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009.『堀部安嗣 小さな五角形の家』堀部安嗣 著


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“ ―― 中華料理屋の炒飯やフレンチのオムレツのようなものです。ゆえに飽きることがなく、一生をかけて追求し続けてゆけるのです。その規模が小さくなるほどに、設計者は身体の延長として建築を考えざるを得なくなり、まるで自分の心身と対面しているような感覚を覚えます “

的確な寸法とプロポーションから導かれるプランニングの完成度。大らかな屋根の過不足ない構造美。空間に調和する細部のデザイン。建築家が“30坪の住宅”に込める設計思想の全貌を、きっかけとなった建主の一言、エスキス、実施図、施工図、構造家・造園家との協働、設備計画、施工現場と多様なプロセスから紐解く

※この春の重版を記念して、堀部安嗣さん書き下ろしの巻頭エッセイを、はじめてウェブ公開します。心に留まったらぜひ書店さんで続くページをめくってみてください。

設計を重ねてゆく時間

 小さな家の設計が好きです。おそらくこの思いをもっているのは私だけではなく、様々な規模や用途の建築設計に携わってきた設計者にも共通しているように思います。

 “結局一番楽しいのは小住宅の設計なんだよね”と。それはどうしてなのでしょう。

 まず住宅は、設計者にとって最も間口が広く、そして最も奥が深く難しいからだと思います。まるで中華料理屋の炒飯やフレンチのオムレツのようなものです。ゆえに飽きることがなく、一生をかけて追求し続けてゆけるのです。その規模が小さくなるほどに、設計者は身体の延長として建築を考えざるを得なくなり、まるで自分の心身と対面しているような感覚を覚えます。すると建築がどんどん一人称になり、自身のコントロールが建築の全てに及んでゆく充実感と達成感が得られるのです。この一体感は、小住宅の設計でなくては得られない醍醐味です。

・一つの屋根の下

 小さな家の設計では、まず住まい手をやわらかく包み込む、大きく魅力的な屋根を架けたいと思っています。

 “一つの屋根の下”の生活は、時代を超えて建築の“原初”を感じさせます。小さな家の大きい屋根が、動物としての人間の身体をしっかりと守りながら、現代の生活に無理なく対応している姿を強くイメージしてゆきます。
 山の多い日本では、山の稜線と屋根の勾配が重なり、建物と自然の織り成す風景に調和が生まれます。山を見て気持ちが落ち着くように、人は屋根を見て深い安堵を覚えます。“一つの屋根の下”は、自然の中に人のかけがえのない営みがあることを象徴的に表すからなのでしょう。同時に、一つの屋根は一つの家族の単位の象徴でもあります。家族は何人であっても、あるいは現代という時代にあっても、本能的な寂しさや窮屈さのない、人の居場所としての普遍がその屋根の下にあるように思います。

 この“屋根”をもつ居場所の普遍性は、屋根が本来もつ機能に由来します。雨の多い日本の風土、気候を考えた時に屋根がとても大事なものであることは言うまでもありません。建築は“雨からどう身を守るのか”という必然性から生まれ、まず屋根を合理的に架けることが求められました。そして屋根を架けるために“柱”が生まれたのです。

 しっかりと勾配があり軒が出ている屋根であれば、建物の性能は飛躍的に上がります。雨を素早く受け流し、雨漏りや外壁を汚す心配もなく、建物が長持ちします。そして適切な軒の出と勾配があれば冬は室内に日射を呼び込み、夏は日射を遮蔽します。屋根の形は出っこみ引っ込みがなくシンプルであるほど、雨漏りの心配は少なくなり、生活の安心感、安定感は増してゆきます。

 雨の日、傘をさす人たちの姿は、屋根をもつ建築の風景とどこか重なるところがあります。これほど技術が進歩した現代にあっても、人は雨の日に外を歩く時に傘をさします。人間の身体スケールで合理的に雨を受け流す傘は、どれもシンプルでほぼ共通した姿、形をしています。屋根にも、人のスケールに対応した合理的な姿があるはずなのです。

・住宅の基本単位

 私は、住宅を設計するときの家族の基本単位は二人、もしくは一人であると考えています。子供が二人いたとしても家族四人が同時に同じ屋根の下で生活をする時間は意外と少ないものです。子供は学校に、お父さんは会社にいる時間が長く、また子供はやがて家を去ってゆき、さらに夫婦も、どちらかが先に家を去ってゆきます。家族四人がずっと同時に生活をすることを基本にして設計をしてしまうと、二人もしくは一人になった時に、寂しさと維持管理の難しさを感じる家になってしまいます。家族のためにと建てた広い住宅が、今となっては広すぎたという声を多く聞くようになりました。そしてそのことは空き家問題にもつながっています。

 つまり今の日本では、二人もしくは一人でいても家全体に目が行き届いて、寂しさや煩わしさがないスケールを基本として、しかし仮に家族四人が同時に居ても“狭苦しくない程度”を目指して設計するのが、ちょうどいいのではないでしょうか。その感覚を私の経験から具体的な数値に置き換えてゆくと、基本となる住宅の床面積は100 平米程度になります。これは坪数にすると30 坪です。単位が異なるにもかかわらずキリのいい数値になることもどこか意味があるように思うのは考え過ぎでしょうか。そしてこの規模の建物であれば、前述した“合理的でシンプルな一つ屋根”が架けやすくなります。つまり屋根をいくつも連ねたり、重ねたり、複雑にしなくてもよい単位であるのでしょう。

