野球の神様⑲

今日のグラウンドの土はいつになく光を吸収した鮮やかな茶色で映え渡り、見上げれば少し浮かぶ2、3切れの雲の先に広大な青が広がっている。

バットくんがバックネット裏で監督の横にノートとボールペンを持って座っていること以外には、いつもと変わらぬ練習風景が広がっている。

チームは守備練習中。

ノッカーが放った打球は地に3、4回触れてショートの正面に。

彼は難なくこれをさばき、綺麗にスローイングを決める。

彼はチームの中で1番の守備力を持つ選手だ。

エラーの数はチームトップで少ない。たまに連続してエラーをするということもごく稀にはあるのだけれど。

「いつもあいつのことは安心して、普通にうまいと思ってみているけど、あいつの守備の弱点はなんだろう?どういう思考で打球を待ち、それをどうさばいているのだろう?」

バットくんは今までにはない視点で、ショートのプレーをじっと眺めていた。いや、プレーだけじゃない。ノック中、他の選手がプレーをしている時のショートの子の様子を一瞬たりとも目を離さずにじっと見ていた。

そこでバットくんはあることに気づいた。

「待てよ。あいつって人のプレーちゃんと見てるのか?たしかに他の選手のプレーに対して何かしらの声は出してるけど、でもよくよく聞いてみればあいつの言葉ってすごく表面的だ。おそらくプレーを最後まで見てないな。ノッカーがバットを振って、それを補って、投げて、アウトにする、という一連のプレー流れを彼は見ていない。ただ何かしらの声を出しとかなきゃ体裁が悪いから、その声を出すために他の選手がボールを捕球する瞬間だけあいつは目に入れているんだな」

ショートのノック中のすべての行動や目線から、バットくんは彼の心理を推測する。

「あいつはもしかしたら自分のプレーにしか興味がないのかも」

そんなことを思っていた次の瞬間、ノッカーが少しサード寄りに放ったツーバウンドの打球を、そのショートが捕り損ねた。その瞬間、天を一瞬仰ぐようなしぐさをした。

「もういっちょお願いします」

ショートにもう一度、今度は正面に打球が低い綺麗なゴロで放たれた。

パシーン。

コロコロ。

グローブに当たって彼の正面に力なくボールが転がった。

それをすぐさま拾って投げて、投げたと同時にノッカーに「もういっちょ」を要求した。

今度は難なく打球をさばき、見事な完璧なプレーをおこなった。

「なるほどぉ」


一見、ただノックでエラーして「もういっちょ」もらっただけのごくありふれた日常的なプレー。

そのプレー1つから、バットくんはしたり顔でノートにペンを走らせる。


おっ、なにか気づいたようじゃな。なんじゃなんじゃ。


ショート。自分のプレーに関心が強い。関心が強いから自分のミスに過剰に脳が反応する。その分次への切り替えがワンテンポ遅れる。→改善方法:もっと周りに関心を向けさせる。あいつが試合でミスしたらタイムをかけて「間」をとるようにする。


そうそう、そういうことじゃ。一つのプレーや行動の中から選手の思考を読み取り、それを自分たちの弱みを減らすことに使ったり、相手の弱点を徹底的につく戦略のために用いるのじゃ。やはりバットくんはさすがじゃ。たった1日でここまでの観察眼に辿り着けるとはのぉ。


その後もバットくんはその日1日だけで、チームメートの一人一人の思考や考え方に関する気づきを、びっしりとノート10ページに渡って書き連ねていった。


「よし、明日は練習試合がある。明日は、今日選手を観察してメモしたような、情報の使い方を実践の中で学んでいこう」

新しい発見ができるかもしれないというワクワクした気持ちで、バットくんはその日のチーム練習を見終えた。





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