野球の神様⑫

いや、それはダメじゃ。

それが掟破りなのはわかっているんじゃけど、そこをなんとか。

ならん。


野球の神様界で神様会議が繰り広げられている。

といってもこの世の中に野球の神様は一柱しか存在しない。しかし野球の神様はなるべく多くの野球人たちのことを見守ることができるように、約1000万の身体に分身することができるのだ。この度はその分身たちによる熱い議論が交わされているのである。


たった1人の選手につきっきりで憑くのはご法度じゃ。


そんなこたぁわかっておる。しかしわしはあまりにも惚れ込んでしまったのじゃ。バット殿にのぉ。


神様の世界では基本的に、毎日無作為に野球を頑張っている人に憑くことが暗黙の了解として決まっている。分身の誰がどこに憑くかとかは予め決まっておらず、日々の野球人から放たれる匂いだけを嗅ぎつけて憑く者を選んでいるのである。そこに感情や愛情を持ち込むことはよしとされていない。ましてや、一度憑いた者の名前を覚えるということもしないことになっている。

しかし、神様の分身の一つが、バットくんにあまりにも惚れすぎてしまったのである。


あんな野球人をわしは見たことがない。どうしても一生かけて彼のもとに憑いていたいんじゃ。きっと彼は野球界を変える大きな存在になるはずなんじゃ。

彼が野球界を変える大きな力になるからってなんじゃ。関係のないことじゃ。

関係あるじゃろ。わしらの使命を忘れたのか。今や野球人口は年々減少の一途を辿っておる。サッカーやバスケットボールばかりがもてはやされ、野球離れが激しい世の中じゃ。この由々しき事態を変えていくのがわしらの使命の一つのはずじゃ。このままじゃ、わしらの存在意義もなくなってしまう。わしらの存在をもう一度輝かせるためにも、また野球がもっと素晴らしく楽しいものじゃと多くの人に知ってもらうためにも、わしはバットくんを一生かけて見守り続けたいと思っておるんじゃ。

彼が野球界を変えるほどの大きな存在になる保証はどこにあるんじゃ。

わしに任せてくれ。


神様の分身たちは悩んでたくさん議論を交わしたあげく、「バットくん」を信じて、神様の分身の一つが彼に一生取り憑くことを例外規定として認めることに決めた。

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