見出し画像

§2.1 うぬぼれのたたり / 尾崎行雄『民主政治読本』

うぬぼれのたたり

 日本が敗けた第2の原因は,日清日露の両戦役に勝って,急に世界の1等国の仲間入りをすることができたので,すっかり有頂天にのぼせ上り,日本人ほどえらい人間はない.わずか2~30年の間に,すっかり世界の文明を自分のものにしてしまったばかりでなく,ついに西洋の先進国を追いこしてしまった.“もう西洋に学ぶ必要はない.これからは,なんでも日本流にやればいいのだ”とうぬぼれきった点にある.
 実をいえば,敗因の第1としてあげた立憲政治の運用をあやまったことも,もとをただせば,このうぬぼれ根性のたたりである.
 ありていにいえば,立憲政治は,もともとわが国民の思想が自らつむぎ,自ら織り,自らぬい上げたお手製の着ものではない.西洋の文明国が,みんな着ている着ものを拝借して来たかり着である.どうして仕立て上げるものか,どう着こなせばよいものか.わが国の歴史の中には,先例として学ぶべき何ものもない.
 そこで,当時百事維新の意気にもえ,1日も早く,先進国に追いつかねばならぬという興国進取の気がいにみちておった国民は,心をむなしゅうして,この新らしい着ものの仕立方,着こなしかたを,外国のお手本について学ぶことにつとめた.すなわち,明治23年の初期総選挙の前には,全国の知識階級ともいうべき人々が,次から次と上京して,少しでも西洋諸国の選挙知識のあるものをたずね,まじめにお手本を研究し,帰ってこれを地方の有志につたえ,できるだけ先進国のお手本通りに,選挙をやってみようという,けんそんな心がけをもっていた.従って,金力や権力や腕力によって,選挙界を腐敗だらくさせることも,今日ほどひどくはなかった.


←前:§1.6 憲法で与え法律で取る

次:§2.2 民党吏党 →


底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2020年12月29日公開

誤植にお気づきの方は、ご連絡いただければ幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?