術館蔵)ですね。(前期のみの展示だったので、今回は観られませんでしたが)

櫻谷の絵は、基本的に師匠の今尾景年ゆずりの写実的な描法。彩色は適度に華やか。入念な下絵作りによって、計算された画面構成。
押しつけがましい主張を作品に込めずに、高い技量で語るタイプの作家です。

欠点がないので、万人受けするとも言えますが、逆に言えば強烈にはまる人もいない、そんな印象を持っていました。
今回の展覧会を見ても、その基本イメージは変わらなかったのですが、その櫻谷イメージから飛び出す作品もありました。これは発見でした。

それは、代表作《寒月》を発表した翌年の文展出品作《駅路之春》(福田美術館蔵)です。これで「うまやじのはる」と読むんですって。

《寒月》でモノクロームの世界を追求した反動か、《駅路之春》は櫻谷にしてはかなり濃彩で色が賑わっています。
右隻と左隻の粗密の対比がうまいですね。

左隻の構図がかなり思い切った感じで、手前にドンと桜の幹を置き、他にもしな垂れる柳や、幔幕などで、とにかく観る人の視線をこれでもかと言うほどに遮っています。
この込み入った遮蔽物を縫うようにして、その奥に目線を向けると、長旅の疲れを癒やすようにわらじの紐に手を掛ける女性の、なまめかしいほどに白い足にたどりつくという仕掛け。つま先の爪にわずかに朱をいれることで、生々しさを加えるという念の入れよう。

実物を見ないと伝わらない…

この女性の横には着飾った娘が2人いて、その1人がうずくまって、もう1人が背中に手を当てているのも意味深です(意味がわかった人おしえて)。

そしてお気づきでしょうか。桜の幹をはさんで、座敷でくつろぐ男の視線は明らかにこの女性たちに向かっています。この男は絵を観る鑑賞者の目線を誘導しているわけです。

エレガントで、人間くささをあまり表に出さない櫻谷にしては、めずらしく人間の業というか怪しさというか、そういったものを隠さずに描いた珍しい作品だと思います。そんな風に見たのは私だけかもしれないですが、いや、実物を見てもらえれば言わんとすることが伝わるはず。

冒頭であげた2017年の展覧会時点では、所在不明の作品だったのですが、その後福田美術館の所蔵となり、こうしてお披露目されたといういわく付きの作品でもあります。

そういう意味では、木島櫻谷のちょっと意外な一面を見ることができたので、行った甲斐があったかな、と思います。
櫻谷ブーム、まだまだ続きそうです。

7月23日までです!