 とにかく、この大きさのなかでシンプルな屋根を架け、しっかりと無駄のないプランニングをすれば、家族構成の変化にも柔軟に対応できる住宅になるのです。またこの大きさの住宅なら燃費も良く、さほど大きなエネルギーも必要としません。メンテナンスも容易で、常に家中の細胞が生きている状況です。このことが家の長持ちと省エネにもつながります。

・小さな家の大きな広がり

 さて、一人でも寂しくなく、かつ窮屈でもない住宅というものを規模、あるいは間取り以外で表現するとしたらどうすればいいのでしょう。その思想と手法をしっかりと表現するのが建築家の役割なのでしょう。

 私は単純に、自身の建築表現によって近隣住人と仲の良い関係をつくる、道行く人に“ああ、可愛らしいいい家だな”と感じてもらう、そんな小さなことの積み重ねを大事にしています。決して家が敷地の範囲内で完結せず、自身の家が他の人の気持ちに、町に、周りの自然に広がり繋がってゆくような、点が線になり面になってゆくようなイメージです。そのためには配置計画や外構計画における設計の密度がとても大切です。

 敷地の中でも、隣家や道路との間に余裕をもてるような断面や配置を考えれば、周囲に高い塀を巡らす必要も少なくなります。塀の代わりに樹木を植えれば、隣家や道路に日が差し、風が通り抜けます。この計画が意外と後回しにされることが多いのですが、私にとっては、最初に追求しなければならない大事な計画です。言い方を変えれば、いくら内部のプランニングが良くできていても配置、外構計画が間違っていればそのプランの良さを活かせなくなります。

 このように、住まう家族のための小さな家のあり方を考えていくと、自然と町や周囲に開かれていきます。これを突き詰めて考えていくと、“建築”と“建物”の違いは、開いているのか、閉じているのか、ということになるように思います。町や道路や、他人に対しておおらかに開いているものを、私は“建築”と呼びたいと思います。そこには、他者を思いやる思想や、まちの風景や、人の未来があります。敷地や建物と、周辺の町や人との接点を大切にして、どんな小さな家でもかけがえのない日本の風景の一部だと考えれば、風土や建築のはじまりにまで、その形のもつ意味がどこまでも広がりをもつのです。 的確な寸法を持ち、おおらかな美しい屋根が架かり、住まう人の気持ちが家と町の風景に表れる小さな家。そんな家のあり方をイメージして設計を重ねてゆく時間がとても楽しく充実しています。

堀部安嗣


書籍目次

●設計を重ねてゆく時間:堀部安嗣
●〈小さな五角形の家〉建主と話す
堀部安嗣・建主夫妻(聞き手:柳沢究)

**chapter1 **

実施設計 意匠図 ━ 平面図の完成度

‐配置図・建築概要
‐1階平面図
‐2階平面図
‐1・2階天井伏図
‐屋根伏図
‐立面図(北・北西・南西/南東・東)
‐矩計図
‐展開図(1階居室・収納・玄関/2階居室・1階水廻り)

[column]余白に備わる答えを探して:櫻井靖敏(櫻井造景舎)
‐仕上表

**chapter2 **

実施設計 構造図・設備図 ━ 過不足のない構造美

‐基礎断面詳細図・伏図
‐床伏図
‐小屋伏図

[column]建築と構造の真実性:山田憲明(山田憲明構造設計事務所)

━ 設備に寛容な”懐の深さ”

‐1・2階給排水空調図
‐電気プロット図
‐電気プロット展開図
‐器具リスト

**chapter3 **

施工図 大工・設備工事 ━ プランを引き立たせる細部

‐屋根廻り詳細図
‐基礎廻り詳細図
‐内部枠廻り詳細図
‐階段詳細図(平面・断面図/段板・補強材)
‐外部枠廻り詳細図)2階食堂開口部/2階居間開口部/2階書斎開口部/1階脱衣室開口部/1階玄関)
‐ポーチ・小庇廻り詳細図
‐1階水廻り平面詳細図
‐水廻り展開図(浴室・脱衣室/洗面室・便所)

[column]一枚の図面に込められた「建築」:橋本智広・斎藤豊久(友八工務店)

chapter4  

施工図 家具・建具工事 ━ 人の身体との接点

‐台所詳細図(平面図/バックカウンター/カウンター)
‐建具詳細図(扉廻り/窓廻り)
‐造作家具廻り詳細図(書斎机・収納/居間ソファ/台所収納/子供室収納/ウォークインクローゼット/洗面カウンター・収納)

●「mement mori」から始まる時間 : 建主夫妻


☟本書の詳細はこちら

『堀部安嗣 小さな五角形の家 全図面と設計の現場』堀部安嗣 著

体 裁 A4変・144頁・定価 本体3800円+税
ISBN 978-4-7615-3225-3
発行日 2017/02/01


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