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§7.4 マンモス征伐/ 尾崎行雄『民主政治読本』

マンモス征伐

 私は,すべての日本人が,無条件降伏といういまだかつてない大敗北の百面相を,徹底的に認識することを切望する.このくらいの困難にへこたれて,平常の心をうしなうようなことでどうする.大敗北の重さにくらべたら今の困難はまだ軽い.われわれは,もっとひどい困難が来ることを覚悟せねばならぬ.この困難をのりこえるには,明治維新をやりとげた人達に数倍する勇気と覚悟が必要だ.
 何んとなれば,明治の王政維新は薩長土肥を主藩とする全国少数の勤王の士が,強弩の末勢にも等しい徳川ばくふを倒すことによって,一おう目鼻がついたのであるが,今度は全国民総がかりで,敗戦という恐ろしいマンモスを克服しなければおさまりがつかない民政維新である.しかもこのマンモスは,徳川ばくふというごとき形をもった外の敵ではない.何百年という長い間日本人の心の中に巣をくって日本人の立憲的自覚をさまたげ,日本人を戦争にかり立てて,今日の大敗北にみちびいた封建思想という無形の強敵である.われわれはこのマンモス征伐を序曲として,民政維新の大行進を起さねばならぬ.
 つまり明治の王政維新は少数の勤王志士でやりとげたが,今度の民政維新は,国民総がかりでやらねば成就しない.そこが王政維新よりもむずかしい点である,また王政維新は,ばくふという形をもった敵に対する革命であったが,今度の民政維新は自己に内在する封建思想の偶像破壊を前奏曲として始められねばならぬ.しかも,かかる自己革命は断じて責任を回避しない勇気と,冷徹な自己かいぼうの批判力がなければやれることではない.


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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年3月9日公開

誤植にお気づきの方は、ご連絡いただければ幸いです。

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